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第八十八話『男らしく』

 ミレーユがスケジュールを調整してくれたおかげで休息の時間が増えた。

 おかげで考え事をする時間を設ける事も出来た。


「いよいよだな」


 ゲーム『エターナル・アヴァロン』の『エルフランの軌跡』シナリオではアザレア学園編こそが本編と言っていい。

 アザレア学園は五年制であり、一年毎に事件(メインクエスト)が発生する。他にも様々なサブクエストが発生するけれど、一年目で注意しておくべき事は一部の上級生達が引き起こす事件だ。

 首謀者は五年生のミリアル・レーゼルフォン。彼女は学園を卒業するとケイネス・ボードウィン辺境伯に嫁入りする事が決まっていた。問題はケイネスの年齢と容姿だ。彼は五十過ぎの脂ギッシュな中年オヤジだった。

 ミリアルはそんな男との婚約が嫌で嫌で仕方なかったのだ。その為に洗脳魔術に手を染めてしまった。

 結果として彼女は罪を問われる事になるが、その時の彼女は実に清々しい笑顔だった。何しろ、辺境伯は侯爵に継ぐ地位にあり、前科を背負った令嬢を娶るわけにはいかないからだ。事件を起こし、それが明るみになった時点で彼女の目的は達成されていたわけである。

 その後、彼女は王都の北にあるオーリスベルン刑務所に収監されたけれど、彼女の境遇を哀れんだ刑務官が彼女を励まし続けた。結果、彼女はその刑務官とゴールインを果たす。

 正直、下手に先手を打って解決すると彼女が不幸になるから手を出し難い案件だ。


「被害は洗脳された生徒十三名。彼らはオレを誘拐する」


 ちなみにそのイベントがゲームにおけるエルフランとフレデリカのファーストコンタクトになる。

 細かい流れは覚えていないけれど、最初はゲームでも悪くない関係から始まっていた筈だ。だからこそ、フレデリカ誘拐の報を聞いたエルは彼女を助け出す為に個人で動き出し、最終的にアルと協力する事になる。

 そして、幽閉されていたフレデリカは二人が一緒に自分を助けに来た時、アルヴィレオがエリンで遭遇した少女がエルである事に気付く。

 フレデリカは助けに来てくれたエルに敵意を向け、そこからどんどん関係が拗れていった。


「よくよく考えると酷いすれ違いだよな……」


 洗脳されていた生徒達の処遇は無罪放免だった。次期王妃を誘拐したとは言え、彼らは洗脳を受けていた為だ。

 加えて、フレデリカが罪に問う事を拒んだ事が大きい。その縁が切っ掛けだったのか、彼女が婚約破棄された後も彼らは彼女の支援に回っていた。

 

「……よし! 大人しく攫われよう」


 そう結論付けると共にオレは一つの疑問を抱いた。

 どうして、ゲームのフレデリカは攫われたのだろうか? ミリアルの思惑は分かる。だけど、フレデリカは抵抗出来た筈なのだ。

 彼女にはライがいた。それに使い魔もいた。彼女自身、恐らくは魔王再演を使えていた。

 それなのに洗脳されていた者達にアッサリと誘拐された。


「最初からミリアルの考えを見抜いていたのか……?」


 もしかしたら、フレデリカはミリアルの境遇を哀れんだのかもしれない。彼女の目的を遂げさせる為に甘んじて攫われた。だからこそ、彼女は洗脳された者達の罪を問わなかった。初めから全て知っていたから。

 

「……オレは見抜けたのかな?」


 ゲームをプレイしたから知っていたけれど、フレデリカと同じ条件の下で彼女と同じように事件を決着させられたかは分からない。

 反撃しようと思えば出来てしまうからこそ、襲われた時に何も考えず抵抗して鎮圧してしまうかもしれない。

 ミリアルの思惑を見抜き、洗脳された者達に誘拐される事を受け入れ、光も届かぬ地下に幽閉される恐怖に耐え、犯人達に赦しを与える。

 それはまさしく次期王妃に相応しい慈悲と勇気に溢れた行動だと思う。


「悲劇的だよな……」


 オレは鏡を見た。そこには可愛らしい少女がいた。

 初め、オレは彼女の肉体にオレの魂が憑依したのだと考えていた。赤の他人の肉体を奪ってしまったのだと。

 けれど、オレとフレデリカの本当の関係はもっと近しいものだった。オレと彼女は前世と来世の関係であり、同一人物と言ってもいい間柄だった。

 その事を知った事で少し気が楽になった。言ってみれば、フレデリカは記憶喪失に陥ったオレが新たに組み上げた人格というわけだ。オレと彼女の違いは記憶を失っているか失っていないかの違いでしかない。


