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第三話『王宮』

 親父が帰って来てから一ヶ月が経過した。その間、オレは一度も会っていない。

 けれど、花嫁修業はしっかり始まった。

 朝から晩まで家庭教師(ガヴァネス)による授業を受ける。

 複数の外国語、地理、歴史、美術、その他諸々。

 兄貴やアイリーンが心配してくるけれど、オレは勉強が好きだ。美術には苦戦したけれど、それ以外の科目はバッチリである。

 基礎を終わらせると、今度は専門の家庭教師による淑女としての教育が始まった。

 言葉遣い、仕草、ダンス、音楽、性教育。


「よろしいですか? 男性の陰茎はこのような形をしています」


 必要な事だと理解は出来る。だけど、厳格そうな初老の女性から性教育を受けるのは精神的にキツイ。

 そもそも陰茎の形や機能については彼女よりもずっと詳しい自信がある。なにしろ、前世はオレも持っていた。

 

「このように興奮すると大きくなりますが……」


 性教育を担当する家庭教師のアナスタシアさんは魔法で氷を取り出した。

 凄いと褒めたい所だけど、用途が酷い。

 その氷を大きくなった陰茎に押し当てて小さくした。


「通常時はこのサイズです」

「あ、はい」


 哀れなのは性教育の教材くんだ。なんと、彼女の奴隷である。

 性教育の教材として奴隷商で買われ、貴族の令嬢の性教育の度に辱めを受け続けている。

 見目麗しい美青年なのに哀れで仕方がない。


「ンフ! ンフ!」


 口には猿轡が噛まされている。


「さて、陰茎に触れてみますか? もちろん、手袋をして頂きますが」

「ええ……」


 これは一種の性的虐待ではないだろうかと疑問に思う。オレはともかく、普通の女の子だったらトラウマになりそうだ。


「うわぁ……」


 それから教材くんを使って色々な技術を学んだ。

 実践する機会が来ない事を切実に祈る。あと、教材くんが解放される日も祈っておく。

 

 ◆


「だ、大丈夫でしたか?」


 性教育の授業の後、アイリーンが心配そうに声を掛けてきた。


「なんか、牛の乳搾りって感じだった」

「う、牛ですか……」


 よくあれだけ出せるものだと感心してしまった。


「それより明後日の事だけど」


 いよいよ婚約者であるアルヴィレオとの顔合わせの日がやって来た。

 王宮で一週間を過ごす予定だ。

 いずれは王宮に住み、王妃から直々に次期王妃となる為の教育を受ける事となる。


「は、はい! 宮廷用のドレスが届いています」


 その言葉を聞いて憂鬱になって来た。なにしろ、王宮では一定時間毎にドレスを着替えなければいけない。

 ドレスを着る事自体には慣れているけれど、純粋に面倒くさい。


「アイリーンは一緒に行けないんだよな?」

「……申し訳ありません」


 アルヴィレオとの婚約が正式に決まった瞬間、オレは王家の所有物となる。

 だから、公爵家のメイドではなく、王家のメイドがオレの専属使用人となるわけだ。

 

「まあ、今回は一週間程度だからな。来年まではよろしく頼むよ」

「……はい、お嬢様」


 彼女の自慢の僧帽筋が萎れている。

 四六時中一緒だった相手と別れる事はオレにとっても辛い事だ。


 ◆


 一週間後、オレは親父と共に王宮へ向かう馬車へ乗り込んだ。


「お前の役割を心得ているな?」

「もちろんです」


 久方ぶりの再会の第一声がそれだ。

 王宮までの道のりは長い。その間、この狭い空間で親父と二人っきりなんて息が詰まる。

 オレは本を開いた。教養を身につける事は立派な花嫁修業であり、趣味と実益を兼ねた有意義な時間の使い道だ。


「そう言えば、従魔を欲しがっているそうだな」


 しばらく馬車に揺られていると親父が言った。

 おそらく、兄貴が伝えてくれたのだろう。


「はい」


 教本から顔を上げて答える。


「アルヴィレオ王子も従魔を欲しているそうだ」


 ズッコケそうになる。別に従魔をくれるわけではなく、単に王子と共通の話題がある事を教えてくれただけのようだ。


「まあ、それは楽しみですわ」


 それで会話は終わった。花嫁修業の進捗などは家庭教師から報告を受けているのだろう。その辺りの質問も飛んで来ない。

 オレは読書を続行する事に決めた。


 ◆


 馬車に揺られ始めて三日が経過した。

 ようやく王都アザレアに辿り着いた。腰が痛いし、頭も痛い。

 魔法がある世界だし、空を飛ぶ魔獣も居る。それなのに公爵家の当主と令嬢が揃って馬車移動なのは荷物が多過ぎる為だ。

 ドレスだけで馬車が隊列を組まなければいけない状態な上、他にもオレが王宮入りする為の道具が山を築ける程もある。

 

