3-上
「ユウト、夕飯出来たわよ。」
「はあい。」
サクラに呼ばれて、雄斗はデスクでモニターを弄りながら生返事をする。
「もう、それは終わりにして。」
サクラは腰に手を当てて、テーブルの横で仁王立ちしている。
「はいはい。」
慌ててモニターの電源を切ってテーブルに向かう。もう、車椅子が無くても、歩いて移動出来る。
「なんだか、母さんみたいだ。」
席に着きながら、雄斗が呟く。
「母さん?ユウトの母さんはこんな感じだったの?」
「うん、一階のリビングから大声で呼ぶんだ。『雄斗、夕飯!』ってね。直ぐに返事をしないと、二階に上がって来て怒られる。」
「へえ、怖い人だったのね。」
雄斗にスープを出しながら、サクラは答える。
「う~ん、怖くなんかない。」
「でも、直ぐ怒るんでしょ?」
「ま、呼ばれてもぐずぐずしている僕が悪いから。」
「ふーん。」
「本気で怒っている訳じゃないよ。サクラさんの母さんはそんな事なかった?」
「母親?」
サクラの動きが止まり、遠くを見る。雄斗はそんなサクラを見ながら答えを待っている。
「どうだったかな。」
「え?忘れちゃったの?」
「そ。だって、遠い昔の事だから。」サクラは雄斗の向かいの椅子に座って微笑む。「もう、五百年くらい前かな。」
思わず食べた物を吹き出す。
「ご、ごひゃくねん?え、サクラさん、そんなに生きてるの?」
十代後半の女性にしか見えない。大体、五百年生きるなんて、簡単に理解出来ない。どう見ても生身の人間だ。想像上の魔女や怪物とは違う。
「うん。みんなそうよ。そうやって人生を楽しんでいる訳。」
悪戯そうな表情で、両肘をテーブルについて顎を支え、驚いている雄斗を見ている。
「みんな?みんなって、博士も?セイヤさんも?」
サクラは嬉しそうに頷く。
「じゃ、僕より若そうに見えるシュンさんも?…もしかして、アイリーンさんも?」
「みんなって言ったでしょ?」
雄斗は頭を抱える。
「驚いた?」
素直に反応してくれる雄斗の様子が、サクラには可愛い。
「でもね、それだけ生きているから、古い事は憶えていられないの。私も詳しい事は分からないけれど、そうね…、脳みその大きさは限られるから、新しい事を上書きしていくには、古い事を忘れなくっちゃいけないんですって。」
「そうか…。そうなんだ。…じゃ、父さんの事も?家族の事で何か憶えてないの?」
サクラは静かに頷く。
「さっき言ったでしょ。五百年経っているのよ。それだけの時間があれば、みんな、自分でなんでも出来る人間になっている。此処じゃね、個人の権利を優先する社会が出来上がっているの。血のつながりに引き摺られる必要は無いわ。」
「そうなんだ。」
容易く納得する雄斗にサクラは少し湿った笑みを返す。
「あのね、一つ教えて欲しい事があるんだけど。」
遠慮がちに雄斗が話を切り出す。
「何?」
「アーカイブを探しても、歴史に関する資料が見当たらないんだ。どうやって探せば良いのかな。」
「歴史?この頃熱心にモニターを操作していると思ったら、それを調べていたの?」
「うん。僕が暮らしていた時代から八百年経っているんでしょ?だったら、その間に何があって、今の世界になったのか、知っておきたい。」
「博士やアイリーンに訊いてみたら?」
「なんか、訊きにくい。折角、アーカイブに接続出来る端末を使わせてもらえるんだから、自分で調べようと思う。」
言っている事に嘘はない。雄斗には、サイガ博士やアイリーンは少し遠い存在。気軽になんでも話せる相手ではない。それに、会話をする時の仕草や表現に何かひっかかるものを感じる。アイリーンは自分達の事を、コールドスリープから人を助ける仕事をしていると説明した。博士が雄斗を救世主と呼んだのも間違いない。この二つは、どうも噛み合わない。その上、コールドスリープした人を救い出す仕事をしているくせに、仮死状態の人の情報がデータとして同じ施設に保管されている事や、名前がカプセルに記されていた筈なのを知らない。今まで助けた人達がいるなら、そのくらいの話は聞いている筈だ。自分が初めての救出者なのか?八百年も経っているのだから、奇跡的なのだろう。とても幸運だとアイリーンは言った。コールドスリープセンターもとっくに壊れているとも言っていた。そんな奇跡を起こすための仕事なんか本当に成り立つのか?
