心優しき愚かな皇帝
「争いの火種とはどういうことです? 先程“皇帝陛下はアクアとの関係改善を図っていた”とお話しされましたよね」
話が全く見えなくて、思わず眉を寄せてしまう。
一方のエイデンは険しい顔をして、目眩を堪えるかのように頭を抱えた。
「俺が言えたことじゃないが、皇帝陛下は思い立ったら一直線な人で……。誤った対応をして、アクア王の怒りを買ってしまったんだと思う」
「誤った、対応……?」
私の問いかけに、エイデンは視線を落としたまま小さくうなずいた。
「ああ。皇帝陛下は皇妃を若くに亡くしていて。妻を亡くす悲しみを誰より理解し、アクア王に寄り添えるのは自分だけだと傲っていたんだ。そして……」
エイデンは途端に口をつぐみ、ため息をつくようにまた話しだす。
「アクア王妃の死に対し、イグニス流の弔い方をした可能性が高い」
呟くようにエイデンは言ってきて、私は首をかしげた。
「それの何がいけないのです? 他国の方までもお母様の死を悼んでくださるなんて、とても嬉しいことですよ?」
ますます、エイデンの言いたいことがわからない。
喜びこそすれ、怒る道理はない。
そう思っていたけれど、彼は首を横に振った。
「アクアでは、死を迎えると星になるとされているんだろう?」
エイデンの言葉にこくりとうなずく。
以前、二人で二国の文化について話した時、そんな話をしたような気がする。
彼はそれを覚えていたのだろう。
「ええ。アクアでは王族が亡くなったらルルェの花を捧げて、厳かに送る決まりになっています。死者が天に昇って、星の河の一粒になれるように、遺された者たちは喪に服すんです」
「だが、イグニスでは死を迎えても生まれ変わり、現世にまた戻ってくると言われている。そのため、棺に貴金属や宝石を供え、神への貢ぎ物にする決まりがあって……。いましがた、十年ほど前に父が宝石をかき集めていたことを思い出した」
死と宝石……? どこかで聞いたことがある……
――イグニスの皇帝は何を考えている! 王妃が雨乞いの儀式で死んだことを素晴らしいとでも? その上、宝石を送りつけてくるなど、祝いのつもりか!? 侮辱するにもほどがある!
お父様の声が、ふと頭の中で響き渡り、ひゅっと息を呑んだ。
まだ私が幼かった頃、見てしまったあの光景を思い出す。
冷たくなってもう動かないお母様の横で、恐ろしい顔をしたお父様が、手紙をビリビリに裂いて、宝石を投げ棄てていた姿。
悲しくて、怖くて、苦しくて、いままでずっと思い出すのを拒んでいたんだわ。
「エイデン将軍……その推測に間違いはないと思います。父が、皇帝陛下の贈り物に激高していたことを思い出しました」
「やはり……」と、エイデンは苦しげに目を閉じて再び口を開く。
「イグニスでは早逝した皇族を“神が連れていきたいと思うほどに素晴らしい人物”と捉えるんだ。火の神が認めたというのは、最大級の誉れだから。それを、ろくに説明もしないまま手紙に書いて、アクア王から思い違いをされたんだと思う」
いつもの自信に満ちた姿とはまるで違う、彼の辛そうな表情と言葉に、ぎゅっと胸が締め付けられる。
自分の父親が隣国の王の怒りを買い、二国の関係を悪化させてしまったわけで、こんなふうになってしまうのも無理はない。
けれど、アクア側だって、お父様にもっと理解があれば結果は違っていたのかもしれなくて。
そこからどんどん事件が重なり、こじれにこじれ……
こうなるともう、どちらが悪いという話でもなくなってきている気がする。
うつむいたまま苦しげに歯噛みするエイデンに寄り添い、そっと背中を撫でた。
「エイデン将軍。きっとこの戦争に、悪も正義も、誰が始まりで、何のせいかなんて、そんなものはないわ。しがらみにとらわれず、いまはただ前に。未来に進まないと」
自分に言い聞かせるように話すと、エイデンは「ありがとう」と物悲しげに微笑み、意を決したように強くこぶしを握りしめる。
「城に戻ったら俺は、皇帝陛下にお目通りを願おうと思う。互いの誤解と無理解が生んだこんな不毛な戦争、早急に終わらせるようにお伝えしなければ」




