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ブレイクウォール  作者: 鴨せいろ
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千秋真希の場合①

 残業の前に一息つこうとカフェに千秋真希(せんしゅうまき)は歩いていた。

確か47都道府県の内出店していないのは1県だけだというシアトル発のコーヒーチェーンだ。店内は清潔に保たれているし内装もおしゃれに見えるようそれなりに気を使っているのが見て取れる。飲み物もコーヒーだけでなく氷とコーヒーや果物をまぜて砕いたシャーベット状のものもありコーヒーを飲まない高校生、下手をすると最近では中学生も行っているのではないだろうか。


人気が出るのは分からないでもないけどそれでもいつ行ってもセルフサービスのレジに行列ができているのには驚かされる。かくいう私も今まさに向かっているのだが。


私がそのカフェに行くのは単にその店が大好きだからではない。社会に溶け込むために履いているパンプスで長時間歩きたくないこと、自分の勤め先の築30年の雑居ビルの薄汚れたオフィスから少しでも解放されたいこと、この二つを両立させるのにベストな選択肢だからだ。考えながら歩いているとカフェが入っているハイランドスクエアに着いた。5階まではレストラン、映画館、アパレルショップなどのスペースでそこから上はオフィスが入っているビルだ。私の勤務先とは全然違う就労環境なんだろうな、と頭上のオフィスに想いを巡らせる。


ああやっぱり。カフェには注文待ちの列が出来ていた。店内を見渡すと二人掛けのソファの席が2組、カウンターが一つ空いている。一人客の私はカウンターに座るべきだろうがソファで寛ぎたかったので迷わず席を取りに向かう。コーヒー一杯で二時間以上粘る客もいる中20分程度で仕事に戻らなければいけないんだからこれくらいの我儘は認めてもらっても良いハズだ。


「やった席空いてるよ!マコト!」

ダウンコートを脱いで席をとろうとしたちょうどそのとき背後から元気いっぱいの声が聞こえてきた。

振り向くと4人組の女子高生がいた。髪を三つ編みにしてポニーテールに結っている子と目が合った。間が悪いことに気付いたのか表情が曇った。


「どうぞ。私は一人だしあっちのカウンターに座ることにしますから」

言い終わらないうちにミディアムショートの子の顔に笑顔が咲いた。

「いいんですか?ありがとうございます。こっちのほうが寛げるのによこどりしちゃったようですみません!」

全くその通りだしその事実を指摘されると恨めしく思うが四人組にちょうどいい席を独り占めして寛げるほど肝が据わってはいない。

「アリサ、なに譲る気なくすようなこと言ってるの・・・。すみません本当にいいんですか?」

4人組の別の一人、シンプルなポニーテールの子が私を気遣うように言う。

「気にしないで。それじゃあ。カウンターを誰かに取られないうちに確保しないと。」


無事カウンターを確保し注文も済ませた。特別にキャラメルソースを多めにかけてもらったカフェラテを片手にやっと一息ついていた。スマホを開く。仕事中にたまったゲームの「スタミナ」を消化しなければ。

まさか自分がスマホゲームにハマるとは思っても見なかった。廃課金というほどでもないが多少の課金もしていた。日々なんとなく仕事に追われる中だとこれくらいのゲームがちょうどいいのだ。


先ほどの4人組の女の子の声が聞こえてきた。

「アリサはブレイクウォールやったことある?」

「私はないよ。今のところそんなに悩みないし。知らない人に相談ってのもちょっと抵抗あるかなあ。もし悩みあったらマコトたちに言うかな?マコトは違うの?」

さっきのポニーテールの子がマコトのようだ。男らしい、ということはなくむしろ美形の女の子であるのだがマコトという名前がしっくりくる子だ。落ち着いていて凛としているからだろうか。

アリサ、と呼びかけられた方もかなりの美人さんだ。美人で背が少し高め、元気そうな子だ。

実際男性客の何人かが二人をちらちらと何度も見ていたし私自身彼女たちが何を話しているか気になって悪趣味ながらつい盗み聞きしてしまった。もっとも私が座っているカウンターの端の席と彼女たちのソファ席はすぐ隣だったし彼女たちの声は(年相応に?)大きい。

「そうだね。まずは友達に言うかな。でも友達にも言いにくいこととかもあるからみんな使うんじゃない?」

マコトは同意しながら付け加える。

ブレイクウォールは私も聞いたことがあった。VR空間での悩み相談アプリというものらしい。カウンセラーや精神科医などに相談するのではなくあくまでユーザー同士のやり取りで特に悩み相談を受ける側を「聴き手」と呼ぶ。相談時にはアプリ内のコインが必要で「聴き手」をすることでコインがもらえる。

驚くべきはこのコインは換金できることだ。人気の「聴き手」はそれだけで生活しているという噂まである。動画配信者、ゲーム実況者などと違い「聴き手」は完全匿名なので噂の真偽は定かではない。

「友達に言えない悩みって例えばなんだろう??」

別の一人が問いかける。

「友達の彼氏を好きになったとか?」

軽い悩みではあるが確かに友達には言えなさそうな悩みをマコトが挙げる。

「妊娠しちゃったとか?」

重い悩みを笑いながらアリサが挙げている。

「そんな無邪気に笑いながら言うことじゃないでしょ。大体まず病院でしょそれは」

マコトが指摘する。もっともだ。

「にしてもユーザー数は5千万人以上って言うしみんななにを相談してるんだろうね本当に」

多すぎるだろう。この社会はやはり病んでいるのか。


その後彼女たちはブレイクウォールの話を切り上げ進路のこと、かっこいい先輩のこと、彼氏のこと、部活のことなど女子高生の日常の話題に移ったようだ。


ブレイクウォールのことが気になりながら私は月の固定残業30時間内に含まれ働いたところで1円も入ってこない労働に従事するためにカフェを後にした。

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