「はわわぁ〜〜!没落してしまいましたわ〜〜」と、イケボで主が宣いました2種
タイトルから話を考えたら、あら不思議。 @短編その67
タイトル詐欺な話になってしまったので、書き直した。
最初に書いたのが、二番目。同じ主人公と世界で2つのお話となりました。
「いやぁ〜〜〜ん!!どうしましょう、キリ〜〜〜!没落よぉ〜〜〜!」
久しぶりに帰ってきた嫡男で跡取り、というか既にご両親は身罷られましたので、当主です。
そのラクシス様が戻られました。王都で大学で勉学中だったのですが、ご両親の訃報を聞いて戻られたのです。
「落ち着いて主。もう破産だし、すべきことはなにもありません」
「何あんた冷静ねっ!私よりも4つ年下だったわよねっ!」
「ラクシス様、騒いだところでご両親も生き返りませんし、借金がゼロにはなりません」
「やだ可愛くないーーっ!!昔はあんなに可愛かったのにっ!!」
「大きなお世話です。おねえ言葉になった主に礼儀なんかやってられません」
「キリ!あんた本当に14歳なの?」
「そーですよっ!まったく、厄介事ばかりですっ!私の心の安寧はいつ訪れるんでしょうねっ!!」
ぷりぷりと怒って文句を言っていると、ラクシス様は私をじっと見つめている。
不意にラクシス様は両腕を広げ、にっこりと笑う。
「・・・ああ、ごめんね。おいで」
「へっ?」
「14歳の子に、我が家の後始末を任せてしまった。おいで、キリンジュ」
「・・・ハイ」
どういうわけか、体が彼に寄せられるようによろめいて。
操られてるのかもしれないとか思いつつ、両腕を広げた主の胸によろよろと近寄ると、ふわっと腕の中に閉じ込められて、優しく抱きしめられたのだった。
「キリ、ありがとうね。よく頑張ってくれました」
ゔれじいーー、本当は心細かったんですぅーー!!ラクシス様ーー!!声には出しませんけどね!
思わずしがみ付ついちゃいました。わ・・いい匂い・・・
そしておでこにチュッと。・・ちっ、ちゅっ?!ちゅっーーー?!!
「うふふ、可愛いわねぇ。こうしていれば本当に可愛いのに」
「うにゃあああ!!」
慌てて腕の中から逃れようとしますが、言葉はおねえでも体は18の男。抜け出せません。
「おやおや、照れ屋さんねっ。釣り上げられたブリみたいに跳ねるんじゃありませーーん、大人しくなさーい」
「ふざけるにゃーー!!離せぇーー!!にゃあああ」
「ほほほ!まだまだ『ネンネちゃん』ねぇ」
「わーーん、おねえになって帰ってきたーー!!かっこいいラクシス様カムバーーック!!」
そして本日。200年の長い歴史あるワリュージュ侯爵家は、ついに没落したのでした。
家人を全員リストラして、残るのは私、侍女キリンジュのみ。
働いてくれていた皆には幾ばくかの金銭を手渡したので、手元にはあまり残っていない状態です。
さあ、これから如何しましょう・・・
「まあ歴史だけは長い家だったものねぇ。終わる時は終わるものよ」
あ、今の声は私の主、ワリュージュ侯爵のラクシス様。
イケボです。男です。でもおねえのような言葉です。
言っておきますが、ゲイでもホモでもおねえでもニューハーフでも、そしておかまでもないんです。
こんな喋り方の友人がいて、うつっちゃったんです。その人はおねえでしたけどね。
まったく、こんなロクでもない学園に通っている間に、お父上が変な取引に手を出して巨額の借金をこさえ、奥様が先に心臓をやられて死去、最愛の奥様が亡くなって、心細くなるわ金策で神経擦り減らすわで、旦那様も突然倒れてそのままお亡くなりになるわでしっちゃかめっちゃかでした。
ワリュージュ侯爵家は、200年の歴史ある名家でした。
歴史が長ければ、ボンクラ当主にあたる時もあります。
せめて主が在宅中に起こっていれば、私と一緒に握り潰す行動をとれたでしょうが・・
ラクシス様は勉学のために、王都の学園で寮生活中。実家から離れていたのが敗因です。
お父上は時々思いつきで変な取引に手を出し、今までも散々酷い目に遭っていたのに懲りませんでした。
そして心労でついに大打撃与え、儚くなってしまわれた妻を見てやっと改心するも、金策の過労で旦那様も亡くなったわけです。本当、ラクシス様おいたわしい・・・
「さてと。借金は無くなったけど、学費はもう出せないから大学に戻れないし。どうしようかしらね?キリ」
「どうしましょうね」
「あなたが決めて頂戴な。私、生活力は皆無だもの」
「そうでしたね。では、平民の生き方をお教えいたしましょう」
「うふふ、頼りにしているからね、キリ」
きゅっと抱きしめられてますーー!!なんか、甘えているーー!!18歳ですよね、ラクシス様!!
