第一話『悪役令嬢になったオレ!』
目の前に銀色の髪の美少女がいる。彼女に手を伸ばしてみると、彼女も手を伸ばして来た。
けれど、指と指が触れ合う寸前、見えない壁に阻まれた。
「……はぁ」
伸ばした手を見つめる。すると、彼女も自分の手を見つめた。
荒ぶる鷹のポーズを取る。彼女も荒ぶった。
特撮ヒーローの変身ポーズを決めてみる。彼女も変身した。指の動きまで完璧だ。
「オレなんだよなぁぁぁぁ」
オレが頭を抱えると、彼女も頭を抱え出した。
当たり前だ。だって、その少女は鏡に映るオレ自身なのだから。
オレは転生したらしい。死んだ記憶は無いのだけど、何の因果か健全な高校男子だったオレは銀髪の美少女に生まれ変わってしまった。
フレデリカ・ヴァレンタイン。ヴァレンタイン公爵家の長女。それが今のオレだ。
◆
コンコンと音が鳴る。
「どうぞー」
声を掛けると扉が開いた。入って来たのは惚れ惚れするような筋肉のヨロイに身を包むメイドさん。
「お嬢様、お着替えの時間です」
「ほいほーい」
相変わらず、凄まじい筋肉だ。
彼女の名前はアイリーン・ベルブリック。武闘派で知られるベルブリック伯爵家の御令嬢であり、オレの専属使用人。
最初はビックリしたものだ。腕周りが昔のオレの胴回りよりも太い。身長は二メートルを超えている。そして、彼女はあらゆる武器を自在に操る武器術の天才だ。
彼女のおかげで生まれてこの方危険な目にあった事が一度もない。
「お嬢様、今夜は旦那様が御戻りになられます」
「親父が?」
「……差し出がましい申し出ですが、『お父様』と御呼びした方がよろしいかと」
「うーん、お父様? なんか恥ずかしいぜ……」
「そ、そうですか?」
「でも、アイリーンが言うなら……、うん。そうするよ」
「お嬢様……」
圧倒的な戦闘力とは裏腹に、アイリーンは大人しい子だ。
鍛錬は毎日欠かさないし、レンガを握り潰せるけど、お花や本が好きなインドア派でもある。
そして、これがすごく重要な点だけど、彼女はすごく優しい子だ。
「いつもありがとう、アイリーン! よし、今日もいろいろ教えてくれ!」
「かしこまりました、お嬢様」
背中に鬼神が宿っていても、肩にちっちゃい重機を乗せていても、腹筋6LDKでも彼女は女の子だ。
だから、いつか守ってあげられる人間になりたい。
ちょっと武術で追い抜く事は出来そうにないけれど、オレにはオレの強みがある。
この世界は剣と魔法のファンタジー。
オレには魔法の才能があるのだ。
「ふっふっふ、いずれはアイリーンを守れる偉大な魔法使いになってやるぜ!」
「お嬢様……」
アイリーンは微笑ましげな表情を浮かべている。
今は未熟だから仕方がない。だけど、オレは知っている。そんなに真面目に取り組まなくても世界最強クラスになれるポテンシャルがこの体には宿っているのだと。
◆
生まれ変わる前、オレには二人の幼なじみがいた。
一人は冴島龍平。運動神経抜群のナイスガイ。
もう一人は甘崎凪咲。好奇心旺盛な美少女。
二人は結構なゲーム好きで、オレの貴重な勉強時間をいつも明後日の方向に投げ飛ばす。
このゲームが面白い! こっちのゲームが凄い! いつでもハイテンションな二人のノリに流されて、オレはいつも付き合ってしまう。
それでも学年一位の成績をキープした努力を褒めてもらいたい。
まあ、それはそれとして、二人が持ってくるゲームのジャンルはいつもバラバラだ。とにかくいろんなゲームをプレイして、面白かったものを勧めてくる。
そんな二人が同時に持って来たゲーム、それが『エターナル・アヴァロン ~ エルフランの軌跡 / ザラクの冒険 ~』だ。
なんと、このゲームは男子向けと女子向けを一つのゲームにまとめてしまったハイブリッドゲーム。
世界観は共通だけど、主人公の選択画面でエルフランを選ぶか、ザラクを選ぶかでゲームのジャンルが様変わりする。
そして、このゲームの開発会社はとにかくフリーダムだった。なんと、当時ネットで大人気だった悪役令嬢要素とパーティー追放要素をそれぞれのシナリオをぶち込んだのだ。
パーティー追放要素はザラクのシナリオ。いきなり国から追放される。まさか、国という名のパーティーから追放されてゲームがスタートするとは思わなかった。いきなりの無双ゲーが始まり、国からの追っ手を全員無傷で叩き潰してもムービーで深手を負った事にされて強制弱体化を受ける。そして、弱体化した力を取り戻していきながら国を奪い返す為の冒険が始まる。ちなみにザラクはラグランジア王国という国の王子様だ。
そして、悪役令嬢要素はエルフランのシナリオ。迷いの森という場所で気を失っていたエルフランが森に棲む魔女に助けられ、自分のルーツを見つける為に王都の学園に入学する。そこで登場するのが悪役令嬢だ。その名はフレデリカ・ヴァレンタイン。つまり、オレだ。
要するにオレはゲームの世界に転生してしまったわけだ。