「そう。」
「それで、歴史に関する資料が見当たらないんだ。僕が暮らしていた時代よりも遥か昔の資料はあるけれど、それ以外は何も。どうやれば、探せると思う?」
「さあ。…私、そういうの興味無いから。」
サクラはおどけて見せる。
興味。サクラはどんな事なら興味があるのだろう。以前セイヤに聞いたVRの話が頭を掠める。
「その内、見付かるんじゃない?」
雄斗が返事をしないでいると、サクラが慰める様に言う。綺麗な笑顔だ。
「ね、長い距離歩ける様になったら、きっと研究所の外に出るのもOKになる。」サクラが嬉しそうに言う。「そうしたら、街に出てみない?」
「うん、良いね。疲れずに長い距離歩ける様になったら、研究所の外に出してもらえるかな。」
歩けはするが、まだ直ぐ疲れてしまう。筋肉量と持久力が不足だとセイヤに言われている。サイガ博士からは、研究所の中は歩き回って良いから、筋力をつける様に言われている。
「街の風景を雄斗はどんな風に想像しているのかしら。きっと驚くんじゃない?」
「どんな感じなの?八百年も経っているんだから、凄い変わっているよね。」
「さあ。私はユウトが暮らしていた時代を知らないから、何が変わった所なのか分からないもの。」
「よし、頑張って歩き回って筋肉つけなきゃ。」
「そうね。栄養のある物一杯食べて、筋肉付けてね。あ、でも、セイヤの様にはならなくて良いから。」
サクラは、小さく声を上げて笑った。
サイガ博士の研究室で博士とシュン、アイリーンはコーヒーを飲みながら、大きなモニターに映る資料について議論している。資料は、雄斗が蘇生してから今迄の身体の変化をグラフにまとめた物だ。
「そろそろ、良いんじゃないか。」
グラフを見て、博士が呟く。
「あいつ、まだリハビリプログラムの進度70%ですよ。」
シュンは不満そうだ。
「良いだろ。リハビリが完了してから始めたのでは、その分遅くなる。どうせ最初に馴染むための時間が必要だ。」
サイガ博士は直ぐにシュンの意見を退ける。
「アイリーン、来週から雄斗の面倒は君にみてもらいたい。準備は良いか?」
「ええ、VRで演習済です。いつでもOK。」
涼しい顔でアイリーンは答える。
「免疫がない坊やじゃ、アイリーンには歯応えがないか。」
シュンは、憎まれ口を言わずにはいられない。アイリーンは冷ややかな視線を彼に投げただけで相手にしない。
「まずは君に懐かせる事だ。作戦はそれからだ。」
サイガ博士は満足気に言い切ると、勢いよく席を立ち、会議の終わりを告げた。
運動能力は順調に回復した。雄斗のリハビリは、どちらかと言えば、スポーツジムのエクササイズに近い内容になっている。日常生活に支障が無いという目標レベルは、老人のそれではない。十代の若者が、自分の好きな様に活動出来るレベルを目指している。最初は足の筋肉を優先したが、そればかりではバランスが悪い。セイヤはトレーナーのスキルをフル活用して、雄斗の上半身の強化にも取り掛かっていた。
「僕は、前に暮らしていた頃、陸上やってたんです。中距離。こっちでも同じくらい走れる様に、いや、セイヤさんがいるから、それ以上に走れる様になりたい。」
雄斗は、セイヤにそう言った。セイヤは、最初苦しくてしょげてばかりだった雄斗から、そんな言葉が出るのを素直に喜んだ。
「どれだけでも鍛えると良い。ユウトの遺伝子の中に経験が書き込まれて、次に生まれ変わる時に活きるから。」
生まれ変わる。セイヤだけでなく、研究所で会う人は、みんな気軽にそう言う。
「セイヤさん、生まれ変わるって、どういう事?」
雄斗はストレッチをしながら、話が出た機会を捉えて、セイヤに訊く。