「あー、可愛い、癒されるーー」
「私を可愛いというのは、ラクシス様だけですよ、まったく」
そうです。
私はちっとも可愛くありません。
今もシンプルな小姓スタイル、ズボンにブーツです。
我がキサキサ家は騎士家で、ワリュージュ家を代々お仕えしてきました。
初代当主様の頃からの付き合いです。遺伝子レベルでお仕えですよ。
「ねえ、キリ。私はもう侯爵ではないんだから。友人、いや・・・お兄ちゃんでも」
「何をおねえ言葉で言っているんです。やですよ、こんなお兄ちゃん」
「でも言ってくれるじゃないのー、うふふ、いい子ねキリは」
「ぎゃーー」
また抱きしめるぅ!
いい匂いです、あったかいです、お兄ちゃんはいやです、こ、こ・・い、びっ、きゃーー。
「まあ真っ赤ね。もう、キリったらネンネちゃんね」
「それやめてー!耳元で囁かないでー!!」
お姉言葉ですが、ラクシス様は超イケボです。こ、腰が砕けます・・・
私達は屋敷を明け渡し、旅に出ることとなったのです。
ここまで家が没落したのは、数年前の災害でした。
私の屋敷があった場所で、魔物が現れて・・・一族は民を守って全員死にました。
その地は侯爵家の財源でもあったのです。広大な麦の穀倉地でした。
それが壊滅してしまい、急速に衰退してしまったのです。
私だけ、侯爵家に出仕してたので生き残りました。
この時私を慰めてくれたのがラクシス様でした。
「キリ、私のそばに、ずっといなさい。ここが、キリの帰る場所だよ」
両腕を翼のように広げ、
「おいで」
微笑んで言ってくださったのです。
あの日から、私の帰るところはラクシス様の腕の中なのです。
ラクシス様は先祖代々伝わる大剣と、奥様の形見の指輪、そして家系図と侯爵家の史書を荷物に加えます。
「やはりこれらは持っていかなくてはね」
「そうですね」
私の家は・・・何一つ残っていませんでした。
残っていたのは・・
父の剣ベルトの切れ端。
二人の兄の折れた剣。
そして、親戚達の剣や手袋、ブーツが片方、そして骨と肉片。
屋敷があった場所は、土台さえ残っていませんでしたからね。縁は手に入れられませんでした。
「・・・ごめんね、キリ」
また抱きしめるんですねぇ、まったくもう。
「ふふ、しょっぱいね」
甘えちゃいますよ。今は・・もー、瞼にキスはなしですーー・・
やさしいラクシス様。
私はあなたの傍に、ずっといます。
だから、あなたはどうかいなくならないでくださいね。
ラクシス様の格好は、平民のよくある格好ですが、どうしても育ちの良さがダダ漏れです。
仕方がないですね、こればかりは。
綺麗な蜂蜜色の髪に、琥珀色の瞳、そしてスラリとした細マッチョです。女がほっておかない美貌です。
なのに、一緒に旅を初めて半年になりますが、女が寄ってこなーーーい。なんでーー?
「どーしたのぉ?キリ」
「女が寄ってこない」
「んっ?」
「だって、ラクシス様は、こんなにイケメンでイケボなのに女が寄ってこないのはおかしい」
「うふふ。キリが可愛いからね。もう彼女がいるって思われているんだよ」
「え!!ソ、ソデスカー?」
「もしかしたら子持ちと思われたかしらね?」
「むっ?」
14の子供がいる、18歳・・・計算合わないですねぇ。
というより、私がガキくさい&ラクシス様が老け顔と?
