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バーテンダーは名探偵?  作者: freedomlife
追憶の彼方に
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もう一度、立ち上がれ!

 長く寒い冬が終わり、南から暖かい風が吹き、街中に桜の花びらが舞う季節。

 祥次郎は、秋音とともに拘置所に来ていた。


「ここに、若菜ちゃんが収監されているんだね」

 秋音は、目を細めながら高い塀に囲まれた白亜の建物に目を遣った。


 塀の扉が開き、二人は職員の案内で面会室へと通された。

 面会室に入ると、窓の向こうには象牙色の囚人服を着た若菜の姿があった。

 職員はそのまま、二人の隣に座り、ズボンからメモ用紙とペンを取り出した。

 おそらく、面会中の談話内容を聞き取ってメモするのであろう。

 正直、監視されながらの面会は肩身が狭いが、今の二人には若菜と会って話しをしたいという思いの方が勝っていた。


「お久しぶりね。若菜ちゃん」

 秋音は、窓越しにやさしく声をかけた。


「おひさしぶりです。こんな格好でスミマセン」

 若菜は、うつむき加減で、秋音から目線を外すかのような姿勢で話し、ペコっと一礼した。

 長く無造作に伸びた髪を後ろでまとめ、少し生気の抜けたような顔をしていたが、表情にはわずかながら笑みが見えた。


「え?元気そうじゃん。こないだ病院で会った時は、今にも死にそうな顔してたからさ」

 祥次郎は、笑いながら話しかけると、秋音はムッとした顔で祥次郎の膝をつねった。


「イタタタ…じょ、冗談っスよ、秋音ちゃん」


 祥次郎は苦虫を潰したような顔で秋音の方を向いた。

 すると、窓の向こうから、若菜がクスクスと軽く笑っているのが聞こえた。


「相変わらずね、マスターと関口先生。うらやましいなあ、仲良さそうで」

「じょ、冗談言わないでよ!私はいつもマスターに振り回されて、こう見えても結構苦労してるんですからね」

「そうですか、でも今の私には、そうやって冗談言い合える場所が無くて」


 若菜が何気なく言った言葉を聞いて、秋音はハッと我に返り、若菜の顔を見つめた。


「ご、ごめんね。この場所じゃ、冗談なんか言えないよね」

「良いんですよ。それより、今日はわざわざ会いに来てくれて、ありがとうございます」

 若菜は、軽く頭を下げた。

 徐々にしんみりとしてきた雰囲気を変えようと、祥次郎は軽く咳払いし、口を開いた。


「若菜ちゃん。とりあえず野口は詐欺罪で逮捕されて、こことは違う拘置所に入っている。きっと若菜ちゃんも色々聞き取りされたと思うけど、お父さんの会社を乗っ取ったのは、野口が主導していたんだってね」

「そうです」

「でも、何でその野口の言うことを聞いて、あんなひどいことを?」


 すると若菜はうつむいた姿勢のまま、しばらく何も言葉を発さなかった。


「あ、別に話したくないなら良いんだよ。辛いよね。思い出したくないもんね」

 秋音は慌てて若菜をフォローした。


「私は、ただ、復讐したかっただけなの。私の父の会社にさんざん嫌がらせした挙句、乗っ取られ、私たちの家族をどん底に追いやったあいつらが許せなかった」

「あいつら?」

「井上産業っていう横浜の不動産取引業で、私の父の経営していた「田崎総業」を乗っ取ろうとしたの。父の会社が売掛金を完済していないからって、さんざん嫌がらせしてきて。借金して、自宅まで売っても足りなくて、その時父が知り合いの弁護士に泣きついて紹介してもらったのが、野口さんだった。あの人が間に入って、父の会社があいつらの会社に吸収合併されることを条件に債権の一部を放棄してくれた。でも、私たち家族を辛い目にあわせたあいつらが本当に許せなかった。父は高齢でもう長く仕事はできないから、いつか私が父の会社を立て直し、借金を完済し、あいつらから独立して見返してやろうって思ってた。そのためには、大学に行こうって。でも私の家には、大学に行けるほどのお金が手元に無くて。悔しい思いをしていた私を見兼ねた野口さんが、『アルバイトでいいから、私の仕事を手伝いなさい』って言って、この私を助手にしてくれて。そして…」


 言い終えると、若菜は横を向き、両手で顔を押さえた。


「ありがとう、若菜ちゃん」


 秋音は、優しい声で若菜をねぎらった。

 若菜のすすり泣く声が、窓越しに聞こえてくるのが切なかった。


「すみません。そろそろ面会時間が終わりになりますので」

 職員は時計に目を遣り、祥次郎と秋音の耳元で時間が無くなってきていることを告げた。


「じゃあ、私たちは帰るね。今度また時間が空いたら、会いに来るからね」


 秋音は立ち上がると、軽く手を振った。

 すると、若菜は顔を覆っていた手を離し、まっすぐ秋音の顔を見つめながら話した。

「先生、私、早くここから出て、もう一度大学を受験しますね。折角予備校に通ってたのにもったいないし、何より大学で勉強して父の会社を立て直したいし、そして…私を世話してくれた野口さんに、ちゃんと受験して大学に入って、私の成長したところを見てもらいたいから」


 そういうと、若菜はぺこりと頭を下げ、立ち上がると、傍にいた職員に付き添われながら面会室を出ようとした。


「若菜ちゃん。君は野口のことをどう思ってるんだい?君は、野口に良いように操られていたのは間違いない」

 背中を向けた若菜に祥次郎が問いかけると、若菜は後ろを振り返り、笑みを浮かべた。

「感謝してます。ただ、私を犯罪に使ったことは、許せないけど」


 それだけ言うと、若菜は背中を向け、面会室から出て行った。


「若菜ちゃん!辛いだろうけど、必ず戻って来いよ!俺たちも、『メロス』で待ってるからな」


 祥次郎は、大声で若菜に呼び掛けた。

 若菜は何も言わず、面会室から出て行ったが、ちらりと見えた横顔には、かすかに笑っているように感じた。


 □□□□


 東京地裁で江坂裕恒の殺人に関する裁判が開廷し、若菜は素直に自らの行為を認めた。

 若菜は懲役10年の実刑判決となった。

 若菜は控訴せず、身柄はそのまま刑務所へと送られた。

 一方の野口三喜雄は別法廷で審議され、詐欺罪と殺人教唆罪について争われた。 野口は詐欺罪は認めたものの、殺人教唆罪は、若菜が自分でやったことだとして、一貫して否認していた。

 結果として両方とも実刑判決を受けたものの、本人は殺人教唆については控訴し、高裁で引き続き審議されることになった。

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