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第十一話『失態』

 馬車に揺られながら王都を後にする。

 オレ達が乗る飛竜船を牽引する飛竜(ワイバーン)は人間に従属しているけれど基本的には魔物だ。

 何かの拍子に暴れ出したら周囲に危険が及ぶ。その為、飛竜船は人里から離れた草原で待機している。

 窓から外を見ると護衛の騎士達の姿が見えた。


「そう言えば、バレットと会ったよ!」


 ここにはアイリーンしか居ない。加えて、貴族の馬車は内部での会話を聞かれないように遮音結界が張られている。だから、遠慮なくお嬢様モードを解除出来る。


「はい、聞いております。アルヴィレオ殿下とお嬢様を御守りする栄誉を得られたと喜んでおりました」

「オレ、ビックリしちゃったよ。同い年とは思えないくらいシッカリしてるし、頼りになるし! 漠然と考えてた騎士のイメージよりも騎士だったよ」

「……勿体無き御言葉に御座います。身内の贔屓目もありますが、あの子は優秀です。必ずやお嬢様の御役に立つかと」

「アイリーンと言い、バレットと言い、ベルブリック家のみんなには本当に御世話になりっぱなしだな……。この恩は絶対忘れないよ、アイリーン」

「お嬢様……」


 アイリーンと話している内に馬車が停止した。どうやら飛竜船の下に辿り着いたようだ。

 馬車を降りると目の前に飛竜の姿があった。ワイバーンというより、完全にプテラノドンだった。

 

「これが飛竜……」


 よく見ようと思って近づこうとするとアイリーンに止められた。


「申し訳御座いません、お嬢様。この飛竜は騎士団の従魔ですが、見慣れぬ者に対しては魔物としての性を取り戻す事があります。準備が整うまでは此方で御待ち下さいませ」


 彼女の顔は少し強張っていた。そして、気がついた。飛竜の眼がオレの方を向いている事に。

 オレは大人しくアイリーンと共に離れる事にした。これから彼が牽引する船に乗るわけだけど、少し心配になって来た。


「フレデリカ様」


 アイリーンが持ってくれている日傘の下でボーッとしていると声を掛けられた。

 ヴォルス・ベルブリック騎士団長だ。そして、その隣にはバレットがいた。


「あら! バレットではありませんか!」


 目を丸くするオレの前で彼は跪いた。


「フレデリカ様。公爵領までの道中、身辺警護の為に飛竜船への同乗を御許し願いたく存じ上げます」

「もちろん、構いませんわ」


 バレットが同乗する予定とは聞いていなかったけれど、釣りの時と調練見学の時以外に話す機会が無くて別れの言葉も告げられなかったから有り難い。

 そう思っていると背後から圧力を感じた。


「お待ち下さい。そのような話は聞いておりません。身辺警護についてはわたくしに一任されております。部外者の同乗など許すわけには参りません」

「ア、アイリーン!?」


 ビックリして振り向いたら更にビックリした。

 アイリーンの顔には怒気を通り越した殺気が込められている。

 とても親兄弟に向けるものとは思えない。


「落ち着きなさい、アイリーン。先に此方を見せるべきであったな」


 そう言うと、ヴォルス騎士団長は一枚の公文書を取り出した。

 それを受け取ると、アイリーンは目を細めながら読み進めていく。


「……バレットの研修の為ですか?」

「どういう意味?」


 アイリーンの言葉に首を傾げると、彼女は言った。


「どうやら、バレットに飛竜船の警護研修を受けさせたいようなのですが……」


 歯切れが悪い。そして、顔が怖い。

 物凄く不満らしい。


「父上。バレット。お嬢様はヴァレンタイン公爵家の御令嬢であり、アルヴィレオ皇太子の伴侶となる尊き御方で御座います。その警護で研修……? 巫山戯るのも大概にして頂きたい!!!!」