「うぎぎぎ、おのれラクシス様」
「んもうー、冗談通じないわねぇ、硬いわよ、頭〜」
「また抱きつくー、やめれー」
「可愛いっ」
平民服で香水もつけていないのになんでそんなにいい匂いなんですかねー。好きぃ。
「ラクシス?」
街を散策していると、誰かに声を掛けられました。
「エドワルド」
ラクシス様の知り合いのようです。
二人で話をしたいでしょう、私はそっと離れました。
ふたりはしばらく話していましたが・・・言い合いになってきました。
少し声が大きくなって、ここまで聞こえました。
「殿下もいつでも帰って来いって言っていたぞ!その娘の為に、お前の人生まで」
「黙れ!!」
そしてラクシス様がこちらに戻ってきました。顔が赤く、眉が吊り上って怒っていました。
私は賢しいので・・理解してしまいました。
ラクシス様は貴族の伝を使えば、以前のような暮らしに戻ることも出来たのです。
ただただ私を・・・
私を一人には出来ないと、こうして一緒にいてくれるのです。
ああ、甘えすぎました。
優しいラクシス様のお傍から、一刻も早く離れなければいけません。
ラクシス様は、頭も良い有能な方です。
大学を出れば、王城に仕官することも可能でしょう。
どこかのお嬢様に見染められ、逆玉の輿も狙えるでしょう。だってラクシス様はイケメンですから。
「キリ。小難しいことを考えるんじゃないわよ。まだ本当は、キリは子供なんだから」
きゅっと抱きしめてくれました。ラクシス様のイケボが耳に・・ちょっと心がざわざわします。
「本当なら、まだいろんなことに守られ、甘える時期なんだから。しっかり者にならなくていいのよ。それにキリがいなくなったら、私はどうすればいいの?結局、平民の暮らしはキリに教わっていないのよ。キリが先に済ませてしまうのだから。何も出来ない主を捨て置くほど、あなたは薄情になってしまったの?いいこと?私を一人にしたら許さないわよ!」
先ほど友人と話されていた時は、普通の喋り方でした。
なのにまたおねえ口調です。
どうしてなのかな?
その後・・・結局ラクシス様は『殿下の使い』とやらに連れていかれる事となり、『私も一緒でないと行かない』と言うので、私もおまけで連れていかれて・・・
大学は休学扱いだったそうで、学費は出世払いという話になり、奨学金を頂いて通う事知なったのです。
住む所は寮では私といられないと、近くの空き家を借りて。
ラクシス様が大学に行っている間、私は大学の清掃係として雇ってもらいましたので、生活費を稼ぐ事が出来ました。
休憩時間には本を読ませてもらえるので、いい所に職を得られたなと。
仕事は4時頃には終わり、あとは家でお風呂の用意とお食事の用意です。
最近は学友の方々がお越しになられるので、追加することも度々。
ああ、食費が嵩みます・・・
と思っていたら、皆様大きな貯金箱を用意して、帰るときに任意で入金してくださるようになりました。
「旨かったと思ったときに入れるから」
なんて言いますが、恐ろしい金額を入れる方がいます・・殿下!白金貨はやめてくださいませ!!
そんな価値、私の食事にはありませんから!!
大学に通う事3年・・・
ラクシス様の楽しい学生生活は、本日を以て卒業です。
私も大学の掃除係を終了となりました。
ラクシス様は殿下の部下として、仕官する事となりました。
多くの貴族階級の方々とも顔をあわせ得る機会が増えます。
逆玉の輿です!
ラクシス様、頑張って釣られてください!
私はというと・・・
やはり言われてしまいました。
ラクシス様のそばを離れろと。
誰か良さげな身分の、良さげな男を紹介するからと。
どこかに嫁に行け、そう言われたのです。
私が傍にいたら、ラクシス様が結婚出来ない。
たしかに。
明日はこの空き家を出て、王城に越す前日。
私はラクシス様に『お暇』を申し出たのでした。
「うん。キリももうすぐ18歳だ。お嫁さんになるのもいいね」
あっさりと了承されてしまいました。
綺麗なお顔をさらに輝かせ、というかドヤ顔で続けます。
「私がキリの相手を見てやろう。可愛いキリを、変な男には渡せないからね」
だって私はキリのお兄ちゃんだからね、なんて言って。
未だ妹扱いです・・・
「とにかく、キリの相手が決まらないうちは、私の相手など決める気はないから」
はい・・・手早く片付きますから。
そして兄による『妹の夫選別監査』が始まったのでした。
ダメ出し炸裂!!
ほんの一例ですが・・・
顔がダメ
女癖が悪い
背が低い
デブ
負債を抱えている
性格が最低
などなど・・・
殿下や友人達が連れてくる『私のお相手』を、見た瞬間に上記の一言で却下していきます。
それが30人目をお帰りさせたとき、殿下(今回はどうしても立ち会うと言って聞かなかった)は破顔しました。
「わかったわかった!お前のしたいようにすればいい。これ以上俺たちが口を挟むとラクシスに嫌われる!」
そして笑顔のまま帰っていきました。
なんでしょうねぇ・・?
え?わ?
久しぶりにきゅっと抱きしめられました!!