「でも、やっぱりオレ自身の事とは思えないよな」

 

 人の心は環境によって幾らでも変化する。オレと彼女はやはり別人なのだろう。だからこそ、オレは彼女を可哀想だと思ってしまう。

 

「君だって、頑張っていたんだよな」


 次期王妃として、毎日必死だった筈だ。


「だったらオレもって考えてたんだけど……」


 取り繕っていても、オレは一般家庭に生まれた普通の男だ。生まれながらの貴族令嬢とは違う。

 彼女ならばライも止めなかったのかもしれない。人の人格は周囲の環境が影響を与えるけれど、既に自我を確立している者と純粋無垢な者では影響の幅も大きく異なる筈だ。

 そんな泣き言染みた事を考えてしまう。


「……情けねぇな、オレ」


 ベッドに横たわり、大きな溜息を吐いた。


「男らしくねぇぞ」


 例え、女の体になったとしても。

 例え、男の人を好きになったとしても。

 例え、子供を産めるようになったとしても。

 それでもオレは男として生まれ、男として生きて、男として死んだ筈だと思う。

 死に際については魔王再臨でシャロンの姿になっていた可能性もあるからちょっと自信がない。

 

「……いや、今のオレは女の体だからシャロンになっても女のままだけど、男の状態で変身したら体ってどうなってたんだろう……?」


 女体化ではなく女装だった可能性に気付き、オレはベッドの上でゴロゴロと転がった。


「いや、女装趣味に偏見とかないけどさぁ!! でも、そ、それはちょっと……、うがががががが」


 オレは必死に(かぶり)を振って嫌なイメージを振り払った。


「と、とにかく! 男らしく生きるんだ!」


 男装をするとか、男として生きるとかではない。これは生き様の話だ。

 オレはかっこよく生きたい。だから、泣き言なんて言わない。


「出来る! オレなら出来る!! やれる!! やれる!! 頑張れる!! うおー!!」

「気合が入っているね、フリッカ」

「おー……、おお!?」


 いつの間にか部屋にアルがいた。

 

「い、いつの間に!? いつからいたの!?」

「たった今だよ。君の元気な声が聞こえたからつい勝手に入ってしまったんだ。すまないね」

「う、ううん!! アルなら何時でも大歓迎だよ!!」


 アルの顔を見た途端、悩みはすっかり吹き飛んだ。

 オレの太陽は今日も光輝いている。


「ねね! チェスやろうぜ! 新しい戦術を考えたんだ!」

「いいね。だけど、負けないよ?」

「へへん! 手加減しないぜー!」


 アイリーンとミレーユにジュースを持ってきてもらい、二人で就寝時間まで遊んだ。

 チェスの駒を動かす時、彼の指に嵌められているオレが贈った指輪が輝いて見えて、オレはついつい頬を緩ませた。

 だけど、甘い手は打たない。これは真剣勝負なのだ。


「チェックメイトー!!」

「凄いな、フリッカ。こんな戦術を思いつくなんて」

「えへへ」


 褒めてくれたアルに御礼のキスを贈る。

 これは彼の婚約者として相応しい行為なのだ。実に男らしい行為なのである。


「……フリッカ」


 舌を入れようとした所で彼がオレの肩を押した。


「はえ?」


 いつもなら受け入れてくれるキスの続きを阻まれた。

 ポカンとしているとアルはすまなそうな表情を浮かべていた。


「すまない。これ以上はダメなんだ」

「ど、どういう事!? イ、イヤだった!? ご、ごめん!! オ、オレ……」


 涙が溢れ出した。嫌がられていた事に全く気付かなかった。

 いつも受け入れてくれていたのは必死に我慢していたのかもしれない。アルが限界を迎えるほど我慢を強いてしまっていた事にオレはパニックを起こしかけた。

 嫌がっている相手にディープキスの強要なんて最低にも程がある。


「ち、違うんだ!! そうじゃないんだ!!」


 アルは血相を変えて叫ぶように言った。


「誤解しないでくれ!! イヤだったわけじゃないんだ!! 逆なんだよ!!」

「ぎゃ、ぎゃく?」

「これ以上は自分を抑え切れないんだ」


 苦しそうな表情で彼は言った。

 オレは視線をちょっと下げた。そこに彼の本心があった。


「わお」

「す、すまない!」


 アルはしっかり男として逞しく成長していたようだ。

 安堵のあまり腰が抜けた。


「フ、フリッカ!?」

「ごめん、アル。オレ、てっきりアルがオレにキスされるのイヤだったんじゃないかって思って……」

「イヤなわけがない。だけど、ボクは君を傷つけたくないんだ」

「オ、オレはいつでも大丈夫なんだぜ……?」

「ダメだ!」

「へ?」


 此方としてはいつでも受け入れる所存なのにアルは力強く却下した。


「な、なんで!? オレ、そんなに魅力ないか!? いや、たしかにこの口調だとアレかもしれないけど……、でも、でも! おっぱいだって結構立派に育ってると思うんだぜ!? 胸でもお尻でも好きなとこ触っていいんだぜ!? ねえ、なんでダメなの!?」