「ふぅ……」

「疲れたか?」

「え?」


 親父の言葉に思わず素で答えてしまった。


「ああ、申し訳ありません。少し緊張しているようです」


 そう言って微笑むと、親父は「そうか」とだけ言うと背を向けた。

 いよいよ王宮へ向かう。馬車の窓からアザレアの街並みを見た。ヴァレンタイン公爵領も圧巻の光景だったけれど、王都はそれ以上だ。

 まさにファンタジーな街並みでテンションが上がる。武器屋に道具屋なんてものもある。


「……珍しいか?」


 またもや話しかけられた。今日は珍しい日だ。


「はい、とても」


 そう答えると、再び視線を窓の外に向けた。小さな子供達が瞳を輝かせながらオレを見ている。

 そっと手を振ってみると、彼らは大はしゃぎだ。


「……フレデリカ」


 おっと、説教が始まるようだ。オレは窓から親父に視線をシフトさせた。


「はい、お父様」

「お前は私をどう思っている?」

「へ?」


 予想外の言葉が飛んで来た。

 正直、あんまり関心がないというのが本音だ。だから、どう思うも何もない。


「公爵家当主として斯くあるべきと。わたくしもお父様の娘として、公爵家の恥とならぬよう勤めますわ」


 なんとか模範解答を言えたと思う。


「……そうか」


 なんだろう。どこか寂しそうだ。

 だけど、突っ込んで話が長引いても面倒だ。


「はい」


 それだけ言って、街並み見物に戻る。道の先に王宮が見えて来た。とても大きくて、とても立派だ。


 ◆


 王宮に辿り着くと使用人達がズラリと並んでいた。公爵家当主と令嬢の来訪は王宮としてもビッグイベントという事だろう。

 四方八方から圧を感じて、心臓がドギマギしている。


「……大丈夫か?」

「はい」


 親父が声を掛けてきた。問題ないという顔をする。

 正直、吐きそうだ。オレは視線を彼方に向けた。周囲の使用人の壁を意識しないように歩いていく。

 やっと使用人ロードを抜けると、燕尾服を着た若い男が待っていた。


「お待ちしておりました、ヴァレンタイン公爵閣下」

「久しいな、ウィリアム」


 親父はくだけた様子で返事をした。


「フレデリカ。彼はマルチネス侯爵家のウィリアムだ。アルヴィレオ王子の執事を勤めている」


 紹介を受けたウィリアムはオレの前で跪いた。


「ウィリアムと申します。レディ・フレデリカ、どうかお見知りおきを」

「よろしくお願い致しますわ、ウィリアム」


 とりあえず座りたい。


「では、此方へ」


 ウィリアムに案内され、オレと親父は広々とした空間に通された。

 豪華な部屋だ。天井からは幾つもシャンデリアが吊るされている。床には赤絨毯が敷き詰められていて、馬と竜を混ぜたような生き物に跨る騎士の像が置いてある。

 ここは謁見の間だ。ウィリアムと親父の後に続いて奥へ向かう。そこには豪華な椅子に腰掛ける初老の男性と女性がいた。その脇には騎士の装いの人が数名と豪華な服を着た少年が一人。

 おそらく、彼がオレの婚約者だ。


 ◆


 とにかく吐き気を堪えながら親父と王様のやり取りに耳を傾けている。

 こんな所で吐いたら最悪だ。冗談ではなく命に関わる。


「……大丈夫かい?」


 すると、いきなり声を掛けられた。

 まだ、顔を上げていいと言われていないけれど、思わず顔を上げてしまった。

 そこにはアルヴィレオ王子がいた。


「顔色が悪いね。父上、申し訳ありません。彼女を連れて行きます」


 親父と王様が何か言っている。だけど、頭がクラクラして聞き取れない。


「まったく、困ったものだ……」


 小さく呟く声が聞こえた。どうやら、困らせてしまったようだ。

 オレは彼に付き添われて謁見の間を後にした。

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