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第六十六話『夜会』

 扉が重々しく開かれる。王宮の社交場のような華やかさはないけれど、アザレア学園の大広間はランタンの仄かな灯りによって照らされて、どこか幻想的な雰囲気だ。

 厳かな音楽が響き渡る中、アザレア学園の制服を着た青年がオレとアルの名を叫んだ。すると、大広間中の視線がオレ達に集まった。その多くが同い年くらいの子供だった。

 今までにも(おおやけ)の場に顔を出す事は幾度もあったけれど、大人よりも子供の方が多いというのは不思議な感覚だった。


「行こうか、フレデリカ」

「はい、殿下」


 アルにエスコートされながら大広間を横切り、オレ達は学園長であるエラルド・ライゼルシュタインの前までやって来た。

 彼が今宵の夜会の主宰であり、オレ達は主賓だ。

 オレ達は振り返り、大広間に集う人々を見つめた。シヴァやルミリアがいた。バレットやヴォルフの姿も見つける事が出来た。だけど、ジョーカーだけは見つけられなかった。

 あまりキョロキョロするわけにもいかず、ジョーカー探しは諦めながら一歩前へ出たアルの挨拶に耳を澄ませる。

 彼にとっても初めての場である筈だけど、実に堂々としている。まだ十二歳なのにオレの婚約者は本当に凄い男だ。


「―――― 今宵は楽しんでいってもらいたい」


 挨拶が終わるタイミングを見計らってアイリーンとミレーユがグラスを持って来てくれた。

 それぞれグラスを受け取ると、他の人達も各々が持っていたグラスを掲げた。


「乾杯!」


 ランタンの灯りが増えてさっきまでよりも明るくなった大広間に幾つもの丸テーブルが現れた。

 そこには美味しそうなご馳走がこれでもかと盛り付けられている。

 一応、無様を晒さないようにいくらか腹に詰めてから来ているのだけど、それでも魅惑的な香りに腹が鳴りそうだ。けれど、会食の時間と言えども食事に集中する暇はない。

 社交界には幾つものルールが存在する。その中でも重要なものは目下の者が目上の者に話しかけてはならないというものだ。

 今宵の夜会には異国からの来賓も多く参加しているし、子供ばかりの会だから厳密に守る必要は無いのだけど、そうは言っても貴族の子息や令嬢はそうしたルールを叩き込まれた状態で来ている。

 基本的にはオレ達から声を掛けなければならないのだ。しかも、会食の時間は限られているから全員と対話出来るわけでもない。相手を選んで挨拶をしなければいけない。挨拶をされなかった人からしたら実に感じの悪い態度に映りそうだけど、これが社交界というものなのだ。

 どうしてもオレ達と話したい時は紹介する権限を持った者に仲介を頼まなければならない。その為のツテを得られない者には言葉を交わす権利すらないというわけだ。

 ただ、それは通常の社交界での話であり、この場では家格が低くともオレ達に話しかける事を禁じられてはいない。ここで一歩踏み出せるかどうか、それは当人の勇気次第だ。


「こんにちはー!」


 ビックリした。アルと離れた途端、いきなり社交界の不文律を破る勇気の持ち主が現れた。

 しかも、口調が凄くフランクだ。他の子供達がギョッとしている。

 

「わたし、シャシャ! イルイヤ大陸から来たの! よろしくー!」


 異国からの来賓の一人らしい。

 オレは公爵令嬢らしく丁寧に挨拶を返そうとして、やめた。

 

「よろしくお願いします、シャシャ」


 ただ笑顔で返した。

 すると、慌てた様子で金髪の女の子がシャシャの手を掴んだ。


「ちょ、ちょっと、シャシャ! だ、ダメだよ! あ、あの、申し訳ございません! フレデリカ様!」


 彼女はすっかり青褪めている。シャシャの行為が無礼であると感じ、その為に罰が下されるかもしれないと考えたのだろう。

 その上で我関せずを善しとせず、勇気を振り絞ってシャシャを助けに来たわけだ。

 

