彼女の目的
祥次郎と秋音は、警察署で夜が更けるまで取り調べを受けた。
宇都宮は、バー「メロス」で度数の高い酒を飲まされ、急性アルコール中毒になったという客のリストを見せた。
「このリストに名前が載っている4人は、いずれも「メロス」でウイスキーを飲んでいるんだ。店のバーテンダーにスコッチを注文し、出されたものを飲み、数日のうちに急性アルコール中毒にかかり、通院もしくは救急車で運ばれた人もいるんだ。受け入れた病院の方で不思議がって警察に通報してきてね、で、我々で調べた結果、同じような症状を訴えた人がこれだけ居たってわけ」
そう言うと、宇都宮はペットボトルの茶を喉に流し込み、大きくゲップをした。
「宇都宮刑事……今のはちょっと下品ですよ。秋音ちゃんは年ごろの女性なんですから、もう少し自制したらどうですか?」
祥次郎はしかめっ面しながら、宇都宮の額を指さしてたしなめた。
「ケッ!まだ分かってないようだね。あなた方の店で酒を楽しんだお客さんが、何人も病院に運ばれてるんだよ?その責任の重さを分かってないようだな。それに比べりゃ俺のゲップなんざ、かわいいもんだよ、な?秋音ちゃん、そうだろ?」
そう言うと、宇都宮は再び大きなゲップをし、大笑いした。
「それはそれ、これはこれよ。それに、私たちはまだ犯人だって決まったわけじゃないでしょ?なのに犯人と決めつけ、見下すようなマネはしないでくれますか?」
「ハハハハ、それはどうかな?そのリストに載ってる4人のお客さんに、我々はちゃんと聞き込みもしてるんだよ。酒を出したのは、最近入ったばかりの若い女の子だったってさ。その子は、高校を出たばかりで、昼は予備校に通ってるって自分で話してたらしいぞ?仮にその子がやったとするならば、あんたたちも監督者責任が生じるし、大体、未成年をバーで夜遅くまで働かせるのは法律違反だってことは、十分わかってるよな?どちらにせよ、言い逃れはで・き・な・い・ぞ~」
そういうと宇都宮は大笑いし、今度は取調室中に響く位大きな音のオナラをした。
「く、くやしい……マスター、私、すっごく悔しい!」
「秋音ちゃん、今は我慢の時さ。気持ちは分かるけど、ちょっとだけ我慢しよう」
そう言うと祥次郎は椅子から降り、床に跪き、手を付いて頭を下げた。
「刑事、俺たちは確かに、未成年と知りながらあの子を働かせてしまった。そのことは言い逃れできない。素直に謝ります。ごめんなさい!」
「マ、マスター、ちょっとやめてよ!何でいきなり土下座するのよ!」
宇都宮は、ニヤッと笑うと、祥次郎の隣にしゃがみ込み、頬杖をつきながらその姿を見つめてほくそ笑んでいた。
「わかりゃいいんだよ。まあ、この件については、ちゃんと調書に記録しとくからな。一応、書類送検は覚悟しとけよ」
そう言うと、宇都宮は祥次郎の腰のあたりに手を回し、体を抱き起すと、椅子に無理やり座らせた。
「さ、取り調べはまだ終わっちゃいないぞ。それで、酒を提供したというその女の子の事、色々聞かせてもらおうかな?」
祥次郎は、申し訳なさそうな顔で椅子に座りつつも、口を一切開かなかった。
「おや、何も知らないっていうのか?自分の店が訴えられるかもしれない問題なのに?もう二度と店を開くことができなくなるかもしれないのに?」
「や、やめてよ!変な冗談はやめてください!」
秋音は、ニヤニヤしながら挑発的な言葉を投げかけてくる宇都宮の言葉に、たまらず金切り声で言い返した。
「秋音ちゃん、いいんだよ」
祥次郎はそう言うと、ひと呼吸して冷静さを取り戻しながら、宇都宮の方を向いてようやく一言を発した。
「彼女については、うちの店に関する範囲のことしか分からないが、それでもいいかな?」
「ああ、いいよ。何でもいいから、聞かせてくれ」
「あの子は秋音の勤める予備校の生徒で、好奇心とアルバイトをしたい一心でうちの店に入ったんだ。未成年だし、受験を控えていることもあって、我々も正直彼女には不安を抱えていたけど、お客さんと積極的に会話したり、皿洗いとかも一生懸命やってくれた。怪しい所は何も感じなかったというのが、僕の本音だ」
「それだけかい?皿洗いだけじゃなく、酒をお客さんに提供していたんだろう?」