「やっと殿下達が諦めた!やれやれ・・・」
ラクシス様は嬉しそうです。
私も嬉しいです・・・いい匂いです・・・
「これでお前を娶ることが出来る。いいだろう?」
「え?」
ちゅ
唇に、何かが触れたぞー。おーい、ラクシス様ー?
「何を怪訝な顔を」
「喋り方が、おねえじゃないです」
「ん。だって、こうしていないとさ・・・やばい雰囲気になってしまうかもしれないから」
「やばいとは」
どきんと胸が高鳴ってしまいましたよ・・
「教えてあげようか」
きゅううっと胸が!心鷲掴みですっ!
「そ、それに、妹と言ってたではないですか」
「こうでも言っておかないと、男女二人で暮らしているんだから、ね?」
「つ、つまり」
ああ、なんか、喜びが身体中を駆け巡ってますっ!
「溺愛ってやつですかね?」
「ばーか、ゾッコンってことだ」
この後の事は、まあ、うふふ。
翌日平民の教会に行き、レンタルの花嫁衣装を着て、ラクシス様は伝統の正装を身に纏い、ヨボヨボの神父様に誓いを宣誓したのでした。平民すげえ。当日結婚出来ました。
そして侯爵家の夫人に代々伝わる指輪もいただきました。
こうして私たちは夫婦となったのです。
ラクシス様の貴族の階級は、どうやら『キープ』されていたようで、私の名前もキリンジュ・キサキサ・ワリュージュ侯爵夫人です。我がキサキサ家の名前を入れてくださいました。
王城側の街に二人の新居を構え、そこからラクシス様は出勤です。
ずっと飼いたかったニャンコも、一緒に暮らすことになりました。
私の叫び声から取り、『ニャー』ちゃんという名です。
それと・・ふたりは若いですから・・・
お腹がもうぽっこりとしてきました。
来年の春には新しい家族が仲間入りです。
なんだかんだ言って、私はとても幸せです。
ラクシス様も幸せだそうです。当然です!私が一緒にいるんですからね。
6歳からずっと拗らせた初恋が、実ってしまった私のお話は、これでおしまいです。
追伸。
「私の10歳からの初恋が実った」
昨夜寝屋にて・・ラクシス様が私を抱きしめて呟いたのです。なんと!!
おまけ
最初はこんな話でした version *******
「どうしましょう、キリ〜〜〜!没落よぉ〜〜〜!」
「落ち着いて主。もう破産だし、すべきことはなにもありません」
長い歴史あるワリュージュ侯爵家は、ついに没落したのでした。
家人を全員リストラして、残るのは私、侍女キリンジュのみ。
働いてくれていた皆には幾ばくかの金銭を手渡したので、手元にはあまり残っていない状態です。
さあ、これから如何しましょう・・・
「そうね。キリ・・あなたも早く行きなさい。今までありがとう」
ラクシス様が優しく微笑んで言うから、もう堪らなくなって泣きたくなりましたが、何とか堪えます。
「主、私がいなくなったら、如何やって生きていくつもりです?ご飯、作れますか?洗濯は?身の回りのことは?」
「はいはい、これから覚えていくわ。子供じゃないわよ。これでも26歳の男よ?」
「貴族生活しかしてこなかった主が、なにを以て生きていく事が出来ると?シャツを洗ったこともない貴方が!」
「だから今から覚えるって言ってるじゃないのー!」
良い声です。イケボです。
そう。
ワリュージュ侯爵9代目当主、ラクシス様はオカマみたいな口調です。ちゃんと男です。ゲイじゃありません。
オネエでもありません。口調だけなんです。
でも他人に誤解されています。時々ゲイの方からお声を掛けられています。
訂正しないから・・まったく。面倒臭がって・・・
断る私の苦労も分かってください。
・・ああ、もう苦労することもないですね。もう付き合うことのない方々ですから・・
なぜ名門ワリュージュ侯爵家が没落したか・・
その片鱗は、侯爵夫妻・・ラクシス様のご両親が、4年前事故死した時から始まっていたのかもしれません。
そして2年後の災害で領地が大被害、赤字運営になり、負債がどんどん溜まって二進も三進も行かなくなってしまったのです。
決してラクシス様が無能だったわけじゃありません。
この2年で、返せる額よりも負債が何倍も増えたんです。異常な額でした。異常な値上げでした。
誰かに嵌められたのかもしれませんが、ラクシス様は『は、はわわぁ〜〜』と情けない声をもらすだけで、全然ダメージを受けてない様子です。でももうすぐこの屋敷から出ていかなければなりません・・
200年もこの地を治めていた領主一族だったのに・・・
