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第四十六話『契約』

 目が覚めたら夕方になっていた。勇者とオズワルドの姿は無い。

 

「……喉、乾いたな」


 水差しが空になっている。呼び鈴を鳴らすと直ぐに部屋をノックする音が響いた。


「失礼致します」


 ミレーユが入って来た。眉間に皺を寄せている。どうやらオズワルドの警告通りになったようだ。

 勇者の救出は禁忌に触れる行為だ。例え大きな問題にならなかったとしてもオレに対する王家の信頼は失われる。

 分かった上で行動した。ならば、そのツケを払わなければいけない。


「フレデリカ様。陛下が御呼びで御座います」

「かしこまりました」


 ミレーユに身支度を整えてもらい、オレは王の執務室へ向かった。

 待ち受けている彼の顔を想像すると震えそうになる。信頼を裏切ったのだから失望されている筈だ。

 覚悟を決めた筈なのに緊張と恐怖で目眩がしてくる。

 

「お嬢様!!」


 ふらふらしているとアイリーンの声が聞こえた。


「……アイリーン?」

「ミレーユ!! 何を勝手な事をしているのですか!? お嬢様をお連れするよう命じられたのはわたくしです!!」


 珍しい。アイリーンが声を荒げている。


「……何を言うかと思えば」


 ミレーユの声も明らかに不機嫌そうだ。


「わたくしはフレデリカ様の専属使用人です。貴女と同じく」

「ですが!」

「……陛下も特別な理由があって貴女に命じたわけではないでしょう。まったく、呆れたものね。この程度の事で声を荒げるなんて」

「ミレーユ!!」


 二人共喧嘩腰になっている。友達同士の口喧嘩とは思えない。声から互いに対する嫌悪感が伝わってくる。

 ずっと傍に居てもらっていた癖に気付かなかった。二人は仲が悪かったのだ。しかも、揃って大分溜め込んでいたようだ。

 理由は分からない。だけど、この状況はとてもまずい。オレの体調はすこぶる悪いのだ。そんな時にオレを無視して口喧嘩を始めた使用人。

 これが公爵領での事なら誤魔化せる。だけど、ここは王宮だ。当然だけど、他にも使用人がいて、彼らに対してオレには口止めする権限がない。

 オレはあくまでも王妃候補でしかなく、使用人達にとってはオレの命令よりも王家に対する報告義務の方が上となる。


「……ふぅ」


 とりあえず体調を整えよう。姿や魔力が変質しない程度の出力で魔王再演を使う。


「っと……?」


 体調が悪かったせいなのか分からない。出力の調整を誤った。

 全身に力が漲る。この感覚は魔王再演ではなく、魔王再臨だ。慌てて腕を見ると、そこには普通の腕があった。背中にも翼は生えていない。

 だけど、安心は出来ない。力がどんどん溢れ出してくる。止められない。


「お、お嬢様!?」

「フレデリカ様!?」

「来るな!!」


 アイリーンとミレーユがオレの異変に気付いたようだ。だけど、近づかれるとまずい。

 力が抑えられない。このままでは傷つけてしまう。


「落ち着け」


 誰かの手がオレの頬に触れた。


「ゆっくり呼吸しろ」


 言われるまま呼吸する。


「研ぎ澄ませ」


 よく分からないけれど、意識を呼吸に集中させる。

 少しずつ収まってきた。


「大丈夫か?」

「……は、はい。ありがとうござい……ヒェ」


 御礼を言いながら顔をあげると、そこには怪しさ満点の仮面男がいた。

 恐怖で声が上ずってしまった。ちょっと恥ずかしい。


「……ふむ」

「えっと……」

「なるほど、やはり今までとは違うようだな……」


 何の事を言っているのかサッパリだ。


「な、何者ですか!?」


 戸惑っているとアイリーンがオレを抱えて後ずさった。ミレーユも仮面の男に対して警戒心を顕にしている。

 そして、気がついた。辺りがエライことになっている。壁には罅が入り、調度品は粉砕した状態で散らばっている。

 

「……オ、オレ、やらかしてる!?」

「オレ!?」


 ミレーユが目を丸くした。オレは慌てて口を押さえた。


「……ネルギウスが待っている。行くぞ」

「ネル……って、王様の事!?」


 ますます分からない。王を呼び捨てに出来る人間なんてプライベートの時の王妃様だけだと思う。

 ミレーユとアイリーンもあり得ないものを見る目を向けている。


「王様を待たせるのはまずいんじゃないか?」


 その言葉にオレ達は慌てて王の執務室を目指した。


 ◆


 アイリーンとミレーユを外で待機させて王の執務室に入ると王の他に親父の姿もあった。

 公の場以外で親父の姿を見るのは久しぶりだ。少し老けたように見える。

 