「何も問題などありませんよ。今宵は親睦を深める為の夜会ですもの」


 そう言いながら、彼女の手を取った。


「お名前をお聞かせ願えますか?」

「は、はひ! わ、わたくしはアメリア・イスルトです!」


 どうやら、彼女はイスルト男爵家の令嬢らしい。男爵家は貴族の爵位として最も低い位置にある。それなのにシャシャの為にオレの前に出られる彼女をオレは凄いと思った。

 類まれな勇気と驚くほどの優しさを併せ持っている。


「アメリア。同じ学び舎で学ぶ者同士、これからよろしくお願い致します」

「は、はひぃぃ!!」


 彼女は泣きそうになっている。そろそろ勇気を絞り尽くしてしまったのかもしれない。

 あまり彼女達とばかり話していても良くない。彼女達に周りからの反感が向かうかもしれないし、オレにも声を掛けておかなければいけない相手が何人かいる。

 

「シャシャも学園では仲良くしてくださいね」

「……もっちろーん!」


 元気がいい。彼女の明るさはきっと学園生活をより良いものにしてくれると思う。

 二人と別れた後、すぐ近くに目的の少女がいた。

 

「イザベル・アイニーレインですね」

「フレデリカ・ヴァレンタイン様。お声掛け頂き、光栄に御座います」


 令嬢というよりも騎士のような子だ。

 彼女はアイニーレイン伯爵家の三女であり、ミレーユの妹だ。


「あなたのお姉さまには大変お世話になっております。どうか仲良くして下さいね」

「ありがたき幸せにございます」


 口調が硬い。軽過ぎるシャシャの後だと落差が凄い。

 

「フレデリカ様!」


 そこに元気いっぱいな声が飛び込んで来た。

 顔を向けると美味しそうな揚げ物が突き出され、オレは自然と揚げ物を食べてしまった。

 美味しい。さすがはアザレア学園のシェフが作る逸品だ。公爵家や王宮の料理とは違った味付けながら滅茶苦茶美味しい。


「お、おい! 無礼だぞ!」


 イザベルがオレに揚げ物をくれた子を怒鳴りつけた。

 

「だって、こんなに美味しいんだもん! お話ばっかりじゃもったいないよ!」


 そう言ったのは赤い髪の女の子だった。


「ごきげんよう、フレデリカ様! わたしはアリーシャ・ヴィンセント! よろしくね!」


 ヴィンセント伯爵家の令嬢はシャシャ並に軽かった。イザベルが圧を増して、ちょっと怖い。


「よろしくお願いします、アリーシャ」

「えへへ、学園で一緒に遊ぼうね!」

「はい!」


 正直、シャシャやアリーシャみたいな態度の方が気が楽だ。

 オレはイザベルに向き合った。


「イザベル」

「は、はい!」

「一緒に学園生活を楽しみましょうね」

「……か、かしこまりました」


 彼女と砕けた口調で話すのは難しそうだ。少し残念だけど、彼女とは仲良くしたい。なにしろ、彼女はいつもお世話になっているミレーユの妹なのだから。


「イ・ザ・ベ・ル!」

「ほあ!?」

 

 いきなりアリーシャがイザベルの頬をむにむにと揉み始めた。


「笑顔だよ、え・が・お! フレデリカ様と仲良くなりたいって、いつも言ってたじゃない。かしこまってばっかりだと仲良しになれないよ?」


 どうやら二人には元々面識があったようだ。


「フレデリカ様」


 アリーシャは言った。


「イザベルはよく勘違いされがちなんです。でも、すっごく優しくて、すっごく可愛い子なんです!」


 イザベルは真っ赤になっている。アリーシャは割りと策士なのかもしれない。彼女の可愛さを見事に引き出してみせた。


「そうですね」

 

 元男として、イザベルの可愛さにはグッと来るものがある。

 出来ればもう少し話していたかったけれど、そろそろ行かないといけない。

 二人と別れた後、オレは複数の貴族の嫡男達に囲まれながら談笑しているアルを見て凄いと思った。

 オレには無理だ。二人か三人までならいけるけど、それ以上となると厳しい。対人能力を磨いてきたつもりだけど、実戦経験が足りていない。

 基本的にはオレから話しかけない限り取り囲まれる事にはならない筈だけど、オレも少し頑張らないといけない。

 数人の貴族の令嬢と言葉を交わすと、いよいよ会食の時間が終わりに近づいてきた。

 オレが最後に話しかけたのは異国からの来賓の一人であるキャロライン・スティルマグナスだった。

 彼女はカルバドル帝国からの留学生だ。そして、剣聖マリア・ミリガンの秘蔵っ子らしい。


「ごきげんよう、レディ・キャロライン。異国より遥々とようこそ我が国へ。歓迎致しますわ」


 ルミリアやシャシャの時とは違い、普通の挨拶が出来た事にちょっと感動している。

 

