第十二話 婚約騒動
聖女召喚の儀式、瘴気の浄化からひと月ほど経った。
あれから陽子は生活を改め、豪勢な生活から一変し質素な暮らしをしているのだと言う。
それはアーノルドさんから聞いた話だった。
王族もこれで国費をこれ以上使わずに済むと一安心だそうだ。
止めなかった王族も悪いと思うけれど。
私の意見はさておき、今日も今日とて訓練だ。
もう訓練の邪魔もされずに済むので安心して行うことができる。
アルバートさんの機嫌が悪くなるということも無くなった。
いいこと尽くしだ。
恋は盲目と言うけれど、覚めるのは一瞬のようだ。
アルバートさんにあれから近づいていないようだし。
恋とは恐ろしや。
そんなことを訓練の工程が全て終わった後に自室に戻ってから女神様に言うと、
「いや何他人事みたいに言っているのよ。」
と一喝されてしまった。
え?本当に意味が分からないのだけれど。
私が首を傾げていると、長いため息をつかれた。
「こりゃ見れるのは随分先の話になりそうね…。」
だなんてこれまた意味不明なセリフを言っていた。
最近、こういうことが多い気がする。
そりゃ、心を読めば一発で分かるのかもしれないけれど、テレパシーは普段は封じるようにしているから分からない。
そう簡単に人の心を読もうだなんてプライバシーの欠片もないことを私は考えない。
失礼だと思うし。
超能力なんて、生活に必要ないのだ。
今はたまたま役に立てる環境にいるというだけの話であって、それ以上でもない。
こんな考えはおかしいのだろうか。
ふとそんなことを考えたが、根本的に超能力のことをなんとも思えない私にはやっぱり考えを変えることは出来なかった。
考えるだけ無駄なようだ。
「何を言っているのか、分からないわ。」
「でしょうね。何か長考していたようだけど、意味が分からないんじゃ意味ないわ。」
そう言って部屋の隅に行ってしまった。
私は夕食を貰いに行こうと部屋を後にした。
そういえば、そろそろこの城の離れからも本格的に離れる準備をしなくちゃ。
これ以上世話になるのもなんか悪いし、お金も随分溜まった。問題はない。
道中、大事なことを思い出した。
明日は訓練がお休みだ。明日にでも不動屋さんみたいなところに行ってみよう。
そう決断した。
次の日。
「なーにを言っているのよ!王族も今更そんなこと認めるわけないじゃない!」
また女神様に一喝された。
最近、この人…人じゃなかった。この神様に怒られている気がする。
不動産屋さんに行くことを女神様に伝えると、そう言われてしまったのだ。
「なんでそこで王族が出てくるわけ?」
「貴女はこの国を守ったいわば英雄に近い存在なのよ?街中になんか住ませるわけがないじゃない!」
英雄。
あの登場の仕方が英雄なのだろうか。
私には到底そう思うことはできない。
英雄って言ったらもっとカッコいいイメージがある。
アルバートさんなんか英雄と言われたらピッタリなんじゃないだろうか。
彼は騎士だし、ピッタリだと思う。
「なんか1人で納得してない?聞いているの?」
「聞いているわ。アルバートさんなら英雄って似合うなぁと思っただけよ。」
「それだけ?」
「それだけよ?」
「…そう。本当に哀れな男だわ…。」
女神様が遠い目をした。
今の会話でその反応はいかがなものか。
まるで意味が分からなかった。
女神様の反対により予定は中止。
なら本でも読みに行くか、と城の図書館に赴くことにした。
せっかくなのでテレポートを使わずして歩くことにする。
いつもなら王族に会いたくなくてテレポートを使っていたけれど、態度を改めたらしいからもう必要ない。
堂々と城の道を歩いた。
時よりメイドさんや執事の人に声をかけられた。
「お元気ですか?」
「今日の昼食はオムライスですよ!」
とかネタバレもしてくれて。
何気ない会話が楽しく感じることが出来た。
「あら、天草くん。お久しぶりね。」
「土御門、久しぶりだな。」
図書室に着くと、天草くんが居た。言葉通り本当に久しぶりだ。
城は広いからあまり会うことはないのだ。
どうやら魔道書を読んでいたらしい。
アーノルドさん曰く、魔力量は多いが覚えが悪いとのこと。
その分天草くんは自身で努力して魔法を習得しようとしているらしい。
その姿を見ると、教えるこちらも気合が入ると言っていた。
