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第十七話『淑女の教育』

 今日もハードな一日が始まる。布団から出ると早速社交界用のドレスを着せられる。ドレスを着た状態に慣れる事が目的だ。

 パーティでは常に人から見られる事になる。一瞬の気の緩みも許されない。とは言え、常に緊張状態を保っていたら疲れてしまう。だから、所作を崩さない休み方なども学ばなければいけないのだ。

 寝室から食堂に向かう道中も歩行の所作を家庭教師(ガヴァネス)のシェリーに監視される。笑顔を絶やしても叱られる。

 食堂へ辿り着くと少量の食べ物が数多く運ばれて来る。味覚の教育と共にマナーや食べ方の教育も行われる。


「良いですか? 食べる時も無表情ではいけません。さりとて大袈裟な表情もいけません。材料や調理法を見抜き、それに見合った感想を表情で語るのです」


 一つ食べては表情を作り、他の令嬢や令息に話しかける事を想定した話の内容を考えて口にする。

 公爵令嬢はむしろ話し掛けられる場合の方が多くなるとシェリーは言う。けれど、常に受け身ではいけないとも言った。

 食事を終えると庭園に向かう。そこには様々な種類のバラと季節の花が植えられている。そのバラがどんな品種なのか、その花がどんな名前でどのような時期に咲くのかなどなど、知識を深めながら食後の運動として散歩を行う。

 この時も歩行の所作を見られているし、花の見方も監視されている。


「良いですか? 女性と花は切り離す事の出来ない要素です。花を愛でる少女はそれだけで絵になりますが、その完成度を高める為には愛で方を学ばなければなりません」


 要するに花を使った可愛いアピールの仕方を学ぶわけだ。いろいろな可愛い仕草を教えられた。


「ただし、あまりやり過ぎても男性が忌避してしまいます。ここぞというタイミングでアピールするのです」


 ぶりっ子アピールが酷過ぎてもいけない。


「清楚であるべき場面と大胆であるべき場面、そして、あざとくあるべき場面を見極めるのです」


 たっぷり時間を掛けて庭園を歩き回った後は音楽の時間だ。

 優れた令嬢は(よろず)に通じていなければならない。あらゆる楽器を使いこなせてこそ一流。そして、その内の一つを極めてこそ超一流。

 今はバイオリンを習っているけれど、来月は別の楽器を学ぶ事になる。その次の月にはまた別の楽器だ。一月の猶予の間に学んでいる楽器を使いこなさなければいけない。

 そして、自分に合っている楽器を見抜いて極めなければいけない。

 この授業はシェリーの他に専属の家庭教師がついている。クロムウェル・マスカルの指導はとても厳しい。


「お嬢様! ただ弾けばいいというものでは御座いませんぞ! 音色を奏でるのです! 今のお嬢様は音を鳴らしているだけです!」


 超天才であるオレは楽譜をすぐに記憶出来るし、その通りに弾く事は簡単だった。だけど、そこから先が難題だ。

 楽譜通りに弾いているのに音がどうしてもあべこべだ。


「楽譜の音符だけではなく、その楽曲に含まれた意図を読み解くのです! この楽曲は愛を描くもの。愛には種類があります。情熱的な愛、お淑やかな愛、秘めたる愛! この楽曲は情熱的な愛を語るものなのです! さあ、情熱的にお成りなさい!」


 恋愛経験ゼロなオレには難しい話だ。とにかくピッチを上げてみよう。


「なっておりませんぞ! 全然ダメです! 愛を全く理解しておりません!」


 コテンパンにされて泣きそうだ。

 音楽の授業が終わると昼食前にドレスを着替える。いろいろな種類のドレスを着る事も教育の一貫なのだ。

 昼食でも同時進行で様々な教育が行われる。休む暇など一秒もない。それでも休まなければいけないから隙を見せない巧みなサボり方を考案しなければいけない。こればかりは教えてもらえない。なにしろ、休み方は人それぞれだからだ。

 昼からは教養の時間が始まる。オレにとっての最大の休憩時間だ。別にオレがおかしいわけではない。既に基礎を学び終えているから自由に知識を深めていい時間となっている。

 シェリーも息抜きは必要だと考えてくれているようで、この時間だけは何も口を挟まない。時間が来るまで一人にしてくれる。


「さてさてー」


 早速世界地図を広げた。もっとも、詳細な情報は何も書いていない。大陸や島々の形だけが書いてあるものだ。

 国境や国々の名前などが掲載されている地図もあるけれど、今回は勉強の為に白地図を使う。

 

「ふんふ~ん」


 地理関係の本を読み解きながら地図に文字を記入していく。

 まずは大陸の名前だ。この世界には四つの大陸が存在している。

 北のポティファル大陸、南のイルイヤ大陸、西のパシュフル大陸、そして、東のバルサーラ大陸。

 オレ達が住んでいるアガリア王国はバルサーラ大陸にある。


「えっと、アガリア王国はここからここまで……」


 バルサーラ大陸には国が六つある。

 北半分を占めているのがアガリア王国で、すぐ南にはクラバトール連合国がある。連合国の西にはレストイルカ公国があり、南にはマグノリア共和国、東にはメルセルクという小国がある。

 そして、メルセルクよりも更に南東へ向かった先にあるのが『ザラクの冒険』のシナリオの主人公であるザラクの出身国であるラグランジア王国だ。

 