「急に呼び出してしまってすまなかったな」


 おっと、親父を気にしている暇はない。

 王の様子は普段と変わらないように見えるけど、きっと嵐の前の静けさというやつだろう。

 オレの独断で勇者を救出した経緯についてはオズワルドが報告している筈だ。

 

「陛下。この度は……」

「まずは勇者様救出の件だ。よくぞ勇者様を救い出してくれた。感謝する」


 謝ろうとしたら御礼を言われた。目をパチクリさせていると王は微笑んだ。


「オズワルドとゼノンから詳細を聞いている。オズワルドに随分と脅されたようだが、勇者の救出自体に問題はない。むしろ、お前の判断は的確だったと言える」

「……恐れ入ります、陛下」

「だが、お前自身の命を危険に晒した事は反省しろ。お前の命はお前一人のものではない。自らが次期王妃である事の意味を今一度理解しろ」

「肝に銘じます」


 予想外だ。ここまで穏便に済むとは思っていなかった。

 戸惑っている事を悟られないように気をつけていると仮面の男が前に出た。

 初見のインパクトで乱れていた思考が整うと彼の正体がすぐに分かった。勇者ゼノンだ。王妃以外で王を呼び捨てに出来る者など他にいない。

 それによく聞けば仮面のせいでくぐもっているものの、その声は彼のものだった。


「ゼノン様で御座いますね?」

「違う」

「え?」


 恥ずかしい。確信を持って問い掛けたのに人違いだった。


「今の俺はライだ」


 仮面の男は仮面を取った。そこに現れた顔はやはりゼノンだった。

 

「えっと……」


 同時に幾つもの疑問が湧き出して混乱しそうになり、一度思考をリセットした。

 順番に考えていこう。まず、ゼノンが仮面を隠し、ライという偽名を名乗った理由だ。これは単純に正体を隠す為だろう。おそらく、オレが彼を救出する為に転移させた事実を無かった事にする為だ。

 これ自体は想定の範囲内だ。ゼノンの協力が不可欠だけど、一番穏便に事を進める事が出来る。

 次に考えるべき事はライという名前だ。この名前の登場人物がゲームにも登場していた。しかも、フレデリカ・ヴァレンタインのすぐ傍に。ゲームのライも仮面を身に着けていた。

 ゲームでフレデリカ・ヴァレンタインが初めて登場するのは学園編の冒頭。

 学園ではフレデリカに限らず、高位の貴族の令嬢にはメイドの他に護衛の騎士が側仕えとして控えていて、ライはフレデリカの護衛騎士として仕えていた。

 ミステリアスな雰囲気が魅力的だと女性人気は高かったけれど、肝心の主人公(エルフラン)は初対面から彼に苦手意識を持ち、ほとんど接点を持たなかった。その理由は結局明かされず仕舞いだった。

 もし、ゼノンがゲームのライと同一人物だとすると、勇者が世界を守る責務を放棄してフレデリカ一人の護衛に就いている事になる。この点が混乱しそうになった原因だ。

 だけど、冷静になって考えてみれば分かる事だ。彼は勇者であると同時に人間だ。死にかけて恐怖を感じない人間などいない。勇者の責務から逃げ出したいと思っても責める権利を持つ者などいない。


「……では、ライ様とお呼び致します」


 彼は十分に世界や人類に対して尽くしてきた。ならば、これからは彼が尽くされる番だと思う。

 彼がオレの護衛という役職を隠れ蓑にして勇者の責務から逃げたいというのなら喜んで受け入れよう。


「ライでいい」

「……かしこまりました、ライ」


 彼の瞳を見る。その瞳はアメジストのような紫色だった。たしか、ゲームの主人公の一人であるザラクの瞳も紫だった。


「フレデリカ。俺はすでに死んだ事になっている」


 驚いた。オレが寝ている間にそこまで計画が進んでいるとは思わなかった。よほど勇者の責務がイヤでイヤで仕方がなかったのだろう。


「そうですか……」

「今後はお前の護衛騎士として傍に仕える事になった。よろしく頼む」

「かしこまりました」


 竜王の襲撃から助けてくれた勇者。彼の為に出来る事がある。それはとても嬉しい事だ。


「……フ、フレデリカよ。今ので納得出来たのか……?」


 王は唖然としている。親父もポカンとしている。


「おおよそは……」

「いや、さすがに今の会話ですべてを理解出来たとは思えぬ。大方、知り得る情報の中で考察したのだろうが、それはお前の悪癖だ。以前にも申したと思うが、知り得ぬ情報というものを考慮しろ」