 アルも性欲旺盛な年頃の筈だ。受け入れ準備万端な容姿端麗のオレに手を出さないなんて、やっぱりオレの口調が原因なのだろうか。


「違う!! 違うよ、フリッカ。ボクは君が大切なんだ。ボク達は若い。若過ぎる。この歳で万が一にも妊娠などすれば君の命に関わるんだ!」

「オレ、魔王再演使えるから大丈夫だと思うけど……?」

「い、いや、それは……」


 出産さえ完了すれば魔王再演で復活出来る筈だ。


「そもそも、避妊すればいいわけだし……」

「そ、それは……」


 アルが言い淀み始めた。これは押せばいけるかもしれない。


「……いや、それでもダメだよ」

「どうして……」

「だって、ボク達は子供だ。それに皇太子としての責任もある。ボクは王として民の為に働かなければいけない。それに後継者は長男が継ぐものだ。そして、王とは一日で成れるものではない。王位を継いだ後も王としての研鑽を積んでいかなければならない。そして、本当の意味での王となるんだ。それなのにボクが王位を譲る時に長男が老体となっていてはね……」

「そ、それはそうだけど……」

「避妊も確実ではない。それに出産の最中に君の命が失われれば魔王再演を発動出来るかもわからない。かと言って、出産途中でスキルを発動したら赤子がどうなるか分からないだろう?」

「……うん」 


 彼の言葉は理路整然としていて否定の余地がなかった。

 オレは段々恥ずかしくなって来た。自分が口にした言葉を思い返すと叫びそうになった。

 もう自分を誤魔化す事が出来そうにない。オレはアルとエッチな事がしたいのだ。


「アル……」

「……フリッカ」


 アルを性欲旺盛などと宣っていたが、とんでもない。

 

「……スケベでごめんなさい」

「ほあ!?」


 性欲旺盛(スケベ)なのはオレの方だ。大分前に子供が作れるようになった頃からアルとそういう事をする妄想がどうしても頭から離れなくなっていた。

 

「オレ、アルとエッチな事がしたくて仕方なかったんだ。もうほんと最低だ……」


 子供だけで野球大会が開けたらいいなとか考えてしまっている自分の頭を(はた)きたくなった。

 シャロンは多産だったと聞くからいけそうとか思ってしまう自分は本当にダメだと思う。


「い、いや、そんな……」

「……オレ、アルとの子が欲しいんだ。でも、我慢しなきゃだよな……」


 そう言った瞬間、アルがオレに覆い被さった。唇と唇が触れ合うと共に彼の舌が入り込んで来た。

 歯も舌も舐められ尽くして、オレの頭は一瞬で真っ白になった。そのまま彼の手がオレの胸元へ伸びていき……、


「お嬢様、ジュースのお代わりをお持ち……あっ」


 空気が凍った。アルの体も凍った。


「……も、も、も、申し訳御座いません!!」


 アイリーンが土下座するとアルは慌ててオレから飛び退いた。

 そして、「おおおおおおおおおお!!!」と雄叫びをあげながら壁に額を打ち付け始めた。


「ア、アル!?」

「ボ、ボ、ボクはなんて事を!? 父上からも忠告を受けていたのに、ボクは、ボクはぁぁぁぁ!!!」

「お、落ち着け!! アル!!」

「ボクは最低だ!! 大切なフリッカを己の情欲に負けて襲いかかるなんて……、うがああああああああ!!!!」

「アルゥゥゥ!!」


 オレが必死に羽交い締めにしているのに彼はちっとも止まらない。哀しい程にオレは非力だった。だけど、魔王再演を使うと逆にアルを傷つけてしまうかもしれない。


「アイリーン!! アルを止めて!!」

「か、かしこまりました!!」


 それからお菓子を運んで来てくれたミレーユも加わって、三人掛かりでアルの狂乱を鎮めた。

 その後、アルは枯れた花のようにしおしおとなってしまったからオレは彼を抱き締めた。


「オレは嬉しかったぜ。襲うくらいには魅力を感じてくれたんだろ?」

「……フリッカ」

「へへ、大好きだぜ」


 不安もあったけれど、少なくともオレに魅力が無いわけではない事が分かった。

 安心感が眠気に変わり、オレはそのまま意識を手放した。


「……え? もしかして、朝までこのまま……?」


 翌朝、アルの目元には隈が出来ていた。

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