「どういう事?そのままだよ。新しい自分に生まれ変わるんだ。その内、ユウトも経験するさ。今は未だ、こんなに若いから必要ないけどね。」
「それは分かるけど、『生まれ変わる』ってのが想像出来なくて。どうやって生まれ変わっているの?」
「ああ、生まれ変わりのプロセスの話か。…何だ、だれも教えてくれないのか?みんな冷たいな。」セイヤは鼻で笑う。「良いか、これからユウトも経験するんだ、ちゃんと覚えておけよ。」
訊かない自分が悪いのだろうか。遺伝子に起因する病気に対して、生まれ変われば良いと言っておきながら、研究者達は誰もその中身を教えようとはしてくれない。やっぱりセイヤが一番信用出来る。変に考えずに、知っている事をなんでも話してくれる。あんなとんでもない自分のVRの趣味すら、ためらいもせずに教えてくれた。
「まずは、自分の体細胞を取り出す。」セイヤは偉そうに講義を始める。「皮膚とかそんなんじゃ駄目だそうだ。詳しい理由は知らないが…、細胞分裂を起こさせるのに適した細胞を取り出すらしい。そんときゃ、麻酔で眠っちゃってるからよくわからん。ま、眠っている間に終わるくらいだ。あっという間だ。大した事は無い。それで、その細胞から自分のクローンを作る。そいつを育てて、自分が望む年齢相当に成長したら、それに乗り替えるってわけさ。俺はこんな体してるだろ。」セイヤは自分の、硬い筋肉で構成された大胸筋を叩く。「体齢三十年を超えると筋肉の発達は期待出来なくなるから、さっさと体を乗り替える。いつも、体齢十三歳から始めて、自分がそろそろだなと思ったら、さっさと次の体に替える。さっき言ったろ、良くは知らないが、この体で鍛えた記憶は、遺伝子内に記憶されているんだ。だから、次に生まれ変わった時は、筋肉の発達が早くなる。自分の理想の体形に早くなれるって訳さ。」
セイヤは、筋肉に力を入れて、ポーズを決め、雄斗に見せる。
「そうなんだ…。だから、前にシュンさんが、発症する前に生まれ変わればいいって言っていたのか。」
「そんな事言ってたっけ?ユウトは何か病気になるのか?」
「うん、このまま生きていると、80%の確率で病気を発症して治らないらしい。」
「そうなのか…。じゃ、尚の事、生まれ変わりを活用するんだな。」
「『たいれい』って、肉体の年齢の事?」
「ああ、そう。俺の今の体は大体二十八歳を超えた所だ。もうそろそろ、新しい体に乗り替えなけりゃな。生まれ変わったら、ユウトよりも若い俺に会えるって訳だ。一緒にトレーニングしような。直ぐに追い抜くぞ。」
セイヤは声を上げて笑う。
そうか、そうやって、自分のクローンを作って体を取り替えて行くのか。だから、永遠に生きていけるし、若いままでいられるのか。自分もそうすれば、病気を恐れずに生きていけるかも知れない
雄斗は少しだけ、未来に来て正解だった気がした。
国立生体研究所の建物は大きい。地上七階建て、地下二階の堂々たるビルだ。とは言え、人間がその中だけで生活していくとしたら、決して十分な広さとは言えない。雄斗はこの時代に目覚めてから、この建物の中に閉じ込められてきた。最初はカプセルの中、次はベッドの上、そして車椅子を使って自室とリハビリルームの往復…。確かに少しずつ活動出来る空間は広くなり、今や、研究所の中全体に広まった。けれど、鍵がかかっていて、入れない部屋はいくつもある。寧ろその方が多い。サイガ博士の研究室も勝手には入れない。ノックをして、OKが出た時だけ、中から鍵を開けてくれた。要は、雄斗に許された空間は、自室とリハビリ室以外に、実質研究所の廊下と階段が増えたに過ぎなかった。
それでも、雄斗は意識して研究所の中を歩き回った。最初は、一階分の階段を上がるだけで息切れていたのが、どんどん平気で上れるようになるのが楽しかった。なにより、体を動かしていると、色々な事を忘れられた。
