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第二十話『主人とメイド』

 その日の朝は実に穏やかだった。穏やか過ぎて寝過ごした。


「やっべー!! シェリーに怒られる!?」


 慌てて布団から抜け出してドレッサーの前に座る。

 最近、ドレスの着付け以外の身支度は自分でやるように言われている。

 公爵令嬢たる者、何時如何なる時も完璧でなければならない。万が一の時は自分で自分を仕上げられるようにならなければいけない。


「……お化粧かぁ」


 生まれ変わる前はお化粧なんて無縁の人生だった。

 よく龍平と一緒になって凪咲の身支度が遅いと文句を垂れたものだ。


「遅くなるわけだぜ」


 可愛くなる為には手間と時間が掛かる。

 あり得ない事だけど、もしも凪咲に会えたら謝らないといけないな。


「めんどいぜぇ……」


 だけど、やらないと怒られる。それに、これは必要な事だ。

 髪を丁寧に梳かして、右側頭部で髪を三束ほど掴む。その三束を編み込んでいく。

 次に左側頭部でも同じように編んでいく。左右の編み込んだ髪をそれぞれ三編みで纏めて後頭部に持ってくる。

 これをバレットで止めて完成だ。


「ふっふっふ、凪咲に感謝だぜ!」


 凪咲はオシャレに命を賭けていた。髪型もコロコロ変わっていて、そんな彼女の髪型の一つを真似てみたわけだ。

 これがシェリーに大受けした。

 オレくらいの歳だと、ここまで凝った髪型を作れる子は中々居ないらしい。

 基本的に怒ってるみたいな雰囲気のシェリーに褒められると、なんだか凄く嬉しかった。


「さてさてー」


 髪をセットし終えたら、次はいよいよお化粧だ。

 これがひたすら面倒くさい。折角セットした髪を崩さないようにピンで前髪を持ち上げて化粧下地を塗る。

 最初は子供の内からお化粧なんてしてたら大人になって肌がガサガサにならないか疑問だった。

 その質問をシェリーにすると、どうやら化粧下地に使っているクリームは魔法薬の一種らしい。これを始めに塗ると肌の潤いが保たれる。

 王様と同い年な筈の王妃様が十代で通用しそうな肌をしている理由もココにあるそうだ。

 かなり特別な品らしく、この国では王妃様とオレ、それから第一王女様と第二王女様の四人しか使っていない代物のようだ。


「……効果が凄すぎて逆に不安になって来るんだよなぁ」


 それから本格的にお化粧をしていく。もっとも、オレはすっぴんでも十分に美少女だ。ナルシストと言われても事実だから仕方がない。

 だから、そこまで入念にはやらない。やり過ぎると逆に見栄えが悪くなってしまう。美しい宝石をより美しく煌めかせる為の僅かな工夫程度のもので良い。

 

「うん! オレ、可愛い!」


 男だったオレの感覚で仕上げた美少女だ。

 生憎、淑女の教育中に会う男は性教育の時の哀れな奴隷くんだけだ。

 彼は常に目隠しと耳栓と猿轡を装着されているから感想を聞けない。

 最近は乳搾りにも慣れて来てしまった。性教育の家庭教師(ガヴァネス)であるアナスタシアさんから技術が上達していると褒められた。

 シェリーに褒められた時と比べて、まったく嬉しくなかった。


「奴隷くん……」


 はやく解放される事を祈ってあげたいけれど、彼のような性奴隷は重犯罪を犯した者が成る。

 彼もシャレにならない犯罪をかなりの数犯してしまったそうだ。

 