 未だ嘗て、ここまでアイリーンが激怒している所を見た事がない。

 自分に向けられたものではないと分かっているのにチビリそうになった。


「お、落ち着いて、アイリーン! わたくしは大丈夫です! それに、相手は貴女の御父上と御兄弟なのですから……」

「……申し訳御座いません、お嬢様。例え、父と弟であろうとお嬢様を軽んじるような輩を許すわけには参りません」


 アイリーンの周囲に雷霆が迸る。これはスキルだ。

 この世界には魔法とは別にスキルの概念がある。練り上げられた闘気が体外まで漏れ出している。

 

「ま、待って! お願いだから、アイリーン!」


 オレは慌ててアイリーンに抱きついた。すると、瞬時に雷霆が引っ込んだ。

 アイリーンがオレを傷つける事は絶対にない。例え、それが溢れ出した闘気であろうとも。


「……お嬢様」


 納得はいっていないようだけど、なんとか鉾を納めてくれた。


「少し説明が足りなかったな……」


 ヴォルス騎士団長は青褪めた表情で言った。娘のマジギレにマジでビビったようだ。


「研修というのは名目なのだ。そうしなければバレットを連れて行けないからな」

「名目……?」


 いけない。アイリーンがまた鬼神化してしまう。


「スト―ップ、アイリーン! 最後まで聞こう!」


 抱きしめているからこそダイレクトに彼女の筋肉の律動を感じる。

 どんどん早まっている。


「……お嬢様」


 アイリーンの筋肉が鎮まっていく。

 

「アイリーン。フレデリカ様は飛竜船に初めて乗るのだ。お前だけでも十分だとは思うが、多少は気心が知れたバレットが同乗した方が安心出来るだろう」

「……だとしても、飛竜船に乗り込む寸前に言い出したのは何故ですか?」


 アイリーンの眼光がヴォルス騎士団長を貫く。

 このままだと危険な香りがする。一度、きちんと状況を理解した方が良さそうだ。

 オレはアイリーンの筋肉の律動音を聞きながら思考を巡らせた。

 まず、ヴォルス騎士団長とバレットの言い分だ。オレが飛竜船に初乗船するに辺り、不安を解消する為の措置らしい。その為に飛竜船警護の研修という名目を用意したようだ。

 対して、アイリーンは怒っている。バレットの研修にオレを利用した形だから、それが気に入らないようだ。だけど、それについては不安の解消という本当の理由を説明されている。

 彼女が尚も怒っている理由をよく考えてみよう。考えるべきは今までの会話の中に存在する違和感だ。それは直ぐに分かった。アイリーンも指摘している。

 ヴォルス騎士団長とバレットは飛竜船に乗り込む直前になって急にこの話を切り出した。それが違和感の正体だ。名目である研修にしても、本音である不安の解消にしても、アイリーンには説明しておくべきだった。

 何故、彼女に説明しないまま土壇場になって話を切り出したのか、それが論点となっている。

 

「……あっ、そっか! アルでしょ?」

「うっ……」


 それまで跪いたまま凍りついたように動かなかったバレットが明らかに動揺した。


「……アルヴィレオ殿下ですか?」


 アイリーンは困惑している。だけど、ヴォルス騎士団長の目はすいすい泳ぎ出した。


「ふっふっふ、謎は解けたぜ!!」

「お、お嬢様?」


 これだ。難題を解き明かす事が出来た時の爽快感。

 これが好きだから、オレは勉強が好きなのだ。龍平や凪咲には変態扱いされたけど、この清々しさが堪らない。

 ついついテンションが上がってしまう。


「アイリーン。二人はアルに頼まれたんだよ! アイツ、結構心配性だからさ! それに、オレってば行きの馬車移動でフラフラになって王様達の前で倒れちまってよ!」

「お、お、お、お嬢様! く、口調! 口調が! というか、倒れた!?」

「いいから聞けって! そんな経緯があったから、帰りの飛竜船の事も心配になったんだと思うんだ。そ・こ・で! バレットに白羽の矢を立てたわけよ! バレットなら信頼出来るし、自分の代わりにオレを送らせようって考えたわけ! こんな土壇場に切り出さなきゃいけなくなった理由を考えてみるに、言われたのはオレ達の出発前後だな。バレットはともかく、騎士団長を咄嗟に動かせる人間なんて王族くらいだし、間違いないぜ! でもって、いきなり無茶振りされた二人は慌てて名目を考えたんだ! 多分だけど、アルが恥ずかしがって『自分が言い出した事は言うな!』とか言ったんだと思うんだよ! どうだ? バレット! あってるっしょ?」