アーノルドさんとの関係も改善出来て良かったと思う。
「目的の本を借りたら退散するからそのまま勉強していてちょうだい。」
「居てくれても構わないぞ?」
「私が構うのよ。一生懸命にやっている人の邪魔になりたくないの。」
少し残念そうな顔をされた。
だが私の心は変わらない。
本当に邪魔をしたくないのだ。
私はお目当ての本を何冊か引っ張り出し、「じゃあね。」と言ってその場を去った。
初対面の時は最悪の印象だったけれど、今は頑張り屋さんの天草くん。
変わる人は変わるものなのね、としみじみと思った。
「それでトンズラこいたと。」
だから自分の容姿を少しは気をつけて発言すべきじゃないかしら、この女神様。
天草くんのことを話すとまたまた不機嫌になってしまった。
少なくとも今日見た限り、ずっと不機嫌なままだ。
だからと言って機嫌を取ろうとは思わないけれど。
はっきり言ってどうでもいいことだし。
…国の崩壊になるって言うなら話は別だけれど。
「随分と失礼な言い方をするのね。尊重したと言って欲しいわ。」
私は女神様に反論する。
最近は意図が分からないことばかり言われていたけれど、言われっぱなしも癪だ。
そろそろ反論ぐらいはしてもいいと思う。
「それは尊重じゃなくて貴女が鈍いだけ。」
「鈍いって何がよ。」
「それが分からないから鈍いと言っているの。」
「教えてくれなきゃ、分からないこともあるわ。」
「教えても貴女、信じないもの。無駄よ。」
そう言って散歩でもしてくるわ、と外に出て行ってしまった。
彼女の棲家でもないのだし自由にすれば良いと思うけれど。
まぁ、気にしないでおこう。
私は借りてきた本を早速開くことにした。
夕方。
今日は静かで優雅な1日を送ることが出来た。
沢山本も読むことが出来たし、明日の訓練のお手伝いも頑張れそうだ。
そう思いに耽っている時だった。
「ルリ様、いらっしゃいますか?」
小さくノックがした後に、よく見かける執事の人の声がした。
どうかしたのだろうか。
私は慌てて扉を開いた。
「はい。どうかされましたか?」
「実は、王様がお呼びです。」
「それはまぁ、一大事ですね。少し、準備する時間を頂けますか?」
「もちろんです。ここでお待ちしております。」
「ありがとうございます。」
慌てて国王謁見用のドレスにパチンと指を鳴らして着替える。
蒼いラピスラズリを思い起こさせるような色のドレスだった。
流石にこれは超能力を使わないとダメだ。一から着るだなんて時間がかかり過ぎる。
そして頭も超能力で夜会巻きにして整えた。
「お待たせしました。」
「お早いですね。とてもお美しい。」
「お世辞でも嬉しいです。ありがとうございます。」
執事の人は何故か残念そうな顔をしていたが、連れられて謁見の間に案内された。
そういえば、アルバートさんもそんな表情をしていたような…?
謁見の間までそんなことを思い出していた。
「王様に謁見致します。」
「どうか楽にしてくれ。」
メイドの人たちに教わったカーテシーを見せて挨拶を済ませた。
すると廊下から足音が聞こえてきた。
こちらに急足で向かってきている。
なんだかよく聞くような足音に聞こえた。
「陛下、お待たせして申し訳ございません。」
「構わんよ。急に呼び出してすまないな。」
振り返るとそこにはアルバートさんが居た。
今日は彼も休日のはずである。
どうしてここに?それは彼も私に言いたげなセリフだった。
「今日はお主ら2人に話があって来てもらった。」
何の話だろうか。想像がつかない。
テレパシーも強く伝わってこないから分からない。
私は手を綺麗に揃えて国王の発言を待つばかりだ。
アルバートさんもピシッと背筋を伸ばして同じように待っていた。
「お主ら、婚約しないか?」
は?
……は?
何を言っているのかしらこの国王。
思わず目を見開いた。
アルバートさんをチラリと見てみると、顔が真っ赤になっていた。
アルバートさんってもしかして純情キャラだったの!?
そんな新たな発見に驚いていると、女神様がいつの間にやら隣に来ていた。
「照れているのよ。好きな人と婚約できるって話が来たんだから。」
好きな人?誰のことよ。
言葉には出さないけれど、目線だけ一瞬女神様と合う。
「貴女のことよ、瑠璃。」
私のこと!?