「……にしても遅いな」


 いつもならとっくに来ている時間なのにシェリーが来ない。

 てっきり、髪をセットしている間にやって来て、彼女にガミガミ叱られながらお化粧をする羽目になると思っていたから肩透かしだ。

 などと思っていた矢先にノックの音がした。


「どうぞー!」


 もしかしたら、シェリーも寝坊したのかも知れない。

 それなら仕方がない。これからも毎日寝坊して欲しいものだ。


「入ります、お嬢様」

「あれ?」


 入って来たのはアイリーンだった。その後ろから兄貴も入ってくる。


「あれ? 兄貴も?」


 兄貴と会うのも久しぶりだ。淑女の教育を男性が識る事は望ましくない事だと言われているらしく、最近は食事の時も顔を合わせなくなっていた。

 だから余計にアイリーンが恋しかったのだ。


「シェリーはどったの?」

「彼女は解雇(クビに)した」

「……え? クビ!? なんで!?」


 いきなりの事にビックリした。


「彼女をこれ以上フリッカに近づけておくわけにはいかなかったからだよ」

「え? もしかして、シェリーってロリコンだったの?」


 実は『エターナル・アヴァロン ~ エルフランの軌跡 / ザラクの冒険 ~』には百合要素とBL要素がある。

 ショタな年上にバブみを感じてオギャる益荒男がいたり、継母に対して恋愛感情を抱いてヤンデレる男爵令嬢がいたり、そういう世界観なのだ。

 だから、シェリーがロリコンなレズである可能性も否定出来ない。


「い、いや、そういうわけでは……。ど、どこでそんな単語を覚えたんだい!?」


 おっと兄貴が取り乱してしまった。どうやら違ったようだし流しておこう。


「んーっと、それならどうして?」

「……それは」


 兄貴は言い淀んだ。どうやら言い難い事らしい。

 ロリコンではないなら、彼女が解雇される理由は何だろう。

 彼女は家庭教師として熱心に取り組んでくれていた。厳しかったし、怖かったけれど、それは必要な事だった。

 兄貴はシェリーをオレに近づけておくわけにはいかなくなったと言った。つまり、彼女の解雇理由にはオレが関係している事になる。

 彼女は何か企んでいたのかもしれない。性的な目的ではないようだから、それ以外の目的があった筈だ。

 少し、彼女のプロフィールを思い出してみよう。

 シェリー・ブロッサム。年齢は42歳。家庭教師としての実績は確かな筈だ。そうでなければ次期王妃の教育係など任せられない。

 そんな彼女が何らかの悪しき目的を持った。その理由を考えてみよう。

 十中八九、オレの立場が関係している筈だ。公爵令嬢ではなく、次期王妃という立場だ。

 彼女の指導を思い出してみよう。表情一つ、仕草一つ、言葉一つに至るまで、すべてを計算して演じるように言われた。

 淑女として男に愛される為のものとばかり考えていたけれど、見方を変えれば男を意のままに操る為のものとも言える。

 

「……シェリーはオレにアルを操らせようとした? もしかして、彼女には革命思想のような物が?」


 オレの言葉に兄貴とアイリーンはギョッとしたような表情を浮かべた。


「当たり?」

「……遠からずと言ったところかな。革命という程のものではなかったけれど……」


 革命は少し突飛過ぎたようだ。だけど、遠からずという事は変えたい何かがあったという事だろう。

 彼女はどこか男という存在に対してトゲを持っていた気がする。そこから推察出来そうだ。


「女性の地位向上辺り?」

「……フリッカはすごいな」


 当たったようだ。


「その通りだよ」

「……そのくらいなら別に」

「お嬢様!」


 アイリーンが声を張った。肉体が変化したせいか、野太かった声が少し高くなっている。

 

「シェリーはお嬢様を利用しようと企んだのです。それは許されない事です」


 彼女は怒っているようだ。兄貴を見ると苦笑していた。

 つまり、彼女は兄貴の前で怒った事があるという事だ。オレがシェリーに利用されていた事に対して。

 よく考えれば分かる事だった。昨日アイリーンが戻って来た直後にシェリーは解雇されたわけだ。タイミングから言って、その一件にはアイリーンが深く絡んでいる筈だ。


「……アイリーン」


 オレはアイリーンを見つめた。

 永遠の忠誠という誓いを立ててくれた彼女に責めるような事は言いたくない。

 だけど、オレと彼女には公爵令嬢と使用人という立場がある。

 

「たった一日でシェリーの思想まで読み取れるとは思えません。今回、貴女が動いたのはシェリーの指導が行き過ぎていると感じての判断だったのでしょう。その過程で彼女の真実を識ったのだとわたくしは推察しております」

「……そ、その通りで御座います」


 アイリーンは青褪めた表情で跪いた。

 オレが怒っている事に気がついたようだ。


「わたくしの事はわたくし自身の意思で判断を下します。わたくしの預かり知らぬ所で勝手な判断は慎みなさい。仮にシェリーがまっとうな思想の持ち主だったなら、不要な密告を行う者として貴女の方がわたくしから遠ざけられていた可能性もあるのですよ?」

「フ、フリッカ! アイリーンは君を思って……」

「これはわたくしとアイリーンの問題です」


 兄貴には悪いけれど、今は口を挟まないで欲しい。


「アイリーン。貴女がわたくしを思って下さる事を大変に嬉しく思っております。そして、その為に行動してくれた事にも感謝しております。ですが……、その結果が貴女との離縁となる事だけは容認出来ません!」


 オレは言った。


「今後はわたくしに一言告げてから行動しなさい。わたくしは貴女の主人なのですから」

「……勝手な行動を取り、誠に申し訳御座いません、お嬢様」


 跪くアイリーンの顔の下の絨毯が濡れている。

 彼女を泣かせてしまった事に胸が痛む。

 だから、お説教はここまでだ。


「アイリーン」


 オレは令嬢モードをオフにした。


「オレ、アイリーンとずっと一緒がいいんだ! だから、頼むぜ?」

「……はい、お嬢様」

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