 バレットを見ると唖然としていた。

 ヴォルス騎士団長も口をあんぐりと開けている。

 見れば、周りの騎士達も目を見開いている。


「……やっべ」


 テンション上がりすぎてお嬢様モードが解けていた。

 草原に沈黙が満ちる。


「フ、フレデリカ様……、今のは」


 愕然とした表情を浮かべるヴォルス騎士団長にオレは何と返せばいいか分からなかった。

 冷や汗がダラダラ流れている。


「……落ち着け、親父殿」


 そう言って、バレットは立ち上がった。


「フレデリカ様。皆の無礼をどうか御許し願いたく」


 そう言って、彼は頭を下げた。


「い、いえいえ、あの……、今のは何と言いますか……、その……」


 言い訳が思いつかない。


「先程の口調がフレデリカ様の本来の在り方なのですね」


 どうしよう。ここには王国騎士団の精鋭が集っている。

 社交界デビュー前にとんでもない事をやらかしてしまった。

 真っ白になっているとバレットが言った。


「アルヴィレオ殿下にも御見せになられたのではありませんか?」


 周囲がざわついた。それはそうだ。素のオレは到底お嬢様らしくない。だって、一人称がそもそもオレだ。


「そして、素の貴女様をアルヴィレオ殿下は御見初めになられた」


 そう言うと、彼はヴォルス騎士団長の方を向いた。


「騎士団長」


 その鋭い眼光を受けてヴォルス騎士団長もハッとした表情を浮かべた。


「騎士として、騎士団長として、貴方が今為すべき事は何か? この若輩者に御教授願えますか?」

「……ああ」


 ヴォルス騎士団長はオレの前に跪いた。


「フレデリカ様。御無礼を働き、誠に申し訳御座いません」

「あの、いえ、わたくしこそ変に舞い上がってしまいまして……、その……」


 オレが縮こまると、ヴォルス騎士団長は更に頭を深く下げた。


「我々は騎士にあるまじき非礼を……、誠に申し訳御座いません」


 彼と共に他の騎士達まで頭を下げて来た。

 なんだか、すごく居た堪れない。


「……あの、出来ましたらその……、この事は他の方には」

「心得ております。決して他言は致しません」


 オレは思わずアイリーンを見た。すると、そこには虫を見るような視線を父親に向けているアイリーンの姿があった。


「……では、血の誓約書を」


 アイリーンが言った。


「そ、それって、破ったら死ぬヤツじゃ……」


 一応、知識としてはある。

 血の誓約書は契約魔法の一種だ。紙ではなく、自身の血を誓約書とする魔法であり、破れば血が毒へ転じる恐怖の魔法だ。


「ま、待って! オ、オレ……じゃなくて! わたくしが悪いのですから! そもそも、わたくしが淑女にあるまじき言動をしたからであって……」

「それは違います」


 アイリーンは言った。


「お嬢様に非は一切御座いません。アルヴィレオ皇太子の御命令とはいえ、お嬢様を軽んじる態度を取った事は事実。あまつさえ、お嬢様に対してあのような非礼を働くなど言語道断で御座います」

「あ、あの、ですが……、あの……、本当にわたくしが悪いのです」


 もう状況が酷くなり過ぎて涙が出て来た。

 