「んで……、ここが迷いの森っと」


 マグノリア共和国のすぐ近くに広がる樹海。

 それが『エルフランの軌跡』のシナリオのスタート地点であり、獣王ヴァイクの支配領域だ。

 

「そして……」


 メルセルクの北には妖精の隠れ里がある。ここはザラクの剣の師となる大剣豪が住んでいる場所でもある。

 この情報は隠匿されている。侯爵以上の権力が無ければ識る事自体を禁じられている。だけど、オレは公爵令嬢であり、未来の王妃だ。知っても何も問題ない。

 まあ、情報源はゲームの知識だけどね。


「バルサーラ大陸はこのくらいかな」


 次は北のポティファル大陸だ。この大陸はポティファル教国という国が一つあるだけだ。

 竜王や獣王と並ぶ炎の王、炎王レリュシオンの支配領域であり、レリュシオンを神として祀る宗教国家だ。現在は鎖国状態にある。

 ゲームではザラクのシナリオの終盤で立ち寄る事になる。

 

「ポティファル大陸の次はイルイヤ大陸っと」


 イルイヤ大陸もポティファル大陸と同じくらい書き込む事が少ない。なにしろ、この大陸には国という概念がない。村が点在しているのみだ。

 それと言うのもイルイヤ大陸には竜王メルカトナザレの支配領域である竜王山脈がある上、妖王ルミナスの支配領域である神護(リエン)の森まであるのだ。

 竜王と妖王はどちらも強大な存在であり、不敬を働けば簡単に滅ぼされてしまう。実際、昔は存在していた国々が王達の怒りに触れて滅ぼされた過去がある。

 だから、イルイヤ大陸の人々は国を作らない。王の不敬とならぬように慎ましく生きている。


「最後はパシュフル大陸だな」


 パシュフル大陸は四大陸の中で最大の面積を誇る巨大大陸だ。

 まずは北東の超大国であるカルバドル帝国。ザラクのヒロインの一人でもある剣聖マリア・ミリガンが居る国だ。

 そして、その南西には軍事国家であるイグノス武国がある。たしか、イグノスの北西には溶岩洞窟というダンジョンがあった筈だ。それも書き込んでおこう。

 カルバドル帝国の西側にはルテシアン連邦国が広がっている。帝国と武国の脅威から身を守る為に国々が手を取り合って生まれた連邦国家らしい。

 ルテシアンの北西には霊王レムハザードの支配領域である死霊楽園があり、南西には風王バイフーの支配領域である風の谷がある。

 もしもルテシアンに手を出せば連邦全体が戦闘態勢に入る。そして、大陸全土を巻き込んだ戦乱は霊王と風王の怒りを呼び込む事になる。だから、帝国と武国は連邦国に手を出せない。霊王と風王が抑止力として機能しているのだ。

 そして、西の端にはブリュートナギレスというドワーフの国がある。ブリュートナギレスは宝王ガンザルディの支配領域でもある。


「そう言えば獣王、竜王、妖王、炎王、霊王、風王、宝王で七体なんだな」


 七英雄だとか、七大魔王だとか、この世界は七という数字が好きらしい。


「あとはイグノスの東の監獄島と……、ラグランジアの東のアヴァロンっと」


 イグノスの東の孤島は島その物が監獄になっている。

 入ったら二度と出られないと言われている。ザラクは一度入れられて脱出するけどね。

 実は監獄島も七大魔王縁の地なのだ。ジュドは七大魔王の中で最も残忍で冷酷な魔王だった。その彼が人間を集めて様々な実験を行った場所。それが監獄島なのだ。

 ザラクは監獄島で屍叉(ジュド)の名を冠した魔鎌(まれん)を手に入れる事になる。

 屍叉の鎌は範囲攻撃に特化していて雑魚刈りに持って来いの武器だった。しかも、一定確率で即死効果を発揮するから経験値稼ぎが実に捗った。

 そして、ラグランジアの東の孤島はアヴァロンと呼ばれている。

 アヴァロンと言えば、『エターナル・アヴァロン ~ エルフランの軌跡 / ザラクの冒険 ~』のタイトルの中にも名前がある。たしか、アーサー王伝説にも登場した島だ。

 実の所、この島はシナリオ上で立ち寄る意味が一切ない。一応、ザラクのシナリオの途中で寄れる事は寄れるのだが、アイテムも無ければイベントもない。


「このくらいかなー」


 世界地図を見る。まだまだ未完成だけど、これから更に追記していくつもりだ。

 別に遊んでいるわけではない。自由にさせてもらっているけれど、これも公爵令嬢として必要な教養を得る為に用意された時間だ。だから、まずは世界を識る事から始めたわけだ。

 他国の事が話題に出た時、ついていけないようでは王妃となる者としても、公爵令嬢としても失格だ。

 そして、各国の情勢や政治形態を学ぶ上の基礎として地理を頭に叩き込む必要がある。

 国同士の関係性はもちろん、その国の名産や文化を識る上で地形や地質、位置情報は重要なデータだ。


「……っと、この後は美術か」


 美術は音楽の次に苦手な科目だ。ちょっとだけ気が重い。


「がんばれ、オレ! 兄貴やアルの為にも立派な公爵令嬢になるんだ! オー!」


 気合を入れ直す。アイリーンが居たら、こういう時に励ましの言葉をくれるのだけど……。


「はやく帰って来ないかなー……」


 寂しい。


挿絵(By みてみん)

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