八方塞がり
軍議室は、潰れそうなほど重い空気に包まれていた。
皇帝陛下はテーブル中央の書簡を見つめながら眉を寄せ、エイデンは腕を組んでうつむいて。
宰相や大臣たちは、頭を抱えて唸っている。
私は、国王のしたことの申し訳無さから、小さくなったまま顔を上げられずにいた。
ようやく皇帝陛下と和解できて平和に大きく近づいたのに。
文書では、言葉を尽くして十年前のことや民の侵攻について謝罪し、停戦の必要性を説いて、私からの手紙も添えたのに、アクアからの返信は『停戦は不要である』『第三王女を早急に返還せよ』だけなんて。
あまりにもひどすぎる。
これでもし、皇帝陛下のお考えが変わってしまったら……
恐る恐る顔色をうかがうと視線が重なってしまい、私の身体はびくりと震えた。
「姫、そのように怯えなくとも良い。元より、簡単には行かぬものだと思うておったしな。それに、敵国にいる娘が心配になるのもわからんでもない」
皇帝陛下は苦々しく笑う。
けれど、言葉と違って表情からは落胆の色が読み取れた。
「お心遣い、痛み入ります。私の父が申し訳ございません……」
深々と頭を下げると、大臣が何かを思いついたかのように声を上げた。
「そうだ、オデット王女殿下の返還を交換条件に、停戦交渉を進めるのはいかがです?」
大臣の提案に、私の喉がひゅっと鳴る。
やっと祖国に帰れるかもしれないのに、それが不安で仕方ない。
テルム国の時のように、帰国した途端駒として都合の良い国に嫁に出されるかもしれないし、私の地位は第三王女という中途半端ものだから、停戦の交渉材料として釣り合えるのかもわからない。
それに――
ちらとエイデンに視線を送ると、彼もこちらを見つめてきていて。
ドクンと鼓動が跳ね、そのまま何も気づかなかったふりをしてうつむいた。
「……いま、姫を帰すのは反対だ」
エイデンが呟くように言う。
意見を受けた大臣は、もごもごと言いづらそうな様子で口を開いた。
「それは、個人的な理由ではありませんか? お二人が共にいらっしゃるのを、よくお見かけしますが……」
いけない!
このまま変な勘違いをされてしまったら、エイデンの立場が悪くなってしまう。
「私たちはそのような関係ではございません。あくまで二国間の平和のために……」
私が急いで反論すると、エイデンが噴き出すように笑った。
「大臣、あまり俺を見くびるな。それとこれとは、話が別だろう。アールデンス火山の噴火が続き、戦力が割かれてこちらが劣勢である以上、安易にそのような行動をとるべきじゃない。それに何より、姫を駆け引きの場に持ち出せば、向こうに悪印象が残る」
「ああ……確かにおっしゃるとおりですな、出過ぎた真似を申し訳ございません」
「構わない。国を思ってのことだとわかっている。それに好いた女のことは、この件が落ち着いたら自分でどうにかするさ」
楽しそうにエイデンは笑い、最後に優しい目でこちらを見てきて。
どくんと強く心臓が動く。
それを眺めていた皇帝陛下は呆れたように、深く長く息を吐いた。
「頼むから、第一皇子の悪夢の再来だけはやめてくれ……」
◇
会議も長くなってきていたため、私たちは一度小休止を挟んで、またそれぞれの椅子に腰掛けた。
「では、話の続きといきましょうか」
優しそうで穏やかな年配の宰相が、指で白いひげをとかしながら微笑み、再び口を開く。
「先ほどの皇子殿下のお話だと矛盾が生じますが、どうお考えですかの……? 姫様をお返しし、こちらの誠意を見せるべきではあれど、アクアは姫様を取り戻した途端に総攻撃を仕掛けてきたり、聞く耳を持たなくなったりするやもしれぬということでしょう?」
宰相の問いかけに、エイデンは困ったように笑う。
「だからいまは帰すべきじゃないと言った。噴火さえ収まればどうにかなりそうなもんだが、この状況では次の一手がいくら考えてもとんとわからん。陛下は、いかがでしょうか?」
皇帝陛下も額に手を当てて、考え込むように険しい表情を浮かべている。
「アクア王は、誤解をしているやもしれぬな……エイデンと姫を遣わし直接交渉するのが良い気もするが、エイデンが無事に戻ってこれる保証もない……まずはこちらが向こうを信頼すべきなのだろうが、見誤った時のリスクがあまりにも大きすぎる」
皇帝の言葉に、宰相と大臣、私が大きく頷く。
エイデンはイグニスとアクアの未来に欠かせない人で、失ってはならない人だ。
そんな危ない橋を渡らせるわけにはいかない。
結局夜まで会議を続けても、有効な案が何一つとして浮かばないままで。
今日のところは、お開きとなってしまった。
軍議室からは陛下が去り、大臣と宰相は書類を片付けに出ていき、残されたのはエイデンと私、それと使用人たちだけ。
「スティーリア、このあとの予定はあるか?」
エイデンの問いかけに、首を横に振る。
「いえ、後は夕食をとって部屋で休むだけです」
「もし良ければ、夕食と庭の散歩に付き合ってくれないか? 男が一人、夜の庭をうろつくのも不審者扱いされそうでな」
『時間も時間だし不安なら断ってくれていい』と言うエイデンに、私はすぐに「ご一緒させてください」と返した。
こんな不安定な気持ちのまま、一人でなんていたくなかったから。
もしかしたら、そんな気持ちもお見通しだったのか、エイデンは満足気に微笑んでうなずいていた。




