謁見
旅の疲れのせいか、倒れるように眠ってしまって迎えた翌日。すぐにその時はやってきた。
「そろそろ行こう」
エイデンの声に、無言のままこくりとうなずく。
彼がまとう軍服の色は、白。
今日は、将軍としてではなく第二皇子として皇帝陛下を説得しに行くつもりなのだろう。
この謁見が上手くいけば、停戦協定を結ぶ夢に大きく近づくはず。
そう思うと心は高揚するけれど、もしも失敗してしまえば、いまより状況が悪くなる可能性だってゼロじゃない。
緊張のあまり喉がからからに乾いて、ふと自分の手元を見たら震えていた。
「スティーリア、行けるか……?」
「意地でも行きます。これは、私の戦いですから」
震える手でこぶしを作って前を見据えると、不意に包みこむように右手を握られた。
「皇帝陛下がどうでるか予想もつかないが、俺も隣にいる。アクアへの停戦交渉の許可を勝ち取ろう」
自信に満ちた表情と、骨ばった手から伝わってくるぬくもりとに、胸の奥がとくんと動く。
気づいたらあんなに震えていた手も落ち着いていて、微笑むことができた自分に驚いてしまう。
この人が隣にいれば、何も怖くない。絶対に上手くいく。
根拠なんか一つもないのに、そう思えるのが不思議だった。
◇
つがいの獅子が彫刻された大きな門の前に立ち、私たちは深く息を吸う。
「皇帝陛下にお目通り願う」
エイデンが門番に言うと、彼らは「かしこまりました」と扉を開けていく。
壇上の椅子は空で、まだ陛下はいらしていないご様子だった。
私たちは二人並んで真紅のカーペットを歩き、跪いて頭を垂れて、陛下の訪れを待つ。
しんと静かな空間に、突如としてブーツの音がコツコツと響き渡る。
恐らく皇帝陛下がいらしたのでしょう。
冷たい汗が頬を伝って、あご先からぽたりと床へ落ちた。
「面を上げよ」
低く、堂々とした声に顔を上げる。
壇上の椅子に腰掛けているのは、エイデンと同じ金の髪に、燃えるような赤の瞳を持つ人。
皇帝陛下は、険しい顔をして私を見下ろしてきていた。
「その娘、名を名乗るが良い」
「私は、アクア王国第三王女オデット・アクアレナと申します。この度は謁見の許可をありがたく存じます」
「……アクアの姫が何故ここに来た。早く去るが良い。ぬしは憎きアクア王の娘。我が剣で斬り伏せてしまうやもしれぬし、外をうろつくクマのエサにしてしまうやもしれぬ」
冷たい瞳と静かな怒りがこもった言葉に、エイデンが口を開く。
「皇帝陛下、恐れながら申し上げます。オデット王女は私が連れて参りました。陛下にお伝えしたいことがあるのです」
「エイデン、余は憎きアクア王の娘の顔など見とうないと、伝えたはずだ。話すことなど何もない。早く出ていけ」
憎しみからかアクアを拒絶しようとする陛下にエイデンは食ってかかろうとするけれど、私がそれを制止した。
「どうした、アクアの姫。このまま敵国で一人惨めに殺されたいのか」
去ろうとしない私にしびれを切らしたのか、陛下が苛ついた様子で尋ねてくる。
けれど、私は逃げ出したくなる気持ちを押し殺して、反対ににこりと微笑みかけた。
「いいえ。皇帝陛下はそのようなことをなさるお方ではありません。エイデン皇子殿下からお話を聞き、情に厚い方だと、存じ上げておりますから」
私の返答が意外だったのか、陛下は驚いたように目を丸くし、言葉を無くしていた。
「殿下から、水害の件についてうかがい、実際にアビエス村の惨状も目にしました。我が父、アクア王は温情を与えてくださった皇帝陛下のお気持ちとイグニスの民の心を無碍にしたのですね」
ぎゅっとドレスを握りしめて、深々と頭を下げて言葉を続ける。
「父に代わって、深くおわび申し上げます」
私の謝罪に壇上から、ふんと鼻で笑う音が聞こえてくる。
「やはりアクアが全て悪いのではないか。まったく……隣国に狂った国があると迷惑極まりない。アクア王は、気でも触れたのか?」
二人の王にいろいろ事情があったことは知っている。
この言葉だって、憎しみ合うがゆえの言葉だとわかっているし、イグニス皇帝が本来はこんな方ではないというのもわかっている。
けれど、心無い言葉が胸に突き刺さって、苦しい。
小さく丸まって悔しさと悲しみに耐えていると、今度はエイデンが話し出した。
「皇帝陛下、アクア王は敵国と言えど他国の王。それに、ここも謁見の間という公式な空間で、何よりもオデット王女の前です。王や民を侮辱する発言はお控えくださいませ」
皇帝陛下は、むっとした様子で頬杖をつき、やがて呆れたような声で笑った。
「なぜ正しき我らが、悪しきアクアに配慮してやらねばならんのだ。エイデン、お前は考えが甘過ぎる」
「いいえ。考えが甘すぎるのは父上です。戦争の火種を蒔いたのは我らイグニス。他国を責める立場には、ございません」