私の一族も、ワリュージュ家と共にあったのです。ずっとお仕えしてきたのです。
初めてラクシス様と会ったのは、私が6歳、ラクシス様は10歳でした。
「やあ、君がキリンジュ?これからは私の傍にいるんだよ。いいね?」
見たこともないような美しい少年が、私の主になった瞬間でした。
嬉しくて、誇らしくて、一生お守りすると心に決めたのです。
留学で14歳から2年離れていて、帰ってきたらおかまの口調になっていて閉口しましたが、以前と同じく優しくて。
それからはいつも一緒で。従者として、お仕事のお手伝いをして、身の回りのお世話をして、護衛をして。
「やあ、キリ。お前がいなかったらもう、私は生きていけないよ!」
と、挨拶がわりみたく毎日お褒めを頂いて。
私の毎日は喜びに包まれていて。
ラクシス様の笑顔を、これからも見続けられる。
・・そう思っていました。
もちろん、そのうち奥様になられる方をお迎えして、ラクシス様の御子が誕生して、お育てするお手伝いをすることになるでしょう、それは理解しています。私・・キサキサ家は、ずっと侯爵家に仕えてきたのです。
そう遠くない未来を思うたび、胸がジリッと痛むこともありますが、ラクシス様のお傍にいる事が私の縁。
ラクシス様の幸せこそが、私の生きる意味。
なのに、侯爵家は褫爵となってしまった。もう私とラクシス様は主従関係は無くなってしまった。
でも見捨てられようか。一人で生きていく事などきっと出来ない。
・・いいえ、出来るかもしれない。
ただ私が離れたくないだけなのです。お傍でお仕えしたいのです・・・
今ラクシス様は簡単な食事を済ませ、最後の茶葉で入れたお茶を、没落前と何ら変わらない様子で召し上がっています。
「ラクシス様、屋敷は明後日には立ち退かなくてはいけません。とりあえず、私の親戚の小屋に行きましょう。平民が生活するのは困らない設備もありますが、今までのようにはいきませんから、ご自分で動いていただきますよ」
我が一族の家は、全部2年前の災害で壊れてしまいましたが、狩猟時期に使用していた山小屋が残っていました。そこから1時間も歩けば村があるので、身の回りの物や食料も手に入りますので住むには十分です。
これから生きていくなら、何でもしていかなくてはいけませんからね。
貴族の人脈など、財産も身分も無くなったら意味の無いものですから・・・
このような事態になることを想定していたわけでは無いけれど、半年くらい前からラクシス様のご両親の品をこっそりと山小屋に運んでおきました。奥様が気に入っていた宝飾品、旦那様が使っていた剣と、一族の家宝、そして正装一式など。
そして、侯爵家の歴史が書かれた史書と代々家督の肖像画。そして今使っているティーセットは、屋敷を去る時に一緒に持っていきます。ラクシス様のお気に入りですから。
「うんうん、キリには本当世話になるね。私に平民の暮らし方をご教授していただこうかな」
「だって、放っておいたら主死んじゃいますから」
「もう主じゃないよ。ただのラクシスだよ」
ラクシス様はニコニコ笑っています。
昔からそうです。
誰に対しても、無礼な態度を取られても、殴られても、笑っているのです。
大層綺麗なお顔が腫れた時、私は棒の手で其奴を穴が空かんばかりに仕返ししてやりました。
我がキサキサ家は、ワリュージュ侯爵家の初代からお仕えしている騎士家です。
私も主を守るために、武術を仕込まれました。
そんな我が騎士家は、2年前の災害で一族全員亡くなりました。
そうなのです・・・あの災害は、本当におかしい・・・
私もかなり調べたのですが、怪しい人物が誰も浮かばなかったのです。おかしいでしょ?
普通、2、3人は怪しげな人物が特定出来るはずです。それが、ひとりも浮上しないなんて。
本当に悔しい思いで、歯軋りなんて初めてしてしまいました。
ああ、ラクシス様、おいたわしい・・・
今着ている服も、古いシルクです。袖には虫食いまであるのです。
貴方には、美しい、麗しい服が一番似合うのです!!そのうち生地を買ってきて、縫って差し上げましょう。
2年前までは私の一族もいて警備も万全で、屋敷には侍従を含め家人が切り盛りして清潔で美しく整えられていて・・
領民も平和に暮らし、領地は潤っていました。
全てあの災害のせいとはいえ、金策尽きるほどになるとは。
侯爵家はかなり裕福だったのです。なのにたった2年で?