「へー、驚いた」


 周囲がギョッとした。オレの挨拶に『へー、驚いた』はシャシャやアリーシャどころではない無礼な振る舞いだ。

 別に不快なわけではないけれど、人の目のないところでならばともかく、こういう場でこういう態度を取るのは些か常識知らず過ぎる。

 正直、困った。オレにも立場がある。オレだけの問題で済むなら別に構わないのだけど、公爵家や王家が軽んじられる原因になりかねない事には対処しないといけなくなる。

 

「すっごく可愛い!! びっくり!! へー! へー! あなたがそうなんだ!!」

「あ、あの……」


 顔が近い。オレは後ずさった。


「お、おい、君!」


 近くにいた少年が止めようとしてくれたけど、彼女は彼を睨みつけた。


「邪魔しないでくれる? わたし、この子と話してるの」


 その瞬間、場の空気が凍りついた。

 彼女の無礼な態度にではない。彼女から漏れ出した猛烈な覇気がみんなの体をその場に縫い止めてしまったのだ。

 剣聖の秘蔵っ子。その実力は紛れもなく英雄クラスだと聞いている。そんな者の覇気を受けて平気でいられる子供は早々いない。


「やめなさい、キャロライン」


 この場の空気を彼女に支配させるわけにはいかない。それは王家の威信の為であり、彼女の今後の為でもあり、アガリア王国の未来の為でもある。

 彼女は異国からの留学生だ。万が一にも彼女の態度に我慢ならないと行動してしまう者が現れれば国際問題にもなりかねない。その上、彼女の背後には剣聖がいる。

 マリア・ミリガンは勇者にも匹敵する英雄の中の英雄だ。その力は世界を相手取ったとしても戦えてしまうほどだ。オズワルドやオレの存在を踏まえても、もしも彼女と戦争を行う事になればアガリア王国とカルバドル帝国双方に甚大な被害が出てしまう。

 だからこそ、オレも魔王再演を使った。変身はせず、魔王の権能である魔王覇気を一点集中で彼女に向ける。

 迷いの森の強獣達すら退散させた魔王覇気を受けて、キャロラインもさすがに表情を変えた。彼女は確かに英雄クラスだけど、英雄が魔王に勝てる者ばかりではない。いずれはその領域に到達出来るかもしれないが、十二歳の若さでそこまで到れるものは少ない筈だ。


「ここは社交の場です」


 オレは彼女の手を取りながら魔王覇気を鎮めた。


「向けるべきは敵意ではなく、笑顔です。折角の夜会なのですから、一緒に楽しみましょう」

「……ひゃ、ひゃい」


 しまった。魔王覇気が効き過ぎたのか、すっかり怯えさせてしまった。

 どう声を掛けようか迷っていると鐘を鳴らす音が聞こえた。どうやら会食の時間が終わったようだ。


「キャロライン。ここからはレクリエーションの時間です。いっぱい踊りましょう!」

「ひゃい! お、お姉しゃま……」

「ん?」


 なんか、変な呼ばれ方をした気がした。けれど、段取りがあるから聞き返している暇がない。

 彼女と助けようとしてくれた少年に手を振った。彼の名前も聞いておきたかったけれど、それは次の機会にしよう。

 アルの下へ戻ると丸テーブルが消え、大広間が暗くなっていく。


「……さあ、フレデリカ」


 大広間の中心だけが明るくなっていて、そこに向かってアルが歩いていく。

 振り向くと、彼はオレに向かって手を差し伸べてきた。

 オレもゆっくりと彼の下へ歩いていき、その手を取った。

 そして、それまで流れていた音楽が一旦止まった。

 数秒の間を置いて、流れ出したのは『誓い合う二人』という愛し合う者同士の為の伝統的な曲だった。

 緊張する。なにしろ練習なしのぶっつけ本番だ。だから、オレはアルの目を見つめた。

 そこにはいつも通りの彼がいた。彼はいつでもオレを安心させてくれる。


「いくよ、フレデリカ」

「はい、殿下」


 そして、オレとアルは大広間の中心で踊りだした。

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