「君がユウト君だね。」
廊下を歩き回っている最中に擦れ違った見知らぬ男が声を掛けてくる。研究所の中をうろついていれば、すれ違う人は他にもいたが、今迄サイガ博士達以外の人間から声を掛けられる事は無かった。突然の事に少なからず驚かされる。
「…はい。」
正直に答えて良いものか不安に思いながら答える。男は痩せて背が低い。サイガ博士達の中で一番年上に見えるセイヤですら、二十代後半なのに、この男は中年一歩手前ぐらいに見える。髪を七三に分けて、髭もきれいに剃っている。肌の色はお世辞にも良いとは言えない。細長い目からの粘り付く視線と一緒に、陰気な空気が纏わり付いていて、どこか抜け目ない感じがする。
「随分、回復している様じゃないか。良かった。…ちょっと話せるかな。」
一体この人は誰だ?何故、僕の名前を知っている?
男は、近くにあるドアに近寄ると、苦も無く開ける。雄斗が研究所中のドアを一通り開けようとしてみた時に、結局開かなくて諦めたドアだ。中は薄暗い。男が室内に入ると、それを感知して照明が点く。何か分からない直方体の装置が室内のスペースを占有していて、鈍い低音が微かに響いている。
「ああ、そこが良い。入ってきて。」
部屋の隅にテーブルと椅子を見付けて、男は雄斗を招く。逃げ出す訳にもいかず、雄斗は言われるままに部屋の中に入って、椅子に座る。
「私はタクと言う。」自身も向かい側の椅子に座りながら、男は喋り始める。表情一つ変えずに、低い落ち着いた声を出す。「政府機関で働いている。ユウト君を復活させるプロジェクトを統括している。」
自分を復活させるプロジェクト?
また変な感じだ。自分が気付かない内に、意思を確認されもせずに、いつの間にか悪い企みに巻き込まれている様な。
「プロジェクトって何ですか?僕限定ってどういう事ですか?」
初対面の人だからと言って、臆していられない。自然と自分の声が攻撃的になっているのを自覚する。
「ああ、済まない。君の為だと言った方が分かり易いと思ったから、そう言ったんだ。そうだな…、遠い昔にコールドスリープした人達を見つけて、救い出すプロジェクトという意味だよ。別に君に限った事じゃない。政府としてそう言う事業を推進している。」
慌てる様子もなく、タクと名乗る男は、時々雄斗の表情を確かめながら淡々と話す。
そうだ、ずっと訊きたかった事をこのチャンスに訊くべきだ。
「じゃあ、僕以外にもコールドスリープから復活した人がいるんですよね。何人くらいいるんですか?」
「全世界でどれ程そういう人がいるのか、私は把握していない。残念ながら、私が担当する様になってから、我が国で復活出来たのは、君が初めてだ。」
「そんな。僕が入ったコールドスリープセンターには、何十人も既に眠っている人がいました。センターはそこだけじゃないとも聞きました。その人達はどうなったんですか?」
「中には、もっと以前に復活した人もいただろう。君は聞いているかい?君が眠ってから八百年近くが経っているんだ。そんなに長く仮死状態でいた例の方が特殊だろう。」
「聞きました。確かに特殊なのかも知れません。僕が入っていたセンターは壊れていたとも聞きました。だけど、僕がコールドスリープを選択した時には、センターは半永久的に政府が管理するって聞かされました。」
タクは、一つ溜息をつく。
「君がショックを受けると思って、みんな言わないでいたんだと思う。…でも、それじゃ、不誠実だ。」タクは雄斗と視線を合わせて付け加える。「コールドスリープセンターの経緯について話すよ。良いかい?」
雄斗は直ぐに頷く。
