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バーテンダーは名探偵?  作者: freedomlife
追憶の彼方に
30/50

根拠はないけれど

寺下の表情は、焦燥しきっているように見えた。

 江坂裕恒の死因は、どう考えても病死であった、殺されるような動機は、聞き込みからも、本人の行動や人間関係を調べても、見つからない……寺下から借りたファイルには、しっかりそう結論づけられていた。

 それが、祥次郎がたった2日でその結論を翻してしまい、大きな驚きだったようである。


「そうですか、じゃあ、裕恒様は他殺だというのですね?」

「う~ん……ま、今の段階では、断定はできないですけどね。他殺の可能性もあるな、という感じですかね」


 すると、寺下は立ち上がり、祥次郎の前に立ち、指を顎のあたりにあてて、怪訝そうな表情で祥次郎を見つめた。


「具体的に、どのあたりでそう思ったのでしょう?私どもは何度調べても、そんな答えは出てきませんでしたよ」

「まあ、これはバーテンダーの勘、というやつですな」

「はあ?」


 祥次郎は、1枚の写真を寺下に渡した。

 先日、エクセリアスホテル浜松町のバー「フロイデ」でバーテンダーを務める小野田にも見せた、外資系リゾート会社である「ウイングリゾート」の篠田ケインズが裕恒と一緒に写っている写真である。


「え、これって、裕恒様がケインズさんと一緒にお酒を飲んだ時に撮った写真ですね。これが、死因とどう結びついたんですか?」

「寺下さん、この2人、時間さえ合えば一緒に飲み歩いていたみたいですよ。裕恒さんは元々お酒が飲めなかったのに、ケインズさんが裕恒さんにひっきりなしにお酒を勧め、そのうちにお酒が好きになっていったそうです」

「それだけで、死因になるんですか?」

「ケインズさんは、相当度数の高いスコッチが好きだったようです。そのお酒を全く飲めなかった裕恒さんにしきりに勧めたようです。最終的に、裕恒さんはそのお酒を飲めるようにはなったようですが、慣れないお酒を体に注ぎ続けることは、内臓への負担が大きかったのではないかと思います」

「それは、お付き合いもあったんじゃないですか?裕恒様とケインズ様は、大学時代からずっと親交が続いていて、今は仕事上ライバル関係になってしまいましたが、仕事を抜きにして時々飲みに行くと話していましたよ」

「一応はライバル関係、ですか」

「そうですね。ケインズ様の会社『ウイングリゾート』は本拠地がロンドンなのですが、日本に進出後は、あちこちの旅行会社を吸収合併し、どんどん資本力を付けてきていますし。エクセレントグループでも、経営陣が相当警戒しているようですから」

「そうですか」


 祥次郎は、ファイルをめくり、裕恒の病状について記載した部分を読み直した。


「お亡くなりになる2年ほど前から、少しずつですが、食道がんの初期症状のようなものが出ていたようですね。最初は逆流性食道炎の判定を受けたそうですが、嚥下えんげ症状がひどくなって、別な病院を受診したら、食道がんだったことが判明したようです。本人はここ2年間も、ケインズさんから飲みに誘われ、出かけていたようです。がんであることを隠して、何でそこまでお付き合いしたのでしょうかね?」


 寺下は、手帳を取り出し、関係者への聞き取りや調査した内容を再度調べた。


「裕恒様は、昔から食が細く、がんの要因となった逆流性食道炎は2年前よりも以前に発症していたようですが。ですから、お酒は死因としては関係ないのでは?」

「それはどうかな?」


 祥次郎は、かばんの中から、裕恒がバー「フロイデ」にキープしていたというボトルを取り出し、寺下に手渡した。


「この酒はスコッチですが、相当な度数で、お酒が弱い裕恒さんが飲むには相当キツイと思いますがね」

「このお酒を、毎度飲んでいたというのですか?」

「そうですよ。あとでご自宅に帰ってから飲んでみては?あまりの強さに、この私ですら吐き戻してしまいましたので、チビっと飲むくらいにしておくといいですよ」

「あはは、私はこう見えても結構お酒は強いんで、それは大丈夫です」


 寺下は笑いながら、ボトルを受け取った。


「岡崎さんは、このボトルが、裕恒様の死因に関係しているというのですか?」

「まあ、自信はないですが、可能性の1つかな、と思えるんですよね。お酒の弱い人、ましてや食道炎を患っている人が飲む酒じゃあないですね。あ、ここからは私の推理ですがね」


 祥次郎は、立ち上がると、手のひらを後ろで組み、窓の向こうにそびえる高層ビル群を眺めながら、独り言をつぶやくように語りだした。


「ケインズさんが勤めているウイングリゾートについて自分なりに調べたんですが、これまで国内外のリゾート地のホテルやコテージを手広く手掛けてきたようですね。けど、東京や大阪などの都市型ホテルについてはまだ手薄で、これから本格的に手掛けていくようです。海外ではシンガポールやロンドン、香港などで都市型ホテルを展開し、実績もある。だからこそ、日本での実績は手が出る程欲しいはずです。都市型ホテルについては、国内のシェアはエクセレントグループが相当な実績を持っています。ウイングリゾートにとっては、目の上のたんこぶであったに違いない」