でも何故でしょう・・・
ラクシス様は、何故現状を受け入れるのでしょう。何故笑っていられるのでしょう。
無理しているわけもないようです。
こうしてラクシス様との山小屋生活ですが・・
思ったよりもラクシス様は馴染んで、狩猟で猪や野鳥を狩ってきたり、小屋の裏に畑を作って野菜を栽培したり、少し先の川の水を小屋側まで引いてくるとか、暇を持て余している所為か住みやすさを追求しています。
この小屋に来たのは4月でした。
今は冬、雪で真っ白です。
冬籠りの準備は万全です!小麦粉や野菜なども、保存庫に用意してあります。
夏に引いた小川も凍るほどではないので、水も確保出来ています。
ラクシス様は、暖炉側にソファを移動して、寛ぎ寝そべって本を読んでいます。
私は厨房のかまど側に腰掛けて、湯を沸かしているところです。
湯の中には丸鳥。出汁をとった後は肉を料理する予定です。
牛を飼っていないので、大きなチーズが冬の間の乳製品です。
なんて平和なんでしょう。
領地の支出の計算とか、面倒な税金計算とか、計算とか、計算・・・
それらから逃れられたのは、本当に・・・楽です。その日暮らしで生きていけるのです。
丸鳥を煮る鍋の横にはヤカンで湯を沸かしています。
ラクシス様にお茶をお出しする時間です。
「ラ
ああ、眠っていらっしゃる。
この2年、公爵家、そして領地のために金策に奔走されていました。
私も一緒に行動し、ずっと見てきました・・・ラクシス様の苦悩や疲労は如何許りだったでしょう。
頭痛で起きられない日もありました。
鼻血が突然出て、倒れた時もありました。
このままでは、ラクシス様が死んでしまう、何度も思ったものです。
今はお顔の色も良くなりました。さあ、ケットを持ってきましょう。
どうぞ、ぐっすり眠ってください。
ケットを体に掛けている、その時・・
チリン
私は一瞬、体が止まった。
この平和な時が続いていてくれるのを信じていた。いいえ、願っていた。
でも、『仕掛け』が鳴った。野生の獣とかではない。人だ。
雪も降る夜に、山奥の森深いこんな所に人は来ない。
来るとしたら、ラクシス様を探す者だけだわ。
私は棒の手・・合金製の、殺すための仕込みを加えた武器を手に取った。
「キリ。ひとりで行くんじゃない」
ラクシス様が体を起こして、こちらに近寄ってくる。腰にはお父上の形見の剣。
「戯けのふりをしてきたが、見逃してはくれなかったか・・キリ。手放すのが遅くなったが・・・もう行ってくれ。お前は優秀だから、逃げ切れるだろう?」
寂しそうな、そして優しい笑みでラクシス様が手を伸ばして私の手を握って、それから手の位置は上に・・私の頭に手を置いて、そっと撫でる。6歳から一緒にいるけど、ラクシス様は私を子供扱いしたことがなかった。だから頭を撫でられたのは、初めて。ちょっと照れます。
「ありがとう。キリがいてくれたから、私は寂しくなかった」
ああ、ラクシス様は分かっていたんだ。命を狙われている事を。
貴族でなくなったからと、見逃してはくれないのだと。
ラクシス様を追い込んだ犯人、調べても分からないなんてあり得ない。そう、王様でない限り。
ワリュージュ侯爵家は儲けもあり、多くの税も支払っていて優秀な国の金庫番の役目を果たしていた。
ずっと王家の忠臣だった。
私でさえ分からない理由で、家を潰して更にラクシス様を亡き者にしようとするのか。
ラクシス様は・・誰が犯人なのか、分かっている。だから・・・笑って無抵抗だったのだろうか。
「なにを今更仰います。私はキサキサ家の従者です。初代当主様より代々お仕えしてきました。お傍に置いて、いや・・いますからね。主から離れません。たとえ、命が尽きようと貴方の傍にいます。死地でも伴に」
「忠信だな。ありがとう、だが私はもう、キリになにも報いる事が出来ない」
「なにを仰いますか。貴方の傍にいる事が、私には・・・喜びなのです」
私は今どんな顔をしてしまったのだろう。声が、上擦ってしまった。
ラクシス様が、苦しげに顔を少し歪め、切なげな顔をしたのだ。いやだ、思いが最後の最後で・・
いつものように、私を茶化して笑ってください、ラクシス様。
そんな顔をしないで・・いや、させてしまったのは、馬鹿な私だ。
笑え、私。
笑え・・!!