「君が以前生活していた時代には、コールドスリープは一般に受け入れられていた仕組みだった。そうだよね?だから、君はそれを選んだんだろ?」
雄斗はもう一度頷く。
「全国に何か所もコールドスリープした人を保管する施設が出来た。世界中で数えたら百以上の施設が有ったろう。それぞれの国がその施設を管理していたのだと思う。だと思うなんて言ったら、そんな事も分からないのかって思うかい?そうだ、分からないんだ。何故なら、とうの昔に国は管理を放棄してしまったから。…順に話そう。多くの人が眠りに就いたその施設を最初はしっかり管理していたのだと思う。そうやって十年が経つ。十年くらいじゃ、世の中は殆ど変わらない。眠っている人を起こすタイミングじゃない。更に十年、また十年。そうやって、百年以上の月日が流れる。君が眠ってから百年経ったら、君の家族はどうなっている?君の家族構成はどうだったのかな?」
「両親と妹が一人。」
「そうか。百年も経てば、両親は確実に亡くなっている。妹さんも恐らくそうだろう。きっと、妹さんの孫辺りが社会の中心になっている頃だ。君だけじゃない。君と同じ頃に眠った人達にとっての親族も同じ様になっている。君がセンターを利用した時代は、コールドスリープの黎明期でね。盛んにそれらの施設が作られて、利用されたんだ。でも、建設費だけじゃなくて、維持に膨大な費用がかかる。最初から分かっていたのに、素晴らしい技術だともてはやされて、それにまつわる問題からみんな目を逸らしていたんだ。最初の熱狂が通り過ぎると、新しい施設が造られなくなり、やがてその維持費用が問題になる。さっき言った様に、百年も経てばその時代に生きている人々にとって、眠っている人は知らない人達だ。自分の先祖だと言われても、別に何の感情も浮かばない。それに眠っている人は何も文句を言わない。まるで死んでしまった人の様にね。」
タクは、話を止めて、雄斗の反応を窺う。雄斗は、特別な感情も無く、まるで関係ない世界の出来事を聞かされる様な気分で聞いている。
「問題になった当初は、それでも議論が交わされて、辛うじて施設は維持されていた様だ。もしかすると、百年間にコールドスリープから復活した人もいたかも知れない。そう言う人がいれば、維持すべきだと声を上げた事だろう。でも、所詮大勢には勝てない。自分が生活するのに何も関係ない非生産的な所に税金が注ぎ込まれていると知ったら、国民はどう思うか容易に想像出来るだろ。そんな事よりも、自分がもっと楽して暮らせる事に金を使えという訳さ。」
タクは一つ大きく深呼吸してから話し続ける。
「そこで政府は施設を放棄すると決めた。良いかい、『放棄』だ。『廃棄』でも『解体』でもなく、『放棄』だ。つまり、センターの機能を停止せずに、その管理をやめた。センターの機能を停止すれば、そこに眠っている人は確実に死ぬ。センターで眠っている人は死んでいるのじゃない。それを確実に殺す事になる。国家として大量殺戮を行なう事になってしまう。だから、施設のインフラは生かしたまま、管理するのをやめたんだ。管理する人件費と維持のための設備費が削減出来るし、これなら、眠っている人達は装置が機能している間は生き続けている。メンテをしなくても、数年で装置が壊れる確率は小さい。それなら、政府がその人達を殺した事にはならない。…詭弁だよ。政治家が良くやる手さ。物事を白と言っても、黒と言っても問題になる。だったら、どっちとも言わずに塩漬けにしてしまおう。やがて問題が大きくなっても、その時に責任を取らなければならないのは自分達じゃない。…運よく、君の入っていたカプセルは八百年もの間、稼働し続けていた。そして、私達からすれば遠い昔に政府が下した決断を覆して、今生き残っている人達を復活させようとしている訳さ。」
