執着
恋に狂う兄の気持ちがわかるようになった。
そう話す、エイデン。
優しげな横顔に『彼には想い人がいるのだ』と直感的にわかった。
エイデンが心奪われるような方だから、きっとステキな女性なのでしょう。
そんなことを思うのと同時に、ずきんと胸の奥が痛む。
いまの、何……?
どうして私がエイデンの恋に傷つくの?
彼が誰を想い誰と結ばれようと、全く関係ないのに。
だって私は幼い頃からマルクに恋をしていて、いまだってこんなにも彼に会いたいと願っているんだもの。
マルクを想い続けた十年が、たったの数日で消えてなくなるわけがない。
そうなると、エイデンへの想いは恐らく――執着。
彼が私のそばからいなくなって、よく知らない敵地で一人残されてしまうのが嫌なだけだ。
自分なりの答えにたどり着き、あまりの情けなさにため息が漏れ出る。
これじゃあ友人から離れられない臆病な子どもと一緒だわ。
「スティーリア、どうした?」
エイデンの問いかけに、ふるふると首を横に振る。
「いえ……なんでもないです」
『貴方の恋が実るのが怖いんです』なんて、とてもじゃないけれど言えなかった。
医務室に顔を出したいというビオラと別れ、私はエイデンに案内されて城内へと入った。
イグニス皇国のリオン城は、華やかなアクアのドラコ城とは違って、重厚で堅牢な雰囲気で。
何かとしきたりや伝統を重んじるイグニスのイメージそのままの造りをしていた。
「そういえば、殿下は先に皇都へ戻って何をされていたのです?」
廊下を並んで歩きながら尋ねる。
「あぁ、あれか。劇作家に書いてもらった劇の様子と盛況具合を見に行っていた」
「劇……!? 劇って、あの演劇、いや、まさかそんな」
「その劇だ」
はっきりと言い放つさまに混乱してしまい、エイデンが急に話の通じない別の生き物に見える。
彼と話すビオラが、いつも頭を抱えている理由はこれね……
演劇鑑賞やプロデュースが趣味なのかもしれないけれど、これは先に帰るほどの理由になるのだろうか。
なんて考えたとき、ふと、兄様が昔してくれた戦略の話を思い出す。
もしかして……
「印象操作?」
私の質問に、エイデンはぴくりと身体を動かし「さすがアクアの姫」と苦々しく笑い、言葉を重ねた。
「背に腹は代えられないと言えど、こういうのは民を騙しているようで気がひけるし、好ましいやり方じゃない。だから、詳しい内容はあまり言いたくなかった」
過去に、民衆の心を狙った方向に向けたり、宗教の印象を良くするために、劇を使った人心操作の手法が遠い国で行われていたようで。
今回はそれを採用したのだそうだ。
どこか申し訳なさそうにするエイデンの言葉に、静かに首を横に振る。
「周りがなんと言おうと、それが最上の策ならばするべきです。必ずしも正攻法が問題解決に導いてくれるとは限らないから……尊敬する兄様がかつて、そう話してくれました」
私の言葉にエイデンは目を丸くして、ホッとしたように微笑む。
「嫌われるのではないかと思っていたが、よかったよ。この策にどれほどの効果があったのか……共に確かめよう」
ふと足を止めたエイデンは、ドアノブに手をかけてゆっくりと扉を開けていった。
目に飛び込んできたのは、季節の花が生けられた品のある花瓶に、庭を描いたと思われる絵画、質の良さそうな机と椅子に繊細な模様が織り込まれた絨毯、寝室に続いていそうな扉……
そして、横一列に並び、深々と礼をする侍女たちだった。
恐らくここは、貴賓室として使われている部屋。でも、こんなところに何の用なのかしら。
「ここはスティーリアの部屋だ。何でも好きに使ってくれていいし、侍女も必要ならば増やしてもいい」
彼の言葉に声を失う。
私は仮にも人質で。こんなにもいい部屋と侍女をお借りしていいものなのだろうか。
「殿下、お気遣いありがたく存じます。ですが、私にはもったいないご対応でございます」
「貴女はアクアの姫、このくらいのもてなしは当然のこと。侍女長、姫は長旅でお疲れだ。風呂に案内し、今日は休ませてあげてほしい」
エイデンの命令に、侍女長は「承知いたしました」と顔を上げてきて。
私と視線が合ったとき、こぼれそうなほどに目を丸くしてきた。
でも、それもそうかもしれない。
だって、大きすぎるビオラの兵服をまとい、髪も砂でボロボロになってしまったいまの私は、どこからどう見ても王女には見えないから。
ただでさえ、敵国の王女の世話なんて嫌でしょうに、その王女がこんなに汚れていて醜い姿だったなんて、ハズレくじもいいところだものね。
申し訳ない気持ちになっていると、侍女長はどこか感激したような様子でこちらを見つめてきていて。
不思議なことに、他の侍女たちも驚いたような反応を示し、年若い侍女が「“光降る恋”の、スフィーだわ」なんて小さく声を出していて。
ちらとエイデンに視線を送ると目が合い『作戦成功だな』とでも言うように、口角を引き上げていた。