「わたくしが淑女と成り切れぬから……。ちゃんと、過去の自分と決別しないから……」


 自分だけならいい。だけど、こんな風に他人を巻き込んでしまう事は許されない。

 公爵令嬢であり、皇太子の婚約者という立場にある以上、こうなる可能性は考えるべきだった。

 こんな状況になるまで、その事に気づいていなかった。

 オレはオレ自身に甘過ぎた……。


「お待ち下さい!」


 バレットが焦ったように口を開いた。


「フレデリカ様! 度重なる御無礼を誠に申し訳御座いません! しかし、アルヴィレオ殿下が愛したありのままの貴女様を失うわけには参りません!」

「で、でも……、でも……」

「お、お嬢様……」


 泣きじゃくっているとアイリーンが抱きしめてくれた。


「申し訳御座いません。お嬢様のお気持ちも考えず……」


 もう、頭の中がめちゃくちゃだ。

 謝らなくていい人に謝らせるなんて、本当に最悪だ。

 

「……フレデリカ様」


 ヴォルス騎士団長の声だ。


「どうか、血の誓約書を御許し願いたく」

「何言ってるの!?」


 思わず叫んでしまった。


「どうか……、我らを信じて頂きたく存じ上げます」

「……し、信じてないわけじゃ」


 オレは鼻を啜りながらヴォルス騎士団長の方を向いた。

 多分、今のオレは公爵令嬢失格な顔になっている。


「我々は決して他言致しません。我らの生をもって、フレデリカ様に対する忠誠を示して御覧に入れます。ですから、どうか!」

「だ、だって、死ぬかも知れないんだよ!? 血の誓約書って、絶対解呪出来ない契約魔法だって本にッ!」

「決して! 死にませぬ!」


 ヴォルス騎士団長は叫ぶように言った。


「我々は王妃になられる尊き方の御心に反する真似は決して致しませぬ! 先程の御無礼により我らの信用が失墜している事は百も承知しておりますが、どうか……、我らに挽回の機会を御恵み願いたく、どうか」


 勘弁して欲しい。オレが悪いんだ。彼らは何も悪くない。それなのに死ぬかも知れない契約なんて結ばせられるわけがない。

 だけど、結ばせなければオレが彼らを信頼していない事になる。

 そこまで考えて、ようやく気がついた。

 オレが彼らの事をまったく信じていない事に……。


「……いいえ、血の誓約書は必要ありません」


 オレはバカだ。ここまで言ってくれる人達を疑っていた。

 血の誓約書を結ばせたくない。そんな事を言っている時点でズレていた。


「ヴォルス騎士団長」


 跪く彼に視線を合わせる為にオレも膝を突く。


「フ、フレデリカ様!?」

「信じます」


 オレは言った。


「血の誓約書を結ぶと言った貴方の言葉を信じます。そして、貴方が率いる騎士団の事も。ですから、必要ありません」

「し、しかし……」

「わたくしは信じているから必要ないと言っています。わたくしの言葉は信じるに値しませんか?」


 彼らは既に命を賭けている。だったら、オレも同じように賭けなければいけない。

 

「……フレデリカ様。今一度、御誓い申し上げます。我ら王宮騎士団がフレデリカ様の御心に背く事は決して無き事を」

「ああ、信じてるよ」


 オレはオレ自身の言葉で言った。

 騎士団の全員がヴォルスと同じ気持ちとも限らない。

 いきなり血の誓約書を書けと言われて、立場上拒否出来ない事に絶望した人も居るかも知れない。

 まるで茶番だと呆れている人も居るかも知れない。

 だけど、信じると決めた。命を賭けさせてしまった以上、如何なる結末でも受け入れる。

 覚悟には覚悟で返さなければいけないと思うから。


「バレット」


 オレはバレットに声を掛けた。


「道中、よろしくな!」

「……おう! 任せとけ!」


 バレットも仮面を脱いで応えてくれた。

 ああ、こんな親友がいて、アルが羨ましい。


「……羨ましい」


 一瞬、声が漏れたのかと思った。


「バレット?」

「さあ、準備は既に整ってるよ!」

「う、うん! 行こう、アイリーン!」

「……はい、お嬢様」


 そして、飛竜船は出発予定時刻から大幅に遅れて出発した。

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