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第五十三話『権能』

 およそ一年振りに再会したアルは実に情熱的だった。


「ああ、フリッカ……。本物だ。嬉しいよ。すごく会いたかったんだ」


 力強く抱き締められて、そんな事を言われた。

 嬉しくなる。それはオレの心をそのまま言葉にしたものだった。

 オレも会いたかった。初めて会った日にありのままのオレを受け入れてくれたアル。

 多くの人がありのままのオレを認めてくれたけれど、それはアルが認めてくれたからだ。

 あの時、アルがオレを拒絶していたらみんなに認められる事も無かったと思う。


「アル……」


 いつの間にか死んでいた。

 知っているけれど、知らない世界に生まれ変わった。

 女になっていた。公爵令嬢になっていた。初めて会った人を母と呼び、兄と呼び、父と呼ぶ事になった。

 淑女になる為の教育を受けた。男に媚びる為の仕草を覚えた。男に奉仕する技術を学んだ。

 オレという存在が塗り替えられていく。いつか、オレ自身さえもオレを忘れていくのかと思うと怖かった。

 父はオレに関心を向けず、母には拒絶された。それでも兄貴はオレの事を受け入れてくれた。だから、兄貴の傍ではオレで居られた。

 王妃教育の為に兄貴と離れる日。それがオレの本当の意味での命日になると思っていた。

 だけど、アルはオレを生かしてくれた。


「……あーっと」


 体全体でアルの存在を確かめていると気まずそうな声が聞こえて来た。

 他の人がいる事をすっかり忘れていた。恥ずかしくなって離れようとしたけれど、アルは離してくれなかった。


「申し訳ない。彼女はボクの婚約者なんだ。しばらく会っていなかったから、我慢が出来ない」

「……お、おう」


 チラッと視線を向けるとエリン上空で出会ったアンゼロッテが困っていた。

 気になるのは彼女の隣でモジモジしている女の子だ。

 彼女がエルフラン・ウィオルネ。『エターナル・アヴァロン ~ エルフランの軌跡 / ザラクの冒険 ~』の主人公の一人。

 その顔はオレの幼馴染の一人である甘崎(あまざき)凪咲(なぎさ)とそっくりだった。


「……アル。続きは後で」

「あ、ああ……」


 そっとアルの胸を押して離れると彼はとても哀しそうな顔をした。

 慰めてあげたい。彼の思うままにしてあげたい。

 そんな事を自然と考えてしまう辺り、やっぱりオレは昔のオレと違うものに成りかけているのかもしれない。


「ごめんね」


 アルから視線を外して、オレはエルフランを見た。

 髪色こそ違うけれど、見れば見る程に凪咲とそっくりだ。


「……エルフランと言うのですね」

「う、うん」


 エルフランとザラクの姿はキャラメイキングで好きに弄る事が出来る。

 髪色は魔力によって染められる為にそれだけは変えられないけれど、凪咲はいつも自分そっくりな造形にしていた。

 もしかして、この世界はやはりゲームの中なのかもしれない。しかも、凪咲がプレイしていたゲームのセーブデータの世界。

 それならエルフランの顔の説明もつく。


「……凪咲という名前に心当たりは?」

「おい!」


 アンゼロッテが慌てた。彼女は何か知っているのだろうか? 


「凪咲……。それ、知ってる! でも……、分からない」


 エルフランは頭を抱えてしまった。


「エル! おい、余計な事を言うな!」


 アンゼロッテはエルフランを抱き締めながらオレの事を睨みつけた。

 

「知ってるのに……、分からない?」

「黙ってろ!」

「ウギィ!」


 アンゼロッテだけではなく、ヴァイクも毛を逆立て始めた。


「ま、待って! ヴァイク! アンゼも!」


 エルフランは額を押さえながら叫んだ。


「だ、だが……」

「ウキィ……」

「大丈夫。大丈夫だから……、ね?」


 心配する一人と一匹に微笑みかけると、彼女はオレを見つめた。


「……わたし、あなたを知っている気がする。フレデリカ・ヴァレンタイン。あなたとわたしは会った事があるの?」


 その瞳を見て、オレは一つの確信を得た。不安に思ったり、怖いと思っている時の彼女の表情はやっぱり……、


「エル!」


 アンゼロッテはエルフランをオレから引き離した。


「アンゼ!?」

「貴様、何なんだ!? やはり、シャロンなのか!?」


 彼女の周囲に青白い光が渦巻き始めた。

 明らかに怒っている様子だ。このままだと戦う事になってしまう。だけど、何に対して怒っているのかイマイチよく分からない。

 恐らく、オレの側に推理の為のピースが不足しているのだろう。


「……わたくしはシャロンではありません。その力を受け継いだ者と言いますか……」

「受け継いだ? 馬鹿を言うな! 魔王の力は継承されん!」

「で、ですが……」

「うるさい!!」


 困った。エルフランと話がしたいのだけど、アンゼロッテに警戒されてしまっている。


「……ん? 待って! 魔王の力は継承されないって、どういう意味ですか!?」


 オレにはシャロンの力が宿っている。王はオレがシャロンの生まれ変わりだから力を継承したのだろうと言っていた。

 だけど、それはあり得ない。だって、オレの前世はオレだ。魔王じゃなくて、日本の男子高校生だった。

 つまり、前世関係なく継承した事になるわけだ。


「はぁ? 言葉通りだ!」

「それではわかりません! 教えて下さい!」


 オレが詰め寄ると、アンゼロッテは戸惑いの表情を見せた。


「だ、だからだな? 魔王はそもそも初代魔王を指す言葉だ」


 彼女は言った。


「当時は『厄災の化身』、『世界の敵』、『冥王』など色々呼ばれていたが、二代目魔王の呼称は討伐された後に生まれたものだ。だからこそ、二代目は魔王の権能を持っていなかった」