こんな土壇場で、ラクシス様を苦しめるな。それでもキサキサ家の従者か。
「もちろん生き残る気ですよ?ラクシス様、私にお任せください」
ラクシス様と私はそっと外に出た。敵に近寄って、一撃で倒す。各個撃破で数を減らす。
私達は地の利で戦う。
こんな冬山に入る事が出来るのだ、強い敵でしょう。油断は出来ない。
かまどと暖炉に水を掛け火を消し、明かりも全部消した。
火災なんか起こされたら面倒だ。この辺り一帯に、明かりが灯る事になる。
敵の姿を確認しようと、大木の影に隠れようとして・・
突然ラクシス様の腕が私を引き寄せて、耳元に唇が触れそうになる程近付いて。私はドキンと胸が高鳴る。
ラクシス様の、息、そしてイケボが耳に触れる・・
「本当に、ありがとう。キリ・・・邪魔だ」
そしてラクシス様は、私を突き飛ばした。
そこは崖で
落、ち・・・
冷たさで私は意識を取り戻した。
雪がクッションになって、助かったようだ。
ラクシス様も、こうして逃げれば良かったのだわ!
・・どのくらい気を失っていたのだろう。
私は。
私は・・・
ラクシス様を守る従者なのに。
守られてしまったのだ。
私は守らなければいけないのに。
頭の中が熱く、目の前の景色が歪んで。
私はどうやって屋敷に戻ったかが思い出せない。
気がつくと、屋敷の前だった。
だけど血が転々と雪を汚して、足跡もいくつもいくつも雪を踏み締めていて、遺体は無かった。
襲った奴らの遺体も・・・ラクシス様もいなかった。
先ほど羽織っていた外套は、血塗れで、斬られて裂けてボロボロな状態で落ちていた。
なんで。
私を連れて行ってくれなかったんですか。
貴方と一緒なら死地だってお供したのに。
私はひとりになってしまいました。家も、家族も、お仕えする主も、もういない・・・
「どうして連れて行ってくださらなかったのです、ラクシス様!」
私は雪が降り始めた山の中、喉が潰れて血を滴らせるほど大声を張り上げて、泣いた。
このままいれば、私も
ラクシス様のところに行ける
私は雪の中、蹲って、目を閉じた
冷たい
体温で雪が溶けて
冷水が服を濡らす
大粒の雪が、ハラハラと降ってきた
もう
冷たさも・・感じない
もうすぐ
私は
目の前・・
闇、い
「キリ」
夢の中に、ラクシス様が現れた。
「馬鹿だね、キリ。なぜ逃げなかったんだい。寒かっただろう?」
そして抱きしめてくれているみたい。
暖かい・・・?
ふふ。なんて残酷で、幸せな夢なんだろう。
ラクシス様の腕の中なんて。
でも真っ暗で、声だけ。イケボだから良いのだけれど。
ラクシス様のお顔が見れない。
私も返事をしたかったのだけれど、喉が潰れてしまって掠れ声さえ出せない。
そしてぽつぽつと話してくれたのは、ラクシス様が王太子に憎まれていた理由。
14歳から16歳まで、外国に留学していた時に、その国の王女様と親しくなった。
そこに、ラクシス様と友人だった王太子様が外遊途中に立ち寄った時に、王女様に一目惚れしたのだ。
けれども王女様には想い人がいて、二人は近いうちに婚約する手筈だった。
その男は伯爵家、少し身分が低かった。
だがもし王太子が求婚したとすると、王家同士での婚姻の方が優先されてしまう。
王女に頼まれ、ラクシス様は恋人のフリをして、留学を終えて帰国するタイミングで別れる事にしたのだ。
王女は王太子の告白に、『相手がいる』と断った。だがそれが間違いだったのだ。
素直に自国の幼馴染と婚約間近といえば良かったのだ。
王太子は王女を本気で好きになってしまっていた。そして、彼は王女に告白をしたが断られたのだ。
留学して、彼女と先に知り合ったラクシスを好きになったと言われた王太子は・・・その時は引き下がった。
だが王太子は後で怒りが募る質だった。王太子としてのプライドがズタズタだった。
初めて好きになり、告白までしたのに振られたとなっては・・もちろん、王女もラクシス様も秘密にしていたので誰にも知られはしなかった。
それでも、今まで友人と思っていた男に、恥ずかしいところを知られた事はプライドが許さなかった。
たかだか侯爵家の嫡男に、自分が負けた、そう思ったら・・・じわじわと怒りが増した。
帰国後、王女と別れたと聞いても、怒りは収まらなかった。侯爵家を無視するようになったのだ。
ここにきて、ようやくラクシス様は王太子の怒りを知ったのだ。
あまりにも深い、根の深い怒りだった。
4年前、王太子は事故に見せかけ、両親を暗殺した。だがこれだけでは無かった。
