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アイク島冒険記  作者: 嶺月
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ニールフェルトとの昼食

訓練の後、懇意にしている鍛冶師の少女ルーチェと話し、午後の予定を約束したレオンハルトはニールフェルトとの昼食に向かいます。

 ルーチェと別れた後騎士見習いとしての細々とした雑事を片付けたレオンハルトは、任務への同行についての詳細を聞く為にニールフェルトを探す。幸いニールフェルトは所属する天文局の騎士たちが常駐する待機部屋に居た。話をしながら一緒に昼食を摂る事にして騎士たちに割り当てられた食堂へと連れ立った。

 今日のメニューは硬めに炊かれた白飯とカボチャのポタージュ、主菜には青魚と玉ねぎをヤギの乳で煮込んだもの。騎士の多くはこの食堂での食事を粗末すぎる、と不満を漏らす事が多いが耕作地の少ないこの島で白飯を常に提供できるというのは王城の裕福さの証といえる。

 レオンハルトとニールフェルトは、この島で主神と祀られるシリュペズへの感謝の祈りを捧げ、食事を始める。話題は鍛錬後に少し聞きかけたアルカナ山での任務についての詳細だ。アルカナ山は海の外との連絡の途絶えた小さなアイク島で、文明が維持できる要因である鉱山だ。島の北東部に位置し、鉄鉱石だけでなく通貨に使われる銅をはじめ様々な金属が産出される。(ふもと)には鉱山での労働者を中心とした小さな街も有り、アイク島にとって重要な土地である事は間違いない。

 だがニールフェルトが所属する、星の運行と暦の管理を行う天文局の任務には関りが無いのではないか、とレオンハルトは思ったのだが


「天文局と名付けられてはいるが、実際には星の動きだけではなく広く空を観察することから気象、天候の観察が主要な任務であることは知っているか?」

 

 まず自分の仕事についてレオンハルトが正しく理解しているかを質問した後、スープを(すく)って(さじ)を口に運んだニールフェルトは、少々顔を(しか)めて卓上の壺からつまみの塩を投下する。周りを海に囲まれたアイク島だが、海水を煮詰めるための薪が貴重品である為、塩は高級品扱いだ。香草の類も少なく、独特の旨味を持つ岩塩など王ですら使うのを躊躇(ためら)うという話だ。


「はい。暦を調整することも併せて、このアイク島の農業を維持する大変重要なお役目だと思います」

「カシウス家の人間らしい見方だな。局の内部には下々の民を手伝うなど騎士の役割でない、と言う者も居るが…よせ、屋敷ならともかく他の騎士にも聞かれるような場所で騎士道とやらの講釈を始めるつもりか。それでなくても煙たがられているというのに」


 白飯を咀嚼(そしゃく)したレオンハルトがニールフェルトに反論しようとすると、魚から小骨を取り除きながら先輩騎士はその言葉を遮る。

 騎士道とはカシウス家の五代前の当主が、騎士が奉ずべき理想、礼儀作法、女性に対する振る舞いや武術の礼賛(らいさん)などについてまとめた書物によって説かれた新しい哲学のことだ。件の当主は高潔なだけでなく、幅広く教養に富んだ人物であったらしいがその理想主義的な言動が当時の宰相に疎まれて以来、カシウス家はアイク島の百ほどの家門しかない騎士階級において傍流となっている。特に騎士道の中で説かれた、騎士階級は率先して平民の保護に努めるべきだ、という論調は特権意識の強かった騎士たちに評判が悪く、はぐれ者が怪しげな理屈をこねくりまわしているという悪評が途絶えたことはない。

 中にはニールフェルトのように理解を示す騎士もおり、レオンハルトの父ハインリヒが鍛冶師ディルの要請に応えて重力水探索の冒険行を呼び掛けた際、十数人ほどの協力者を得ることになった。冒険が成功裏に終わり、重力水を使って生み出されたハイ・メイスは国王に絶賛された。

 発明者のディルは多大な名誉とその後の研究の資金として充分な褒賞を得たが、ハインリヒは嫉妬からかえって複雑な立場に置かれることとなった。レオンハルトにもその被害は及ぶこととなり、特にディルがさらに研究を重ねて生み出した武器、デュラディウスを見習いの身でありながら一人持っていることで増長している、との評判は周りとの軋轢(あつれき)を決定づけた。

 当のレオンハルトは先祖の教えに深く共感して、天才鍛冶師が新たに生み出した武器を預けられた事を誇りに思い、誰も見たことの無いこの武具を使いこなすことに心血を注ぎ、慣例により十六歳で騎士見習いに取り立てられた半年前の時点で正規の騎士の誰にも負ける事のない技量を備えていた。

 もっとも争いの歴史のないアイク島において武技並ぶものなし、という評判は単に年長の騎士たちの虚栄心に傷を付けただけのようで、身長に余る長大な武器を振り回す様から本人の知らない所で風車、などと陰口をたたかれている。