 恥ずかしい。またやってしまった。

 王も言っている事だけど、前にも同じ事で叱られた。

 勝手に王の心を考察して無礼を働いてしまったというのに同じ過ちを繰り返すなんて愚かにも程がある。

 反省したつもりだったけれど、オレは一度思考を走らせるとブレーキが効きにくいのだ。

 飛竜船に乗り込む前もこの悪癖のせいで大変な事になったのに……。


「そう落ち込むな。お前はまだ幼い。年の頃から考えれば優秀過ぎる程の知恵だ。その悪癖も磨き上げれば大いなる叡智と成り得るものだ」

「……勿体なき御言葉で御座います」


 幼いと言われたけれど、それは肉体的な話だ。精神的には大人になっていないといけない年齢だ。

 本当に恥ずかしい。自分の考えが世界の真実だと思い込むなんてうぬぼれも甚だしい。


「さて、切り替えよ。説明するぞ」

「……お願い致します」


 王は語り出した。すると、やはりと言うべきか、オレの考察は実に的外れなものだと分かった。

 ゼノンは死を受け入れた事で勇者の資格を失い、その事を感知したバルサーラ教の聖女ミュティスが勇者の訃報を告知したらしい。

 先代の勇者達は死の瞬間まで勇者で在り続けていた為に起きた勘違いらしい。

 

「今、世界は混乱の渦中にある。そして、その混乱に乗じる動きもある」


 王はオレを見つめた。


「フレデリカよ。何故、この状況下でゼノンの生存を公表しないのか分かるか?」

「……勇者の資格を失っている為ですね? 勇者ではなくなっても、ゼノン様の名は覇名(はめい)です。そして、勇者ではなくなったが故にその名を利用する事が禁忌では無くなった。戦争の火種となる事は火を見るよりも明らかです」

「ああ、悪くない。お前に与えた情報内では満点に近い解答だ」


 王は意地悪だ。


「膨れるな。なにしろ事態は複雑でな。お前の理解を確かめながら話す必要があるのだ」


 そう言うと王はゼノンを見た。


「ゼノンの姓は知っているか?」


 知らない。調べて見た事があるけれど分からなかった。

 だけど、本人の前では言い難い。


「いや、知らなくて当然なのだ。何故なら、ゼノンの姓は公表されていないからな。彼の親の方針だ」

「ゼノン様の御両親の……?」

「ゼノン・ディラ。それが彼の名であり、ディラは母方の姓だ。父方の姓はラグランジアと言う」

「……あっ」


 気づく為のヒントはあった。彼の瞳だ。その色を見た時、ラグランジアの王子(ザラク)の瞳と同じ色だと思ったばかりだ。

 アメジストの如き紫の瞳はラグランジア王家の遺伝という事なのだろう。そして、彼がラグランジアの王族である事を前提に据える事で見えてくるものがある。

 オレは親父を見た。親父が王宮に詰めている理由は南方の国々で不穏な空気が流れている為だと兄貴が言っていた事を思い出した。

 南方の国々と言っても、レストイルカ公国やクラバトール連合国は実質的にアガリア王国の一部と言っても差し支えのない関係性にある。そして、マグノリア共和国には第一王子であるアルを派遣する程度の信頼を置いている。そして、メルセルク王国とは友好関係にある事から不穏なのはラグランジア王国という事になる。

 加えて、先程の王の言葉。ゼノンをゼノン・ラグランジアではなく、ゼノン・ディラと言った。王族なのにラグランジアではなく、母方の姓をである理由を考えてみる。ヒントとなるものはやはり王の言葉の内にあった。

 ゼノンの姓が公表されていない事。それ自体がヒントだ。理由は想像の域を出ないけれど、恐らくゼノンはラグランジア王家によって存在を隠されていたのだろう。少なくとも勇者として知られるようになるまでは。

