会わせたくない人
その日の会議は、めずらしく滞りなく進んでいた。
アクア王太子に書簡を送ったこと、火山の噴火状況や、周辺諸国の様子についてなど、流れるように報告が続いていく。
けれど、エイデンの結婚話については誰一人として口にしようとしなくて。
将軍職も担う皇子が結婚するというのはかなり重要な話だと思うのだけれど、それが議題にのぼらないのが不思議で不思議で仕方ない。
けれど、あのエイデンのことだから、私のいないところで静かに話を進めているのかも……
ちらと視線を送ると、エイデンは書類を真剣な表情で見つめていて。動揺の色なんて少しも読み取れない。
ねぇ、エイデン。貴方、本当にこのまま結婚してしまうの?
昨日のあの言葉は、どこまで信じていいの?
昨日のことがまるで夢の中の出来事だったように思えて不安ばかりが募ってしまい、ずきずきと胸が痛んだ。
◇
エイデンから結婚話について聞かされるのが怖くて、会議終了とともに軍議室を出て、ノエルと二人で廊下を行く。
長い廊下の角を曲がると、向こうから衛生兵であり医者でもあるビオラがやってきているのが見えた。
「おや、姫さんじゃないか! リオン城に残ると決めたんだって?」
ビオラは目が合った途端駆けてきてくれて、にかっと笑った。
「ええ。ひとまず二国の平和が約束されるまでは、ここに置かせてもらいたくて」
「そうかい。殿下の喜ぶ姿が目に浮かぶようだよ。女関係は、ずーっと苦労してきたからねぇ。だけど、明日はあの方が帰ってくる日だし、かえって気が気じゃないかもしれないね」
ビオラは窓の外を苦々しい顔で見ていて。
私もそちらに視線を送ると、アールデンス火山が見えた。
「女性関係で苦労? どういうことです?」
わけがわからなくて尋ねたけれど、ビオラは途端に口をつぐんで踵を返した。
「まずい、噂をすれば……だね。無駄話をするなと叱られる前に撤退するよ」
「あぁっ、ちょっとビオラ!? まったくもう……。ねぇノエル、どういうことなの?」
ビオラに逃げられてしまって、代わりにノエルに尋ねるけれど、ノエルは困ったような顔で「人目がある場所ではちょっと……」と、誤魔化し笑いを浮かべていて。
そんなに知られてはいけないような、何かがあるのかしら。
苦労した、ということは、過去に女性に執着されたとか、あとは騙されて貢ぎ続けた、とか?
……どちらもありそうな気がする。
じゃあ、帰ってくるという『あの方』っていうのは……?
口元に手をあてながら考え込むけれど、全然見当もつかない。
『あの方』が帰ってくると、どうなってしまうの?
「……リア、聞こえているだろうか」
唸りながら考えていると、後ろからぽんと肩を叩かれて、驚きのあまり飛び跳ねた。
「ひゃぁ!」
「っ、どうした? さっきから呼んでいたんだが」
振り返ると、エイデンが目を丸くしながら立っていた。
そうか、私の後ろのほうにエイデンの姿が見えたからビオラは急いでいなくなったのね。
「すみません、考え事をしていまして」
「考え事?」
エイデンは不思議そうに首をかしげているけれど、さすがに本人を前にして、過去の女性遍歴を聞かせてほしいだなんて言えない。
それに、結婚話のことだって怖くてとても真意を聞けそうになくて。
「はい。アクアのことやイグニスのこと、お兄様やお父様のことを考えていたのです」
もっともらしい言い訳を無理やりひねり出して、にこりと作り笑いを浮かべる。
「そうか……」
エイデンは、どこか心ここにあらずといった様子でぼんやりとしているように見える。
「どうされました……? お疲れのようにも見えますが」
顔を覗き込んで尋ねると、エイデンはどこか不安そうな表情をしていて、たどたどしく口を開いた。
「スティーリア。すまないが、明日の朝から数日間部屋にこもってもらいたい」
「部屋にこもるのは構いませんが、なにか儀式でもあるのですか?」
いままでこんなことを言われたことは一度もないし、また疑問ばかりが増えていく。
「いや、これは……」
エイデンは言いづらそうに口をつぐんだあと、困ったような顔で笑い、言葉を続ける。
「やはり、いまのは忘れてくれ。いずれは通る道、一生会わずにいられるものでもないしな」
ちらとノエルに視線を送ると、なぜかノエルも不安そうな顔をして自分のエプロンを強く握りしめていた。




