オデット
「あの、皇子殿下……?」
挨拶をしても何の反応も返ってこず、困った私は恐る恐る尋ねてみる。
すると、エイデンはぴくりと身体を震わせた。
「あぁ、すまない。見違えるほど美しくなっていて驚いたんだ。いや、見違えるという言葉は少々失礼にあたる気も……だが、まいった。適切な言葉が浮かばないな……」
左手で頭を抱えて悩む仕草をするエイデンは、普段のきっちりした雰囲気とは大きく違い、しどろもどろといった様子で。
なんだかそれが可笑しくて、こらえきれずにくすくす笑ってしまう。
「……やっと、笑ってくれた」
優しげな声に顔を上げると、エイデンは私を見つめながら柔らかく微笑んでいて。
普段はあまり見ることのない彼の幸せそうな表情に、きゅっと胸が締め付けられる。
「そのドレスも、よく似合っている」
いつもは受け流してしまうような社交辞令的なセリフも、エイデンに言われるとなぜか気恥ずかしくなってしまって。
お礼の言葉や態度も変にたどたどしくなってしまった。
◇
使用人が扉を開けて彼とともに広間に入ると、着席している人はおらず、毒見役と配膳役の使用人と世話役の侍女たちだけが端にたたずんでいる。
どうやらエイデンが朝食の会に誘ったのは私だけだったらしい。
それから私たちは向かい合わせで着席し、食事を始めた。
イグニス料理の味付けはアクアよりも辛めでスパイスが効いている。
名前のわからない料理も出てくるけれど、どれも絶品で。
野営の料理ばかり口にしていたのもあって、なおさらシェフの料理を美味しく感じてしまう。
最初は人質だと聞かされていたから、こんなふうに朝の光を浴びながらゆったりと朝食をとれるなんて思ってもみなかった。
そうそう、光といえば。
「皇子殿下、『光降る恋』とは、どのようなお話なのですか?」
ふと湧き出てきた疑問をエイデンに尋ねる。
皆が夢中になる演目で、主人公のスフィーが私に似ている……というか故意に似せて作られているということもあって、ずっと気になっていたのだ。
エイデンは、手に持っていたパンを置いて、口を開く。
「簡潔にまとめると、継母にいじめられている健気な令嬢スフィーと、スフィーの家と敵対する貴族の令息セドリックの、秘めた恋の物語、だ」
「それは興味深い演目ですね。人気になるのもわかる気がします。スフィーが困難を乗り越えて幸せをつかむさまを私も観てみたいですもの」
きっとステキなラストなのでしょう、と寄り添い合う二人を想像したけれど、エイデンは苦笑いを浮かべて首を横に降る。
「いや、スフィーは最後に愛するセドリックをかばって刺され、セドリックの腕の中で死ぬ」
「死ぬ!?」
思わず身体が跳ねて、大きな声をあげてしまう。
ずっと健気に生きてきたスフィーなのに、これはあんまりな最期では?
脚本を依頼する立場だったエイデンは、困惑する私に申し訳無さそうな顔で口を開いた。
「悲恋で終わるのは仕方がない。そちらのほうがインパクトがあるし、何より民の心に深く残るんだ」
理屈はわからないでもないけれど、勝手に私をモデルにして主役を作っておきながら、悲恋で終えるどころか殺してしまうとは……やっぱりエイデンはこういうところに容赦がない。
一言物申したい気持ちはあったけれど、劇のおかげでノエルたちとも親しくなれたことを考えると、彼に文句など言えるはずもなかった。
食事を終えてテーブルも綺麗に片付き、紅茶が差し出される。
エイデンと戦争についての話をしたいのに、なかなか言葉が出てこない。
戦争反対派のノエルはともかくとして、他の使用人たちはどうなのかしら。
ラミー侯爵のようなアクア嫌いの戦争賛成派もいるかもしれないし、迂闊なことは言えない。
ちらちらと使用人や侍女たちに視線を送っていると、エイデンが、ふっと笑うように息を吐き出した。
「悪いが、少し彼女と二人きりにしてくれないか?」
私の考えを察してくれたのか、エイデンは使用人と侍女に言う。
「承知いたしました」と彼らはいつものように淡々と言うけれど、私たちを見つめてくるその目は、騙されているのではないかとエイデンを心配そうに見つめていたり、微笑ましいとばかりに緩んでいたりで。
なんだか変なふうに勘違いされている気がしてならないけれど、それをいちいち訂正するのもおかしな気がして、彼らが扉の向こうに去っていくのを静かに待った。
「ずいぶんと険しい顔をしていたが、俺になにか話したいことでも?」
彼らが出ていったのを確認し、エイデンは私に尋ねてくる。
こくりとうなずき、重ねた自身の両手を握りしめる。
「エイデン皇子殿下」
私の呼びかけに、エイデンは目を見開く。
「スティーリア、突然どうした」
どこか不安げな表情でエイデンは私を見つめてくる。
きっと、不思議がるのも当然のこと。
だって私はこれまで意地を張り続け、彼のことを『将軍』や『皇子殿下』といった役職名でしか呼んだことがなかったから。
ずっと、一度でも彼の名を呼んだら、屈したことになるような気がしていた。
でも、一度口にしてしまえば何てことはない。
惨めな気持ちになんて少しもならなくて、むしろ不思議と何度でも彼の名を呼びたくなった。
真っ直ぐにエイデンを見つめ返した私は、大きく息を吸い込んで背すじを伸ばし、口を開いた。
「貴方様が思い描いた“平和的に戦争を終える夢”。どうか私、オデットも共に叶えさせてください」




