好きの気持ち
「でもね、殿下は以前“恋をするとはどういうことか、自分もわかるようになった”というお話をされていて……」
作り笑いをしながら返すと、ノエルは納得いかない様子で首をかしげてきた。
「それって、他の女性のことだと殿下がおっしゃっていたのですか? エイデン皇子殿下がこんなにも大切にされている女性を私は他に存じておりませんし、なんだか不思議で……って、あぁっ、お飲み物! 王女殿下、ご希望はございますか!?」
飲み物を忘れているのを思い出したノエルが慌てた様子で尋ねてくるけれど、私は「ノエルに任せるわ」と平静を装って返した。
「それでは、一度失礼致します」
ノエルが去って扉が閉まると同時に、私は背中からベッドへぼふんと倒れ込んだ。
「エイデンが、私のことを、好き……?」
確かめるように言うと一気に顔が熱くなり、誰が見ているわけでもないのに両手で顔を覆い隠す。
先程まで彼の腕に抱えられていたからだろうか。
どこからか、ふわりとシトラスとムスクの残り香が香ってきて。
心臓がきつく甘く締め付けられ、手近な枕を手に取って顔を埋めた。
あぁだめだ。
ずっと私を守り続けてくれていた優しいマルクのことが、一番愛しいはずなのに。
これまでマルクだけを想い続けていたし、今後誰と結婚しようと恋い慕う心は消えないと、そう思っていたのに。
まっすぐで、勇敢で誇り高いエイデンに、どこまでも翻弄されて、胸の高鳴りを止めることができなくなる。
このままではいけない。これ以上心を奪われてはならない。
そう考えているうちにふと、私に結婚相手の選択権はなく、この身はアクア国王の駒の一つなのだと思い至る。
元々テルム国に嫁入りする予定だったわけだし、あの時マルクだって私の嫁入りに反対はしなかった。
こんなふうに思い悩んだところで意味なんかなくて、どちらとも結ばれることはないのかもしれないわね。
つきんと胸の奥が痛むけれど、王女として生まれたからには仕方のないこと。
ちゃんと、使命を受け入れなければ。
投げやりに笑って小さくため息をこぼし、左手首につけた剣飾りを右手でそっと包み込んだ。
◇
「おはようございます、王女殿下」
ノエルがカーテンを開けてくれると同時に、眩い光が降り注いでくる。
爽やかで気持ちのいい朝だ。
「おはよう、ノエル。返事はあった?」
「いいえ、まだのようです」
私の問いかけに、ノエルは悲しげに首を横に振る。
すでに、休戦協定を望む書簡をアクアに送ったのだけれど、未だ返信はなくて。
不安はあるけれど、雨の日や風の強い日もあったし、使いの者が遅れているだけだと信じたい。
「そう……でも、今日は穏やかでいい天気だから、来るかもしれないわね」
「はい、きっと。外は暖かくて気持ちがいいですよ。あっ、そうだ。王女殿下はこの話ご存知です? 一部の兵士たちがスティーリア王女殿下のことを聖女だとか、救国の女神、なんて呼んでいるみたいなんですよ」
ノエルは嬉しそうに笑っているけれど、私には全く意味がわからなくて、ぽかんとみっともなく口が開いてしまう。
「え、ええと、どういうことかしら……?」
「停戦協定にむけてエイデン皇子殿下とスティーリア王女殿下が動かれていて、アクアに書簡を送った、という話が広まっています。つまりは、アクアとの戦争を良しとしていなかった兵士も多数いたということです。皇帝命令とあらば出兵するしかありませんし、これまで苦しい思いをしながら戦っていたのでしょう」
「そうなのね、よかった。そういうことなら、一刻も早く協定を結ばないといけないわね」
にこりと微笑むと、ノエルも嬉しそうに目を細めてくれる。
「私も、兵士たちと同じ気持ちです。平和の訪れの予感に、心が浮き立っていますから。交渉……上手くいくといいですね」
不安と喜びが入り混じった様子のノエルに、こくりとうなずく。
「皇帝陛下にエイデン殿下と私、宰相や大臣も交えて文章を何度も練って停戦協定を望む書簡を送ったけれど、正直言うと不安で仕方ないの。今度の相手はお父様。一筋縄では行かないと思う……これが杞憂であればいいのだけれど」
唇を噛んでうつむくと、ノエルは「きっと、大丈夫ですよ」と話し出す。
「敵国同士でも、スティーリア王女殿下はこんなにもイグニスの者から頼られ、慕われ、愛されています。誠意を尽くせば、心も通じ合えますから」
穏やかで優しさに満ちた言葉に、胸がじんと熱くなる。
「そうね、いまは上手くいくことを信じましょう」
そして、その日の夜、アクアからイグニスへ使者が戻ってきて……
停戦の交渉は不承諾に終わった、という悲報が皆に伝えられた。