「つまり、ケインズさんには、裕恒さんを殺害する動機があるってこと?」


 秋音は、祥次郎の言葉に反応するかのように尋ねた。


「まあ、私の推理では、ね」


 祥次郎は、後ろを振り向くと、冷静に答えた。

 すると、寺下はフフッとと笑いながら、首を左右に振った。


「あの、ケインズさんと裕恒様の仲はご存知ですよね。私が手渡したファイルにも書いてありますが、大学時代はゼミやサークルも一緒で、それ以来ずっと長い付き合いをしているんですよ。自宅にも遊びにくるほどの仲で、お父さんである社長も、ケインズさんをよく知っていますし、一目置いています。私もお会いしたことがありますが、性格も温厚で、何事にも情熱的に取り組む方です。裕恒様を殺害するなんて、冷静に考えてもあり得ないと思いますよ」


 祥次郎は窓際を離れ、寺下に歩み寄ると、耳元でささやくように話した。


「信頼できる人物なのかもしれませんが、アリバイはないんですよね?ケインズさんの……」

「確かにありません。念のため調査はしたのですが、裕恒様が亡くなられた当時はロンドンの本部へ出張して不在でしたし、殺害することは不可能と判断しました」


 祥次郎はソファーに戻り、ファイルを読み返した。


「そうですね。亡くなられた前の2か月ほど、ロンドンに居たようですね。その後、裕恒さんの葬儀のため帰国されたようですが」

「我々も、葬儀の際、ケインズさんに会いました。涙を流し、悲痛な表情でしたね」

「このファイルの通りなら、ケインズさんが直接手を下して殺す、なんてことは

 出来ないはず。検視結果も、病死となっている。でも、本当に病死だったのか?ここがポイントです、寺下さん」

「何を……おっしゃりたいのですか?」


 祥次郎は、ニヤッと笑って、先程寺下に渡したボトルを片手でつまみ、左右に大きく振った。


「ジャポジャポって音がするでしょ?結構な量が残ってるんですよ。ケインズさん、裕恒さんが死んで以来、バー「フロイデ」には姿を見せていないんですよ。不自然だと、思いませんか?」

「だ、だって、親友の裕恒様がいなければ、わざわざ「フロイデ」で飲む必要はない、ですよね?」

「その通り。必要はない。でも、それって、一緒に飲む親友がいなくなったから、だけでなく、目的はコンプリートしたから、と考えられませんか?」

「コ、コンプリート?」

「そう考えられませんかね?」


 祥次郎は、寺下の顔を覗き込むように顔を突き出し、目を大きく見開いた。


「いや、でも、それはあくまであなたの推理ですよね。物証はないし、何より本人の証言が無ければ、我々も真に受けることはできません。岡崎さんがケインズさんの動向が気になるならば、それはきちんと証言をとるべきですね」


 祥次郎は少し頭をひねったが、やがて小さく頷き、秋音の背中を叩きながら目配せした。


「しょうがないな。ケインズさんに会うか、秋音ちゃん」

「う、うん。でも、私たちが急に押しかけても、会ってくれるの?」


 すると、寺下はおもむろに手帳と携帯電話をポケットから取り出し、そそくさとボタンを押した。


「あ、ケインズさんですか?私です、エクセレントグループの顧問弁護士をしている寺下です。お久しぶりですね。実は今、あなたに会って話を聞きたいという方がおりましてね。これからお伺いしても……え、は、はい。え、大丈夫ですか?それでは、今から私も一緒に伺いますので」


 会話が終わると、寺下はため息をつき、気分を落ち着かせた後で口を開いた。


「ケインズさん、午前中は会議があるので、午後からならいいそうです。高輪に本社があるので、一緒に行きましょう」

「あ、ありがとうございます!」

「私たち、ケインズって人に会えるのね?この人が今回の件の鍵を握ってるんでしょ?」

「たぶん、ね」

「た、多分って!ちょっと、無駄だと分かってることに時間をかけないでくれますか、マスター!」


 呆れかえる秋音を横目に、祥次郎は笑いながらかばんを手に、立ち上がった。


「じゃあ後で。頼りにしてますよ、寺下さん。秋音ちゃん、このビルの近くに美味しそうなそば屋さんを見つけたんだ。そこで一緒に腹ごしらえして、またここに戻って来ようや」

「え、ちょ、ちょっと、マスター!待ってよ!」


 秋音も慌てても立ち上がり、祥次郎の後を追った。

 ケインズが裕恒の死に、どの程度関わっているのか……未知数な所はまだ多いものの、祥次郎は自分なりに確証を得ている様子であった。



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