沈黙が重たい。雄斗が黙っていても、もうそれ以上、タクは話さない。
「何故、センターを閉じるなら蘇生してくれなかったんですか。」自分でも意外なくらいに強い調子で声が出る。「みんな死んだ訳じゃない。明るい未来を信じて眠っているだけなのに。」
「何故だろうね。今となっては、その当時の人達が考えた事は分からない。でも、何となくは推測出来る。」
「面倒だからですか。僕一人だけでも、普通の生活に戻すのにこんなに手間がかかるから。」
「面倒というよりも、費用が掛かるって言う事かな。それとね、考えてみて。古い社会の人間が一斉に何十人、何百人って急に現代に出現するんだ。全員右も左も分からない。生活する術を持っていない。その影響は無視出来ないよ。政府はきっとそれが社会に悪影響を及ぼすのを恐れたんじゃないかな。市民も国の方針を黙認した。そんな事が起きているとは知らなかった人も沢山いただろう。でも、知らない事は免罪符にはならない。知ろうとしなかった罪を背負うべきだ。」
「どうして、こんな話をするんですか?」
雄斗は頭に浮かぶ疑問をそのまま口にする。
なんでこの人は、こんな言い方をするんだ。新しい世界に馴染もうとしている僕の心を折ろうとしているのか。
「そりゃ、君が教えて欲しいと言ったからじゃないか。」
タクは事も無げに言う。
「僕は、そんな嫌な話を聞きたかった訳じゃないです。ただ、センターで眠っていた人達がどうなったか知りたかっただけです。」
一人でも、二人でも良い。今の世界に生きている人がいてくれれば、それだけで、どれだけ心強くなれただろう。
「同じ事だよ。君だけだと言えば、次に君は、どうして自分だけなんだと疑問を投げて来る。そこで、今の話をしなければ、君は何か隠していると私を疑ったに違いない。」
雄斗は立ち上がる。
「あの、もう良いですか?」
この人は何のために自分を呼び止めたのだろう。こんな話をして、ダメージを与えてなんの意味があるんだ。
「ああ、良いよ。またその内話そう。」
座ったまま、雄斗を見上げて、タクはそれまでと変わらない静かな口調で言った。
「何だか、元気無いのね。」
サクラが夕飯の準備をしている間、いつもならモニターを操作してアーカイブで検索している雄斗が、ぼんやりとしているのを見て問いかける。
「うん…。」
雄斗は、生返事をする。
頭の中では、昼間タクから聞いた話だけじゃなく、セイヤやサクラ、博士たちに聞いた話がごちゃ混ぜになって、渦巻いている。
タクの話は本当なのか?アイリーンは、自分達は廃棄されたコールドスリープの施設から仮死状態で生き残っている人を助ける仕事をしていると言っていた。その話とはかみ合う。でも、なんでだ?タクの話が本当ならば、コールドスリープセンターが放棄されたのは、自分が眠ってから百年くらい後の話の様だった。でも、今は自分が眠ってから八百年経っていると聞いた。七百年近く放りっぱなしにしておきながら、なんで今生きている可能性の少ない僕の様な存在を助けようとしているんだ?もしも、コールドスリープの施設の管理が国の重荷になったのなら、今こうやって僕を救ってくれている費用だって、重荷になる筈だ。なのになんで、そんな事をしているんだ?そもそも、タクは自身を政府の人間だと言ったが、それは本当なのか?なんで、この研究施設の中をうろついていたのだろう?なんだか分からない事だらけだ。誰を、そしてどの話を信用するかは、自分で判断しなければ。
「ねえ。」
雄斗は、サクラに話し掛ける。
「なあに?」
料理をしながら、サクラが答える。
「サクラさんの仕事って何なの?」
「何?どういうこと?」
「ええと、サイガ博士やシュンさん、アイリーンさんは、研究者だよね。セイヤさんは、スポーツトレーナー?インストラクターって言うのかな?」
