つらら姫
「エイデン将軍、私もお連れください」
“戦争を終わらせるよう皇帝陛下に進言する”
そう話すエイデンに、ぐいっと詰め寄る。
けれど、彼は困ったような顔をして首を横に振ってきた。
「スティーリアは、来ないほうがいい」
エイデンの言葉に衝撃が走り、悔しさで胸が締め付けられて、ぎりと歯噛みする。
思えば、アクアでもずっとそうだった。
――王女殿下には関係のないお話ですから、ご心配なさらず。
そう話す宰相に……
――女は政治に関わるな。
いつも王女たちを政治から遠ざけるお父様。
――オデット。戦争なんてものは全部お父様とお兄様に任せておけばいいの。私達王女は美しく着飾って微笑み、国力の強さを示すのが役割なのだから。
そうやって、国の現状から目を背けるお姉様たち。
そして……
――オデット王女殿下を、血なまぐさい戦に巻き込みたくありません。どうか、ご容赦を。
いくら尋ねても、戦況について聞かせてくれなかったマルク。
戦争中に、王女が国を憂えることはおかしいこと?
民が苦しんでいるのに、着飾って微笑むことしか許されないなんて、人形でもないのに滑稽な話。
私は、温室の中で生きたいわけでも、誰かに守ってもらいたいわけでもない。
武器は持てなくとも、大切なものを守るために戦いたいのだから!
「皇帝陛下の下に連れていけないのは、私が役立たずの女だからですか? 貴方様のお邪魔になるとでも?」
エイデンの顔を見上げ、睨みつけながら尋ねる。
いままでずっと、誰に何を言っても突っぱねられてまともに取り合ってもらえなかった。
今回だってそうかもしれないけれど、私だってこの戦争を止めたい気持ちは同じ。絶対に退くことなんてできない。
エイデンは、噛みついてきた私を怒ることなく静かに見つめてきて、ふっと柔らかく目を細めた。
「スティーリアに不愉快な想いをさせるかもしれない、と思っての判断だったが、余計な世話だったようだな。思えば貴女は可憐な外見とは裏腹に、敵将に向かって小石を投げつけてくるような女性だった」
くつくつと喉の奥を鳴らして笑うエイデンに、『やっと私の気持ちを受け入れてもらえた』と安堵しつつ、からかわれているのがなんだか面白くなくて、口を曲げる。
「私だって、アクアの王女。自国を想う気持ちはエイデン将軍と同じです。見くびらないでくださいませ」
「ああ、すまない。どうか俺と共に来てくれ、スティーリア。凛と研ぎ澄まされた氷は、憎しみの連鎖を断ち切る刃となることだろう」
エイデンは骨ばった手を、すっと差し出してくる。
これは、握手を求められているの?
相手国と同盟を組む時や和解した時に、必ずと言っていいほどに行われる握手。
敵国の皇子なのに、エイデンは私のことを対等に扱ってくれるのね。
じんと胸が熱くなって、彼の右手に手を伸ばす。
エイデンは力強く私の手を握りしめてきて、いつものように不敵に笑った。
「近いうちに、アクア国王とイグニス皇帝もこうやって和解する日が来る。さぁ、第一関門を突破しに行こう」
◇
私たちはアビエス村だった場所を発ち、その日の夜に皇都フランマへ着いた。
「これから皇帝陛下の予定を確認し、可能なら明日お目通りを願おうと思う」
「わかりました。いつでも向かえるように準備をしておきます」
そんな会話を交わし、ふと空を見ると輝く満月がぽっかりと浮かんでいる。
「今宵は見事な月が出ているな」
穏やかなエイデンの声を聞きながら、静かに月を見つめる。
平和が戻れば、きっとまたマルクに会えるのね。
嬉しかったこと、大変だったこと。話したいことは、たくさんある。
辛い時には、いつも隣で支えてくれていたマルク。
もし、いまマルクに明日の話ができたら、彼は何て言うのかしら?
『そのような危険なことをなさらないでください』なんて慌てた様子で言いそうね。
思わず笑みが溢れると、エイデンがこちらを見つめていて。
どこか不思議そうな表情に、後ろめたい気持ちが止まらない。
エイデンには何も関係がないし、どう思われたって構わないはず。
なのに、マルクへの気持ちを気取られたくないと思う自分がいて、自分で自分がわからない。
テルム国と政略結婚の話が出たときも、ずっとマルクだけを想い続けるつもりだったのに、最近は彼の笑顔を思い出しても、以前と同じような気持ちにはなれなくて。
ずっと大切な人で、長い間恋をし続けてきたはずなのに、こんなわけのわからない気持ちになってしまうのはどうして?
「スティーリア?」
静かに名を呼んでくるエイデンに、偽りの笑顔で微笑みかける。
「エイデン将軍、明日はよろしくお願いいたします。長旅で少々疲れてしまったので、私はこれで失礼しますね」
もうこれ以上、この気持ちと向き合いたくない。
向き合ってはならない、と、逃げるようにしてその場を立ち去ったのだった。