「お嬢様、この文字はレウです。ヤオスの文字とリヤの文字が並ぶと似ているので気をつけてください」
フレデリカはエルフランのシナリオの学園編で幾度もぶつかり合うライバルキャラだ。
なんと、主人公のレベルに応じて無限にパワーアップしてくるから容易には倒せない。しかも、フレデリカとのバトルは負けたらリトライではなく、そのままストーリーが進む。
エターナル・アヴァロンが人気を博した理由の一つがこれだ。とにかく分岐が多い。戦闘の勝ち負けでも分岐してストーリーが続く。
もっとも、負けたらバッドエンド確定というわけでもない。むしろ、全戦全勝だと周りが引いてしまう。パラメーターの中にカリスマというものがあり、それが著しくダウンしてしまう。
ただ、全戦全勝の内容が無傷による圧倒だとカリスマが爆上がりしたりもする。その場合、一部のキャラが発狂したり、敵対したり、信者化したりとカオスな事になる。
「ほいほーい」
そんなわけでフレデリカは物凄く強くなれる素質があるわけだ。しかも、性格設定には努力が嫌いとある。
努力しないで主人公に比肩したわけだ。主人公のレベル上げに四苦八苦した身として巫山戯るなと叫びたくなる。
ちなみに武術ではアイリーンに敵わないと言ったけれど、身体能力だけなら追いつける。それも魔法によるものだ。
レベル60くらいから身体強化の魔法を使って気持ち悪い速度で移動して、とんでもない威力のパンチやキックを繰り出してくる。エルフランも同じ速度が出せるけれど、プレイヤーの知覚が追いつかない。
おかげでエルフランをレベル60以上にしたら詰むと攻略サイトに乗る程だった。ちなみにレベル40以上で戦闘イベントが起きた場合、学園の一部が瓦礫の山と化す。それがシナリオに色々と影響したりもする。
そんなわけでフレデリカであるオレならあの人間卒業モードが使えるようになるわけだ。
「古字は文字の書き順さえ正しければ誰にでも使える基礎的な魔法です」
魔法には種類があり、今教わっているものは古字魔法と呼ばれるものだ。
魔法陣や術符と言った発展型の基礎となっている。
他にも詠唱魔法と祈祷魔法がある。
まだまだ理解すら出来ないけれど、フレデリカなら使える筈だ。
エルフランもスキルツリーの古字魔法を会得する事で初めて詠唱魔法が解禁され、その後に祈祷魔法が解禁される。
何事も順番というわけだ。
「では、レウ ウスラ アリアド シヌル カロン ルプを羊皮紙に書いてみて下さい」
「はーい」
言われた通りに書いてみる。もちろん、これだけでは発動しない。
むしろ、発動したら大変だ。あちらこちらで事故が発生してしまう。
「魔力の込め方は覚えていますか?」
「ばっちり!」
文字を指でなぞる。魔力を指先から文字に塗っていく。
この感覚はじっくりまったりアイリーンに教えてもらって覚えた。
意図的に涙を流すような感覚だから、最初はかなり手間取った。
「よーし!」
魔力を込め終えると文字が光った。
そして、光は文字の上で球体となり、少しすると消えてしまった。
レウは光を意味している。ウスラは二文字目に必ず加えるもので、文字同士を繋げる意味合いを持っている。アリアドは球体化させ、シヌルは制限を掛ける。カロンとルプはシヌルの制限の条件であり、それは5を意味するカロンと秒を意味するルプを合わせて5秒というもの。
繋げると五秒間光を球体にするというもの。
文字を並べる順番などがあべこべだと意図しない現象が起きる危険性を秘めているけれど、それだけ応用範囲も果てしなく広い。
もっとも、文字が多くなる程に魔力の消費量も上がっていくし、一定の文字数以上の組み合わせは秘匿されている。文字が多ければ多い程に暴発した時の被害が大きくなる為、安易に自力で探し出す事も出来ない。
万能とも言い難いわけだ。
「お見事です、お嬢様」
とは言え、うまく出来るとアイリーンが褒めてくれる。
拍手の度に突風が巻き起こるけれど、褒められて嬉しくない人間などいない。
「ありがとう、アイリーン! 君のおかげだよ!」
「勿体ない御言葉です。さあ、そろそろ旦那様が御戻りになる時間です。仕度の為に部屋へ戻りましょう」
「ほっほーい!」
親父と会うのも一年ぶりだ。
顔が上手く思い出せないけれど、会えばなんとかなるだろう。
ついでに公爵家パワーでかっこいい従魔が手に入らないか聞いてみよう。
魔法使いには使い魔が付き物で、この世界も例外ではない。
エルフランは神聖な竜へ変身するミルという使い魔を学園編の序盤でゲットする。フレデリカも初登場シーンで漆黒の毛皮を持つ虎に似た獣を従えていた。
前世ではペットを飼わせてもらえなかった。情が移って、ペットが死んだ時に立ち直れなくなるからと両親が嫌がった為だ。
だけど、今度こそペットをゲットする。可愛いのでも、かっこいいのでも構わない。大切に育てるぞ!