「理学療法士。」
「僕みたいな体の機能回復を手伝うのが仕事でしょ?サクラさんは?」
「なんでそんな事が気になるの?」
「うん…。」
雄斗は言い淀む。理由は無いけれど、なんとなくサイガ博士を中心とする研究者は馴染めない。なんだか、雄斗を研究対象のモルモットの様に見ている気がする。セイヤは違う。彼等とは一線を画していて、自分と気安く接してくれる。サクラがどんな立場なのか聞いて、研究者達とは離れた存在なんだと確認して、気を許しても良いんだと安心したい。
「この世界にどんな職業があるのか知りたいし。」
雄斗はそれらしい理由を口にする。サクラは鼻で笑う。
「それこそ、アーカイブにアクセスして調べたら。」
「良いじゃない。サクラさんの職業教えてよ。」
「言うなら、介護福祉士かな。」
「この研究所の人なの?」
「それ、どういう意味?私だって、研究所員よ。」
「御免、深い意味は無いんだ。サクラさんって研究者の人達と違って、あったかい感じがするから、違う立場の人かなって思って。」
「そう?研究者ってどんな感じ?…これでも私、データや数字を扱うのは得意なんだけど。」サクラはクスクスと笑う。「さあ、夕飯食べちゃって。」
雄斗は言われるまま、テーブルに着き、食事を始める。
ドアが開く。その音に振り向けば、颯爽と二人に近付いて来るアイリーンの姿がある。頬には微かに笑みを湛えている。
「こんばんは、ユウト。」
アイリーンは雄斗が食事をしているテーブルの脇まで来て立ち止まる。
「こんばんは。」
口の中の物を飲み込んでから、慌てて返事をする。こんな時間にアイリーンが訪ねて来るのは珍しい。彼女が姿を現すのは、大抵研究室に雄斗を呼びに来るタイミングだ。こんな時間になってからなんの用事があるのだろう。
「どう?おいしい?」
間が抜けた質問だ。作ってくれた本人の前では、答えは決まっている。
「うん、おいしいよ。」
「ユウトが元居た時代には、どんな食事をしていたの?今度教えてくれる?」
「え?良いけど…。」
どう言えば良いだろう。今、研究所で毎日食べている食事はまずくない。最初は、雄斗が暮らしていた時代と変わらない材料が使われている、同じ様な料理だと思っていたけれど、何度も食べて味わう様になってみると、料理の材料は、如何にも肉の様だったり、野菜の様だったりしている。けれど、それはどうやら本物じゃない。きっと、この時代に自然のままの食材は、存在しないのかも知れない。
「サクラ、明日からは、私がユウトの世話をする事になったから。長い間ありがとう。」
「え?」
サクラはそう言ったきり、二の句が継げない。雄斗も予想もしない話に反応出来ない。アイリーンは、驚く二人を当たり前の様に見下ろしている。
「ちょっと、それどういう事!」
いきなりサクラの表情が険しくなる。
「今日でサクラの役目はお終い。明日から私が担当する事になったの。」
「そんな話聞いてない!」
サクラは勢いよく立ち上がり、アイリーンと向き合う。サクラの目が鋭くアイリーンを刺している。アイリーンも怯む様子は無い。お互い受けて立つつもりだ。
「さっき決まった話だから。今、伝えに来たのよ。」
「誰、そんな勝手な話決めるのは!」
「勝手に決められる人なんて一人しかいないじゃない。」
サクラの中に怒りが溜まっていく。それでも口を真一文字に結んで、それ以上何も言わない。只、アイリーンを睨んでいる。
「あの、なんで…、なんでサクラさんはこの仕事から外されるんですか?」
入り込めない雰囲気になっているのに、無理して雄斗は口を挟む。
「え、何かしら。」
アイリーンが視線を雄斗に向ける。サクラに対するのとは明らかに違う、穏やかな声だ。