 そういう事をする者が王の座にあり、不穏な空気を漂わせているとなれば先程の推理と併せる事で一つの真実に至る事が出来る。


「つまり、ラグランジア王がゼノン様の名を利用する事を案じているのですね。だから、正体を隠す事にしたと……」

「その通りだ。上手く繋げたものだな」


 王は満足そうだ。


「ラグランジア王はゼノンの名を利用し、メルセルク王国に対して幾度も不当な要求を突きつけてきた。バルサーラ教会が仲裁に入る事でこれまでは抑えられて来たが、どうやら異大陸の国と繋がっているようでな。下手をすれば世界大戦の切っ掛けとなる可能性もあった。だが、勇者様の訃報によりラグランジア王の計画は破綻し、更にはメルセルク王国に対する不当な要求に対する根拠も失ったわけだ。それにより焦りを覚えたラグランジア王は後がないと考え戦争の準備を開始している。そこにゼノンの生存を報せればどうなるかは考えるまでもなかろう?」

「……そうですね」


 オレはゼノンを見つめた。


「ゼノン様……」

「ライだ」

「……ライ様」

「ライだ。さっきも同じやり取りをしたばかりだぞ」

「……すみません、ライ」


 そう言えば、こういう人だった。

 父親の事を批判するような事を言ってしまったから申し訳なく思ったのだけど、当の本人は気にした様子を見せないし、我慢している風でもない。

 超然としているというか……。


「今後、ゼノン……いや、ライにはお前の護衛騎士となってもらう」


 やはり、ゲームのライは目の前の彼という事なのだろう。けれど、どうにもしっくりこない。

 これまでゲームの展開には過程と意味が存在していた。だけど、今回は別だ。

 勇者の訃報によってラグランジア王の暴走による世界大戦の危機は免れた。だけど、勇者の不在による混乱も無視出来ない筈だ。それに勇者の守護を失った世界は魔獣の危機に晒される。

 如何にラグランジア王が異大陸の国と繋がっていようともゼノンが停戦を呼びかければ済む話だと思う。なにしろ、ラグランジアがメルセルク王国に対して強気でいられたのも、異大陸の国と繋がれたのも彼の存在が在ったからこそなのだから。

 勇者の資格を失った者。それに対する人々の失望や非難を彼が気にするとは思えない。

 オレの護衛騎士にするよりも生存している事を公表した方が世界にとって遥かに良い事に思える。王が国益の為に彼を利用するとは思えないし、彼が利用される事を善しとするとも思えない。

 何か理由がある筈だ。ラグランジア王の暴走を止める為という建前を使ってまでライをオレの護衛騎士に据えなければならない理由が。


「……陛下、理由を御聞きしてもよろしいですか?」


 問い掛ける。おそらく、オレが持っている情報からでは考察し得ない事だと判断した為だ。


「駄目だ」


 けれど、王はすげなく言った。


「……気付いたようだが、事情がある」

「わたくしが識るべきではない事情という事で御座いますか?」

「そういう事だ」

「かしこまりました」


 分からない事を分からないままにする事は精神衛生的に良くない事だ。

 だけど、王はオレなどよりも遥かに賢い人だ。その判断を信じる事こそが最善だろう。

 世界にとっても、ライにとっても、アガリア王国にとっても、オレ自身にとっても。


「ライ」


 オレはライを見つめた。

 そして、スカートの裾を持ち上げながら頭を下げた。


「よろしくお願い致します」

「ああ……」


 ライはオレの前に跪いた。


「フレデリカ・ヴァレンタイン。今より我が身は汝の剣となり、進むべき道を切り拓こう。我が永遠なる忠誠を君に捧げよう」


 少し、戸惑った。彼の言霊には魔力が宿っている。これは正式な契約の言葉だ。以前、アイリーンから永遠の忠誠を受け取った時と同じものだ。

 思わず王を見た。けれど、その表情に焦りの色はない。これがライの独断による蛮行ではないという事だ。


「……いいのですか?」

「二心無く尽くす事を誓う」


 分からない。だけど、これは王とライが決めた事だ。二人が間違った判断を下すとは思えない。

 だから、何か理由がある筈だ。オレが識るべきではない大きな理由が。

 

「……かしこまりました」


 オレは深く息を吸い込んだ。


「ライ」


 彼の言霊に乗って来た魔力を受け入れる。通じ合い、その心に対して応える。


「貴方の誓いを受けます」


 するとライの体を光が包み込んだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 再読した後、この時点でフレデリカは自分が英雄であることに気づいていないようですか?
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