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第十六話『オズワルド』

 竜王襲来事件から一週間が経過した。その間、兄貴はずっと忙しそうだった。どうやら、今回の事件は国どころか世界を揺るがす規模の大事件だったらしい。

 それにしては当事者であるオレに誰も事情を聞きに来ない。喉元過ぎれば何とやら。あのスペクタクルでスリリングな体験を誰かに話したい。


「……アイリーンも居ないしなー」


 アイリーンも一時的に自領へ戻る事になってしまい、オレは非常に寂しい思いをしている。

 来年から始まる王妃教育に彼女は連れていけない。だから、残された時間を大切にしたかった。

 それなのに出鼻を挫かれた気分だ。


「明日から忙しくなるな……」


 本当なら公爵領に戻って直ぐに社交界デビューの為の教育が始まる筈だった。

 王妃教育の前準備として基礎を完璧にしておかなければいけない為、かなりハードなスケジュールが組まれていた。だけど、事件が起きたから心を癒やす時間が貰えた。これについては竜王グッジョブである。

 けれど、それも今日までだ。明日からはいよいよ教育が始まる。


「……それにしても」


 オレは右手を見た。竜王襲来の際に変化した異形の手を思い出す。

 

「シャロンかぁ……」


 およそ三百年程前の事だ。七人の魔族の王が世界を切り分けた。そして、アガリア王国が存在するバルサーラ大陸を支配した王こそがエルダー・ヴァンパイアのシャロンだった。

 ゲームでは『ザラクの冒険』のシナリオでシャロンを含めた七大魔王の名前が登場する。ザラクは彼らの名を冠した七つの武器を操り戦うのだ。

 シャロンの武器は籠手(こて)だった。格闘戦用の武器として使う事になる。名前は『竜姫(シャロン)の籠手』となっていた。

 その籠手はザラクが追放される事になっているラグランジア王国にある。元々、ラグランジアは二代目魔王のロズガルドが生まれた地であり、討伐された地でもある。その地をシャロンは根城にしていたらしい。

 最も重要な点は竜姫の籠手がザラクの初期装備である事だ。そもそも、これを装備してしまったからザラクは国を追われる事になってしまうわけだ。

 何故、ザラクは七大魔王の武器を装備できるのか? その答えはシンプルだった。ザラクは七大魔王達が信奉していたロズガルドの子孫だったのだ。

 シャロン達はザラクにロズガルドの影を見て力を貸していたに過ぎない。その事にザラクが苦悩するシーンがある。


「……てっきり、夢の中で話し掛けてくるとか、そういう展開を予想してたんだけどなぁ」


 エルフランのシナリオでは『英雄再演』のスキルを獲得した後、何度かそういうシーンがあった。

 こういう強大な存在を身に宿す系の漫画やゲームにありがちな展開の一つだ。

 だから、毎晩寝る前はドキドキワクワクしていた。それなのにガッカリである。


「クカカカカカカッ!! 面白い考えですねぇ!!」

「ほあ!?」


 突然だった。何の前振りも無かった。音一つ立てずにその男は現れた。

 格好はまさしく魔術師。黒を基調として、様々な宝石が飾られたローブを着ている。

 モノクルのような魔法具を掛け、狂気的な笑い方をする不審者。

 オレは彼を知っている。ゲームのキャラクターの人気投票でいつも上位に位置していた狂気のマッドウィザード。アガリア王ネルギウスの弟であり、王宮専属魔法使い。

 その名は――――、


「オズワルド様!? 何故、貴方様がここに!?」

「おやおやおやおや!! わたくしの事を御存知で御座いましたか、レディ・フレデリカ!! 何故!? そう御聞きしましたね!? 御答えいたしましょう!! 興味が湧いたからです!!」