「今迄サクラさんにお世話してもらっていて、とても助かりました。もうこれで終わりって、特別な理由が無ければ、取り消せませんか。」
ここで雄斗まで熱くなったら収拾がつかなくなる。不思議なもので、他人がヒートアップしているのを見ると、むしろ自身が熱くなれずに取り残されていくのを自覚する。
「ユウトの気持ちは分かるわ。ずっとあなたの世話をしてくれたんですもの。そりゃあ、感謝の気持ちでいっぱいで、困っていれば助けてあげようと思うでしょ。でもね、サクラは仕事でやっていただけだから。そんなに気にする必要ないわ。寧ろこれで仕事から解放されるから、助かるくらいでしょ。」
「勝手な事言わないで!」アイリーンの隣で、サクラが喚く。「私はユウトの為に頑張ってるんだから。ずっと続けさせてよ!」
「そんな一方的なのは駄目じゃないですか。」サクラの様子に雄斗も味方する。「ちゃんと事前に話して合意するもんじゃないんですか。」
「そう、サクラは、そんなにユウトの世話をしたいの。」アイリーンは平気で憎まれ口を利く。「だったら、二十四時間ずっと傍に居てお世話してあげたら。」
「なんでそんな話になるのよ。そんな事あんただって出来ないでしょ。」
「出来る。今日から、私は隣の部屋で寝起きするから。」
「嘘。」
「嘘じゃないわ。」
雄斗にすれば、気を遣わないで済むようになったサクラに続けて欲しい気持ちだが、何故、二人の女性が自分の世話係をめぐって、これ程感情的に対立するのか理解出来ない。どうして、自分の世話係をやりたいのだ?
「博士に訴えてやる。」
いつものサクラからは想像出来ないくらい、恐ろしい形相になっている。
「どうぞ。」
アイリーンはサラリと受け流す。サクラはそれを聞くなりくるりと体の向きを変え、雄斗に何も言わずにすたすたと部屋を出て行く。
「サクラさん!」
雄斗の声はサクラの耳に届いただろうか。閉まるドアの音にかき消されて聞えなかったとは思えない。
「ユウトはサクラが良かった?私が世話をするのじゃ嫌?」
アイリーンの物言いはストレートだ。
「そうじゃないけど、サクラさんには本当にお世話になったから。」
自分が殆ど動けない状態にあった時も、彼女は優しく介護してくれた。あれは、単に仕事だったからじゃない様に思える。
「別にサクラに会えなくなる訳じゃないわ。彼女はこれからもこの研究所に勤めているし、ユウトが会おうと思えば、いつだって会える。」
アイリーンは今迄サクラが座っていた、雄斗の向かいの席に座る。
「そう言う事を言っているんじゃないです。やり方が一方的過ぎるじゃないですか。サクラさんは僕の世話係をやめさせられるのを、今初めて聞いたのでしょ?それは、サクラさんの気持ちを考えていないじゃないですか。」
「随分、サクラのかたを持つのね。主張するユウトも魅力的よ。」
はぐらかされている様で調子が狂う。
「話をすれば、此処の人はみんな、今は個人を尊重する時代だって教えてくれました。でも、このやり方はそんなんじゃない。少なくとも、僕が元住んでいた時代の常識では、個人を軽んじているやり方です。」
雄斗は握っているスプーンごと、拳でテーブルを叩く。なんだか途中で話を曖昧にする気になれず、どんどん言い方が激しくなっていく。
「分かった。サクラはきっとサイガ博士の所に行くから、ちゃんと話し合う事を約束するわ。それで、もし、サクラが納得したら、私がユウトの面倒を見る係になっても良いかしら?」
「そりゃあ…、構いません。」
雄斗の答えに、アイリーンがにっこりと微笑む。なんだか彼女の顔を正視出来ずに、雄斗は食事に専念する。
結局、それきりサクラが雄斗の部屋に現れる事は無くなった。




