甘い木の実と夕焼け
それから私たちは庭つきのテラスに移動し、時には文献を取りに図書室に移動しながらたくさんの話をした。
イグニスの奴隷制度が十年ほど前に廃止されていたこと。
アールデンス火山は今回のような被害がない小規模な噴火を繰り返していて、そのたびに神鎮めの儀式を行っていること。
火の神への儀式には供物が必要不可欠で、羊やそれをかたどったものを捧げる決まりがあることなど、私が知らない話も多々あった。
アクアにとって羊は、ウールを生み出す大切な家族。
食べたり供物にしたりするなんてと驚いてしまう。
もしかしたらこういう文化の違いが、イグニスの民を残虐に見せたり、不気味に見せていたのかもしれない。
一方で、イグニスでは供物がない祈りは聞き入れられないとされているから、アクアで行われる雨乞いの儀式は、お手軽なものだと思われていたみたい。
でも、実際は王家の者が湧水池の洞窟に籠もって、丸二日ひたすら祈りを捧げるという過酷なもので。
病弱だった私のお母様は、これで体調を崩して亡くなっているのだ。
それを聞いたエイデンは、自分たちの思い違いを申し訳無さそうに謝っていて。
墓前で謝罪をしたいと話していたけれど、お母様はもう天に昇って星になった人。
きっと、全部お見通しで伝わっているから大丈夫ですよ、と微笑みかけたら、彼は少しホッとしたような顔をしていた。
他にも、アクアにはない海の話を聞いたり、虹がかかる滝の話をしたり、教育や芸術、歌や伝承など、二人で思いつくままに話し続けた。
「隣国とはいえ、かなり違うものだな……」
エイデンが笑うように息を吐き出す。
考え方や歴史に違いがあることが不思議で面白くて夢中で話してしまい、気がついたらあたりは夕焼け色に染まっていた。
「衣装もほぼ同じですし、イグニス人とアクア人の外見が似ているぶん、こんなにも違っているとは思いませんでした……って、あれは、シェリの実!?」
ふと、テラスの端にある実が視界に入り、立ち上がって足早にそちらへ向かう。
赤くて丸くてツブツブした実が、背の低い木にたくさんなっている。
やっぱり、これはシェリの実だわ!
「これは、アクアにもあるのか?」
あとからやってきたエイデンが尋ねてきて、私は大きくうなずいた。
「はい、城のお庭に少しだけありました。懐かしい……大人になってからもマルクはこれが好きで、よく隠れて食べていたっけ」
一国の王女がつまみ食いするなんてみっともないとわかっているけれど、嬉しさのあまり実をもいで、ぱくりと口にする。
甘酸っぱくてみずみずしい味が口の中いっぱいに広がって、マルクとの幸せで穏やかな日々が次から次へと思い起こされる。
マルクは、今頃どこで何をしているのかしら。
補給隊所属とはいえ騎士だし、前線に駆り出されていないといいけれど……
優しくて穏やかで実直で、いつも照れたように笑うマルク。
また、貴方に会いたい。懐かしい声が聞きたい。
満月の夜、隣り合う私たちの気持ちは同じだと思っていたけれど……
ねぇ。もう私のことなんて、忘れてしまった?
きゅっと唇を結んで下を向く。
地面には、美しい思い出たちが壊されているかのように、熟して落ちたシェリの実が無惨に潰れていて、胸が痛んだ。
「マルクとは? 恋人だろうか」
淡々としたエイデンの声に、ぴくりと身体が震える。
やましいことなど一つもないのに、なぜだか視線を上げられず、顔が見られない。
「マルクは……補給隊所属の騎士で、大切な幼なじみです」
嘘をついているわけじゃないのに、後ろめたい気持ちが止まらない。
確かにマルクは恋人ではなかった。
けれど、十年以上ずっと想い続けた人で、これからも一緒に生きていきたいと思っていた人。
単なる幼なじみでくくれる人では決してない。
だけど、それを説明しようとすると、途端に言葉が出てこなくなってしまって……
どうして私はこんなにも、マルクのことを知られたくないと思ってしまうのだろう。
「貴女が時折寂しげな顔をするのは、その幼なじみのせいか」
エイデンは深いため息を吐き出す。
さっきまで楽しく話せていたのに、いまはなぜだか私たちの間にある空気が重い。
夕陽も沈みかかって、あたりは綺麗な赤紫色に彩られ、風の音だけが聞こえる。
「シェリの実は、美味いのか?」
沈黙を破ったのはエイデンで、いつもと違う空気に耐えられなかった私はホッとして微笑んだ。
「美味しいですよ、召し上がってみます? こうやって引っ張るとほら、簡単にとれるんです」
赤い木の実に手を伸ばして、指先でもぎとりながら説明をする。
「よかったら、皇子殿下も……」
やってみてください、の言葉を言おうとした途端、手首を掴まれて、上方向へ引き上げられる。
エイデンの顔が近づき、指先に微かに柔らかなものが触れて、シェリの実が奪われてしまった。
「ああ、これは確かに美味いな」
実を口にしたエイデンはどこか扇情的な瞳をしていて、艶っぽく引き上げられた唇に目が離せなくなる。
「なっ、ななななにをなさるんですか!?」
慌てて手を引っ込めて、たしなめるように尋ねるけれど、エイデンは楽しそうに首をかしげてきて。
「俺に実をとってくれたのではなかったのか?」
「欲しければ、そう言っていただければちゃんと手のひらへお渡ししますから!」
「次回からはそうするよ」
どこか満足そうな声に、私は小さく息を吐き出した。
「ぜひ、お願いします」
辺りが暗くなってきていて、本当に良かった。
こんな顔、誰にも見せられない。
エイデンを見つめられなくて、ぷいと顔を背けると、遠くにアールデンス火山が見える。
溶岩や火山灰が噴き出るような噴火ではなく、今回も神鎮めの儀式ですぐおさまりそうという話だけど、それでも噴火の影響か火口付近から山際に沿ってうっすら赤く光っていて。
せっかく視線を外したのに、燃えさかる炎の色にエイデンの瞳を思い出してしまい、胸がひどくざわついた。