どういうことよ!?
アルバートさん!?
国王の御前でそんなセリフを言うわけにはいかず、グッと堪える。
「異邦人のルリよ。アルバートをどう思っている?」
「良い人だと思っています。人間的な意味でですが。」
「アルバートは?」
「初めて恋に落ちた相手です。許されるなら私が娶り、一生幸せにしたいです。」
顔を赤くしながらもアルバートさんは確かにそう言った。
そして私はようやく。
今更ながら。
やっと。
彼がよく私に頬を染める理由が分かったのだ。
アルバートさんはどうやら、私のことが好きらしい。
そのことに私はようやく気がついたのだ。
その後は2人でよく話すようにと国王に言われた。
公開プロポーズをされた私は、戸惑っていた。
これから彼とどう接すれば良いのか、分からない。
だってこんな経験なんてなかった。
私は、まだ高校2年生の未成年だ。
恋愛経験なんて、してこなかった。
否、超能力のせいでそんなことをすることが出来なかった。
だから、アルバートさんの気持ちが分からない。
気持ちに応えることが出来るのだろうか。
「そう、焦らなくていい。俺はいくらでも待つつもりだ。だから…。」
優しい声で蒼い瞳が細められる。
手をそっと取られた。
「口説くことだけは許して欲しい。」
手の甲に口づけされる。
自分の顔が熱くなるのが分かった。
心臓もうるさい。
思わずもう片方の手で胸を抑えた。
まるで自分がお姫様にもなった気分だった。
だって今は、ドレスも着ていて髪も整えている。
騎士に口づけもされたのだ。
本当にそんな気分になっていた。
「ル、ルリ?」
「いきなりのことでびっくりしてしまって…ごめんなさい。」
「いや、突然してしまってすまない。もしかして、恋愛経験はないのか?」
「はい。超能力で人を沢山傷つけてきたから…。」
「同様だ。俺も剣の稽古ばかりしていて恋愛をしたことが1度もないんだ。」
「え…?」
そっと手を離すと白状するかのようにアルバートさんはそう言った。
「一生、恋愛など必要ないと思っていた。騎士として務めを果たせればそれで良いと。そんな時だ、君に出会ったのは。」
あの魔王瞬殺の時かしら…自分で思い出しても、瞬殺だったことに未だに疑問なんだけれど。
それがきっかけだったのかしら。
アルバートさんの独白は続く。
「その恩人は自分の力をなんとも思わず、当たり前のように皆を助けてくれた。魔王討伐以外にも、色々なことがあったが彼女が自分の力を自慢するような人ではなかった。──いつの間にか、そんな彼女に、いやルリに惹かれていた。」
「……。」
「俺の自分勝手な気持ちだ。押し付けるつもりはない。ただ、これからの行動は少し変わるということだけ知っていて欲しい。」
「…わかり、ました。」
どうにかして言葉を紡ぐ。
そんな風に思われていただなんて本当に気が付かなかったからだ。
もしかして女神様が最近怒ってたりニヤニヤしていたのってアルバートさんの気持ちに気がついていたから…?
そう考えると合点がいく。
「離れまで送ろう。」
「ありがとうございます。」
「お手をどうぞ、レディ。」
「…はい。」
アルバートさんの手をとり、城の廊下を歩く。
女神様がまた着いてきていた。
「やっと気持ちに気がつくとかどんだけ鈍いのよ、貴女。」
なんとなく女神様には言われたくなくて睨みつけてみた。
すると、やれやれと言った顔をして先に私が住まわせてもらっている離れに行ってしまった。
お邪魔とでも思ったのだろうか。
そんなことは全然ないのだけれど。
やがて離れに着くと、別れを惜しむように手を離してきた。
顔もどこか寂しそうだ。
「そんな顔をせずとも明日、訓練でまた会いますよ。」
「そうだな。君に会える。本当に幸せなことだ。」
そう言っておやすみと、額にキスをされた。
私は思わず後ずさってしまう。
こ、こ、この人、人たらしだわ…!!!
顔を熱くしてそう思った。
アルバートさんは私の反応が面白かったのか笑っていた。
そして屈強な背中を見せて去って行った。
私はそれを何故だか見失うまでずっと見続けていた。
ドクン。
心臓の鼓動が跳ねる音がした。