 興味本位。そんなもので王宮を離れてしまう。それがオズワルド。


「魔王シャロンの力を身に宿した『魔王の器』!! 興味深い!! 実に興味深い!!」


 顔が近い。目と鼻の先まで顔を近づかれてビックリした。


「ふむ! ふむふむふむ!!」


 オズワルドのモノクル型の魔法具が青白い光を吹き出しながら回転を始めた。

 たしか、これは解析の魔法具だ。エルフランも彼のモノクルによる解析を受けた。そして、『英雄再演』のスキルを自覚する事になる。


「なるほど……、なるほどなるほど……、なる……、ほど?」

「オ、オズワルド様……?」


 オズワルドは目を大きく見開いている。


「貴女、面白い事になっていますね! いや、これは……おや、おやおやおや! なるほど! この署名は間違いない!」

「しょ、署名……?」


 オレが困惑しているとオズワルドは言った。


「……迷いますねぇ」

「ま、迷うですか……?」

「ええ、言うべきか……、言わないべきか……。恐らくは必要な事なのでしょう。ええ、わたくしはわたくしを信じる事とします!」

「あ、あの、オズワルド様……? その……、御説明を……」

「説明しません! それと、貴女には『魔王再演』というスキルが備わっております」


 どうしよう。魔王再演よりオズワルドが説明しないと言った何かが気になる。


「名の通り、魔王を演じるスキルとでも言いましょうかねぇ。使い方には気をつけた方がいいですよぉ!」

「は、はい……」


 ノリが驚くほどに軽い。魔王の力なんて、王宮に仕える魔法使いとしては警戒するべきものだと思うのだけど……。


「あ、あの」

「どうしましたぁ!?」


 またもや顔が近い。


「わ、わたくしが魔王の力を宿している事は罪になるのでしょうか?」


 折角の機会だから聞いてみた。罪になると言われても困るけれど、魔王の力は人類にとって脅威となり得る。王宮が既に認知している以上、これから何らかのアクションがある筈だ。

 

「それは貴女次第ですねぇ。魔王の器となった者など前代未聞です。しかし、勇者は貴女を守った。その事実は貴女が思っている以上に大きいのですよ」

「……では、わたくしは今のままでいいのですか?」

「構いませんとも!! 魔王再演を使うかどうかも貴女次第です!! ただし、これだけは覚えておいた方がいいでしょうねぇ」


 オズワルドは先程までの狂気的な笑みを消して言った。


「貴女を守っているのは勇者が持つ信頼です。その信頼に泥を塗る事があれば、その時こそ世界が貴女の敵となる事でしょう」

「世界が……」

「魔王の力を飼いならしなさい。その為に助言を与えましょう。魔王の力を使いなさい。恐れてはいけません。覚悟を持って、勇気を示すのです」


 オレは驚いていた。使うなと言われるのなら分かる。だけど、彼は使えと言った。

 世界を敵に回すかもしれない力を。


「最も恐るべきものは未知です。故に識るのです。未知を既知と変えた時、そこに歩むべき道が拓かれる。その為の覚悟であり、その為の勇気です」


 そう言うと彼は再び狂気的な笑みを浮かべた。


「クカカカカカッ!! それではそろそろお暇致します!! おさらば!!」


 消えた。魔法的な演出も無く、唐突に姿が消えた。

 きっと魔法なのだろう。


「……なんか、疲れたな」


 まるで嵐のような人だった。でも、正直好きだ。


「覚悟を持って、勇気を示す」


 オレは右手を握りしめた。

 

「お嬢様」


 ノックの音が聞こえた。どうやら湯浴みの時間らしい。


「どうぞー」


 ◆


 オズワルド襲来事件の翌日、予定通りに社交界デビューの為の教育が始まった。

 目の前には様々な種類の紅茶が並んでいる。どれがどの銘柄の紅茶か覚える勉強だ。

 

「良いですか? 社交界とは如何に自分が優れているかアピールする為の場です」


 家庭教師(ガヴァネス)のシェリー・ブロッサムは言った。


「お嬢様は公爵令嬢であり、アルヴィレオ皇太子の伴侶となられる尊き御方。それ故に相応しい所作と教養を要求されます。お嬢様が侮られれば、アルヴィレオ皇太子も侮られる事になるのです! それは王家の権威を損なう事となり、引いては国力の低下を引き起こす可能性もあるのです!」

 

 恐ろしい事だけど、彼女が言っている事は大袈裟でも何でもない。王国にとって王権は要石だ。その力が失墜すれば国が混乱してしまう。

 実際、王妃が無能である事を理由にクーデターや革命が起きた国があるそうだ。

 少なくとも婚約破棄されるまではアルの婚約者なのだから妥協など許される筈がない。

 オレは紅茶を一口飲んだ。


「……紅茶だ」


 先は長そうだ……。

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