「え? えっと……、え?」


 知らない情報ばかりだ。困惑しているオレを見兼ねたのか、アンゼロッテは仕方なさそうに説明を続けてくれた。


「シャロンは自ら魔王を名乗った。そして、破壊と虐殺を行った。それによって、大衆は彼女を初代魔王の同類であると認知した。まあ、その当時の人間は初代魔王の真の猛威など知らぬ者がほとんどだったからな。世界を滅ぼしかけた初代と比べれば月と水晶球ほども差があったのだが、それでも彼女を『魔王』として認めた。そして、シャロンは『魔王の権能』という初代の力を大幅に劣化させた能力を手に入れた」

「……シャロンは初代の力を得る為に意図的に事を起こしたという事ですか?」

「おそらくな。だが、詳しい事は分からない。その当時、わたしの方も色々あったからな。後から人伝に聞き知った程度だ」


 そう言って、彼女は小さく息を吐いた。


「シャロンの狙いは分からない。だが、シャロンが初代の力の一部を得た事を知った輩がいた。ジュド、ザイン、ヴァルサーレ。奴らはシャロンを真似て自らも魔王を名乗り、まんまと権能を手に入れた。すると、ザインを討伐する為に動いていたネルゼルファーやヴァルサーレを抑えていたアシュリー、襲撃してきたジュドと戦ったわたしにまで権能が与えられ、七大魔王などという呼称が生まれてしまったわけだ」

「ど、どういう事ですか? 魔王を名乗ったジュドとザイン、ヴァルサーレはわかりますが……」

「……当時はどこもかしこも地獄のような有様だったからな。それに勇者という呼称も生まれていなかった。あれはメナスを指す言葉だからな。魔王と拮抗し得る存在は、その者もまた魔王に違いない。そういう考えが広まっていた」


 どんな書籍にも記されていなかった真実にオレは圧倒されていた。

 知り得る知識の中で七大魔王に対して考察しようとしていた事がバカバカしくなってくる。

 これは当時の事を知っている人間でなければ分かりようのない事だ。


「権能は幾つかのタイプに分かれる」


 アンゼロッテはアルを見た。


「例えば、そこのアルヴィレオは戴冠式を迎えれば『賢王の権能』を得る事になる。これはアガリア王という立場に就く事で継承されるものだ」


 そう言って、今度は見知らぬ少年を見た。影が薄くて全然気づかなかった。

 よく見ると隣にはバレットの姿もある。


「レッドフィールドの末裔はクリムゾンリバー号を受け継いだ事で『海賊王の権能』を得た。クリムゾンリバー号は大海賊レッドフィールドを象徴する船だからな。逆説的にクリムゾンリバー号の船長はレッドフィールドであるという認知が権能を与えている。これは英雄と呼ばれる連中によくある事だ。理由は分かるか?」

「……英雄の権能は立場ではなく、個に与えられるものだからでしょうか?」

「その通りだ」


 オレの答えにアンゼロッテは頷いた。


「だが、個の存在を大衆はいつまでも正確に覚えてなどいない。だからこそ、英雄の権能はクリムゾンリバー号のような英雄を象徴する記号を軸にして移動する」

「魔王の権能はそのどちらとも違うという事ですか?」

「違う」


 アンゼロッテは断言した。


「何故なら、初代魔王を明確に覚えている者など居ないからだ。伝承もほとんど残っていない。それでも魔王という言霊には恐怖が宿っている。大衆の本能に刻まれた恐怖だ。その恐怖が魔王という存在を今尚も肯定している」


 たしかに、初代魔王の事はいくら調べても分からなかった。

 存在した事は確かだけど、名前も出自も分からない。聖剣が見せてくれた光景も初代が引き起こした惨劇の結末ばかりで当人の姿を見る事は無かった。

 オレが便利に使っていた権能は初代の能力の劣化版。それでも破格の能力である事は間違いない。

 

「魔王という言霊に宿る恐怖。その対象となる事が魔王の権能を得る唯一の方法だ。それ故に継承などあり得ないんだよ」


 アンゼロッテの言葉が真実なら、たしかに継承なんてあり得ない。

 例えば、恐怖を愛情と言い換えてみよう。愛した人がいる。その人に子供が出来た。その子供に対して、その人に向けていた愛情をそのまま向ける事など出来ない。

 魔王の子が魔王となりたければ、自ら魔王を名乗り、大衆から恐怖を集めなければならないわけだ。


「……じゃあ、なんで?」


 分からない。

 なんで、オレはシャロンの力を宿しているんだ?

 アンゼロッテの言葉を信じるなら、魔王の権能(シャロンの力)魔王(シャロン)本人でなければ使えない筈だ。

 オレがオレではなく、ゲームのフレデリカ・ヴァレンタインならまだ分かる。

 だけど、オレはオレだ。前世のオレは魔王なんかじゃない。


「なんで……」

「フリッカ!?」

 

 頭の中が乱れ過ぎて立っていられなくなった。

 そんな事はあり得ないのに、シャロンがオレの前世でなければ説明がつかない。

 凪咲とそっくりなエルフランと言い、本当にわけがわからない……。

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