「忙しい日は、僕と秋音ちゃんだけじゃなかなか手が回らなかったからね。本当はまずいことなんだけど……ついついアルバイトの若菜ちゃんに、お酒を作ることも任せっぱなしになってしまったことがあったよ」
「まあ、雇用側の責任が足らなかったことも悪いが、彼女はなぜ、不自然に度数の高い酒を提供していたんだろうな。酒の度数が強いことなんて、酒瓶見れば分かるだろうし、その前に、お客さんからアルコール度数についてちゃんと説明しなかったのか?」
「そう思うんですがね。我々としては、正直今、刑事に話を何もかも聞かされてびっくりでしたよ」
「え、ショウちゃん、本当に、何も知らないのか?」
「知りませんでした。ごめんなさい」
すると、宇都宮は椅子から立ち上がり、祥次郎のすぐ隣に立ってしゃがむと、祥次郎の頭を手で何度も撫でながら、不敵な笑みを浮かべた。
「ショウちゃん……忠告しておくが、下手にやせ我慢するのはいけねえぞ。あまり自分の中に溜めすぎると、俺みたいに沢山持病を抱えることになるんだぜ」
そう言うと、祥次郎に顔を近づけて、再び大きなゲップをした。
「うわっ!胃液くさいゲップだな!」
「ぐははは、昔から胃は良くないんでね。臭かったらごめんよ」
そういうと宇都宮は部下の警察官に何やら耳打ちし、取調室を後にした。
警察官は祥次郎と秋音の元に近づき一礼すると、口を開いた。
「お疲れさまでした。これで取り調べは終わりです」
「え?おわり?」
「そうです。さ、こちらへどうぞ」
警察官はニッコリ笑って頷くと、二人を先導し、警察署の外へと案内した。
「宇都宮刑事、あまり追及してこなかったわね」
「いや、彼はたぶん、分かっているはずだよ。この俺が若菜ちゃんについて店以外のことも色々知ってるはずだ!とね。だから彼は、やせ我慢するんじゃないって忠告してたじゃん」
「そうだよね。たぶん偽名使ってエクセリアスホテルで働いてたことも知ってるよね」
「それはどうだろう?エクセリアスホテルの客とうちの店に来る客は、あまり被らないからね」
そう言うと、二人はバー「メロス」に到着し、暗くなった店内に灯りをともすと、若菜の履歴書を探し出した。
「あ!あったよ、マスター。これだよね?」
秋音は、帳簿などが入ったキャビネットの中から、1枚のB4サイズの紙を取り出すと、祥次郎に手渡した。
「たしかに、『予備校通学中』になってる。年齢も19歳だし。書いてある連絡先は本人の携帯電話かな?とりあえず、電話するか」
祥次郎は、店の電話から若菜の携帯電話に架電した。
「もしもし?」
「若菜ちゃん?俺だよ、「メロス」の岡崎だよ。受験勉強の具合はどうだい?」
「あ、マスター、こんばんは。私の受験勉強はご心配なく、大丈夫ですから。今は1日7時間から8時間は勉強してるかな?」
「おお、頑張ってるね。そんな中で電話して申し訳ないんだけどさ、聞きたいことがあるんだ」
「何ですか?一体……」
「若菜ちゃん、うちのお客さんに、アルコール度数の高いお酒を飲ませたりしなかったかい?何人ものお客さんが、店を出てからアルコール中毒のような症状になって、運び込まれているんだ」
「え?それって、私が作ったお酒が原因なんですか?」
「お客さんの証言では、最近入ったばかりの若い女の子が作ったウイスキーの度数が高かった、ということなんだよ」
「どうしてわかったんですか?」
「どうしてって……若菜ちゃん、自分でそう言ったらしいぞ、お客さんに。高校を出たばかりで、予備校に通ってる話もね」
「そ、そんな!私をみんなして疑っているのですか?」
「ああ、悪いけど、他には思いつかないよ」
「ひどい、マスター!私がそんなことするように見えるんですかぁ?」
「若菜ちゃん、もう1件、似たような話を聞いたんだ。「エクセリアスホテル浜松町」というホテルで、ホテルの御曹司がアルコール度数の高いウイスキーを過度に摂取し、それが引き金になって病気にかかり、亡くなったという事例があるんだよ」
「それも、私なんですか?ちょっと、いい加減にしてもらえますか?」
「酒を提供したのは「ユキちゃん」という店員らしいな。若菜ちゃんとそっくりの、若い女の子だったらしい」
「!?」
その瞬間、受話器の向こうの若菜の言葉がぴたりと止まった。
そして、その後、全く物音も立てないまま、1分近く時間が経過した。