実は王太子は帰国後すぐ、10年前から時間を掛けて、侯爵家が傾くようにいろいろな謀を企んでいた。
川が氾濫するように、崖が崩れるように、上流の土地を弄って、その日を待った。
そして、2年前に災害が起こった。
両親の殺害は、いわば宣戦布告だったわけだ。
王太子は抜かりなく、10年前から金策がうまくいかなくなるように手を回していた。
頭のいい、有能な王太子は、粘り強かった。まさかこんな事をしているとは、誰も分からなかった。
それだけ怒りが大きかったのだ。
ラクシス様は、両親が亡くなった時には王太子の怒りと恨みに気付いた。だがどうしろというのか。
王太子の謀を人に言ったとしても・・・誰も信じないだろうし、信じたとしてもラクシスを助けることは出来ない。
只されるがままだ。
こうして王太子の望み通り、侯爵家は没落したのだった。
けれども生きている事も許せなかった王太子は、ラクシス様を亡き者にしようと追手を放ったのだ。
「すまなかったね、キリ。でも私はこれで良かったと思っている。私と一緒にいてくれるかい?」
私は・・・声が出せないから首を横に振った。今だ目を瞑ったままだ。
もしも目を開けて、ラクシス様がいなかったら・・私は。
きっと壊れてしまう。
この暖かい、ラクシス様のイケボだけでいい。
ああ。なんだか・・眠い・・・
「返事をして、キリ」
声を出そうとしたけれど、やはり掠れ声さえ出なかった。
体が重い・・ああ、闇に溶けていくようだわ・・せめてラクシス様にお別れの・・・
「キリ。私はお前が
あれ?
ラクシス様の声が聞こえない。
お別れ・・そうだ。声が出ないなら・・・
私は震えて握っていた手をなんとか開いて、小さく手を振った・・
わかってくれたかな・・・ラクシス様、さようなら・・・
ラクシスside *******
「キリ・・」
腕の中の従者は小さく手を振って。弱々しい笑みを見せた、が一瞬で。
振ったその手はゆっくりと滑り落ちて脱力、ぶらりと垂れ下がって。
もうぴくりとしなかった。目も開けられないほど、体力も残っていなかったのだ。
今は笑みも消え、無表情だ。
ああ。
私は今度こそ本当にひとりになってしまった。
私の可愛いキリ。
6歳で私の従者になった、騎士家の女の子。
私が留学するまでは見習いで、簡単な身の回りの世話をしてもらっていた。
その頃は家人の一人として扱っていた。
留学から帰って、再会した12歳のキリは少年のようだった。それでも弟とは思えなかった。
簡単な事務作業、支度の用意、そして護衛といつも一緒だった。
両親が死に、今まで疑っていた王太子の私への感情に気付いて心が折れかかった時も、キリが傍にいてくれたから乗り越えられた。
そして金策に奔走する時も、領民と話をするも拗れそうな時も、誰かに狙われて命の危機も、キリがいてくれた。
春になったら告げようと思っていた言葉は、聞いてくれる筈の相手は、もう・・いない。
今抱いているのは骸。
私と死地までも共にすると言ってくれた魂は、身体から消えてしまった。
山小屋に入ると一枚の紙切れが落ちていた。
それは手渡した筈の伝言で、キリは読んでいなかったのだ。
村で待てと書いた伝言は、屋敷の床に落ちたままだった。
キリを逃したつもりが、なんて事だ。
あれから1日経っていた。
キリは絶望してしまったのだ。私が死んだと思ってしまったのだ。
「キリ。私は家事がまるで出来ないんだ。君の作った物しか食べたくないんだよ」
後悔だけが、雪のように降り積もる。
あの時、離れなければよかった。伝言でなく、口で伝えればよかった。
いや、春なんて言わないで、さっさと言えばよかったのだ。
ただ君の生まれた春に、花を手渡し告げたかったんだ。
君のいないこの世界の、なんと無意味な事か。
私も逝こう。
キリが先陣を切って待っているであろう、死地へ。
ごめんね、キリ。
もう君から離れたりしないから。
雪の上にキリを横たえ、私はその隣に仰向けに寝てキリの冷たい手を握って・・目を閉じた。
ああ・・疲れた。
何もかもに、疲れてしまったよ、キリ。
次に目を覚ましたら・・キリはいてくれるだろうか・・・
もう誰も、何も、私から奪うことは出来ないね・・・
タイトル右の名前をクリックして、わしの話を読んでみてちょ。
4時間くらい平気でつぶせる量になっていた。ほぼ毎日更新中。笑う。
ほぼ毎日短編を1つ書いてますが、そろそろ忙しくなるかな。随時加筆修正もします。