「まあそれで天文局の任務として雨期に入る前のこの時期、稲の植え付けに最適な時期を見極めるという物があるのだがな。この島ではアルカナ山にのみ咲くアルカナイチゲという花の咲き加減でおおむね計ることができるのだ」

「それでは鉱山に入るのでなくアルカナ山そのものに登る、ということですか?」

「実際には毎年毎年律義に登るわけではなく、(ふもと)から群生地の色づき具合で判断することが多いがな。お前はおそらく見習い期間が終われば私が天文局に呼ぶことになる筈だ。ならば今年は群生地まで登り正式な任務を体験してみてはどうかと思ったのだ」


 ほぐした魚肉を白飯の上に乗せて味を合わせてから旨そうに頬張ったニールフェルトの言葉に、レオンハルトは頷いた。そして自分も魚をこちらは一緒に煮込まれた玉ねぎを絡ませて口に運ぶ。じっくりと熱を(くわ)えられた玉ねぎの甘味と乳の沁み込んだ青魚の香りを存分に味わう。夜明け前から仕事に出た漁師が獲ってくる魚介類は、味付けが貧弱になりがちなアイク島の食事の中では数少ない誰もが満足する食材だ。


「ご配慮痛み入ります。ぜひとも同行させてください」

「予想はしていたが良い返事だ。山地での気象の変化、野営のコツなど得るものは多かろう。出発まで三日、できる限り準備しておくぞ。普段は午後も武術の鍛錬に費やしているのは知っているが、今日からは座学だ。山というのは都市で生きる我ら騎士にはなかなかの強敵だぞ」

「あ…申し訳ありません。今日の午後は予定を入れてしまいまして」

「む、ディル殿の用事か?」

「はい、いいえ。実はディルではなくあの孫娘、ルーチェ本人からの用件です。なんでも自分一人での初めての研究成果が出たとかで」

「自分の研究?あの娘、単なる手伝いではなく女だてらに自分で発明もするのか。それは驚きだな」

「ええ。幼い頃から周りから白い目で見られていましたが、その研究が物になるようなら周りの反対の声も小さくなる事でしょう。女が鍛冶師などふざけている、早く結婚すべきだ、との声もあるようですがルーチェは間違いなくディルの天才を受け継いでいます」


 レオンハルトにしてみれば、ルーチェがディルの孫娘としてだけではなく周りに認められる良い機会になるのでは、との思いも有り少し強めの称賛(しょうさん)のつもりだったが、ニールフェルトは違う意味に捉えたようだ。


「そのルーチェという娘とは幼い頃から親しかったのか?」

「そうですね。五歳の頃からすでに父親の目を盗んで工房に入り込んでおりましたから、私とも話す機会は多く有りました。頼りない父に代わって自分が祖父の後を継ぐのだ、とよく息巻いておりました。当時は私も子供の戯言(ざれごと)だと思っていましたが、ディルは早くから才能を見抜いていたようです。デュラディウスの取り回しをルーチェにも見学させていました」

「結婚するべきだという周りからの声があると言っていたが、本人にはそのつもりは無いのか?」

「ええ。重力水の研究に魅入られているようで、結婚どころか仲良く話す友人も居ないようです。人付き合いを嫌っているわけでは無いようですが、女でありながら家庭に専念する様子が無いのでは、と結婚の話もなかなかまとまらない様です」

「だがお前とは親しいのだな?」

「はい…何か気になる事でも?」

「結婚の当てが無いのはお前もだろうと思ってな」

「そうですね。やはりカシウス家と縁を結ぶのにはどの家も二の足を踏むようで、いまだに婚約者もおりませんが…ああ、そういう事ですか」


 ここまで来るとレオンハルトにもニールフェルトの話の行方が分かる。どちらも異性との縁が無い者同士、仲が良いのであれば結婚してはどうかという事だ。


「仰りたい事はわかりましたが、私は騎士でルーチェは平民です。結婚など考えたことも有りませんし、ルーチェには家庭の問題に思い煩う事なく研究に邁進(まいしん)できる人生が似合っているように思えます」


 万事に伝統と秩序を重んじるレオンハルトが、例外的に個人の資質を(おもんばか)る事こそルーチェという娘に対する特別な思いやりとニールフェルトには思われたが、この場で追及しても仕方がないだろうと話を打ち切ることにする。


「まあ、そう言うならこの話は終わりにしよう。明日からはアルカナ山への任務の打ち合わせをするから、午後の予定を空けておいてくれ」


 ニールフェルトはそう言うと立ち上がり、右拳を軽く左胸に当てると立ち去って行った。レオンハルトも答礼して見送ると、食堂を去って見習いの詰め所に向かった。

読んでくださってありがとうございました。

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