本心
つい先ほどまで賑わっていた店内に誰も客が居なくなり、祥次郎は、肩を落とし、食器棚からグラスを1個取り出すと、氷を数個入れ、ウイスキーを注ぎこんだ。
祥次郎はウイスキーを喉に思い切り流し込むと、ため息をつき、その後しばらくうつむき加減のまま身動きしなかった。
「マスター、大丈夫?起きてる?」
心配になった秋音は、祥次郎の背中をトントンと叩き、横からその表情を覗こうとした。
「秋音ちゃん!さっきの話だけど」
いきなりガバッと顔を上げ、目を大きく見開いた祥次郎は、そのまま秋音の目をしばらく直視した。
「な、何よ!突然睨みつけて怖いんだけど」
「たぶん、たぶんだけど、理香さんを追放するための用意周到なシナリオに基づいていると思うな」
「シナリオ?一体、誰がそんなことを」
「理香さんが盗難の犯人と思わせるため、理香さんが1人でシフトに入った日を狙って、雰囲気がそっくりな佐久間さんにアズレージョ盗難を指示した。その場面は警察に証拠として差し出すため、しっかり防犯カメラに残した。トイレにアズレージョを戻した時もそう。佐久間さんに指示し、証拠としてその場面を防犯カメラに残した。でも、重田さんが見せてくれた防犯カメラには、盗難の場面は何も映っていなかったが…これは、俺にも良く分からんのだよ。何の目的か、さっぱりわからないんだ」
秋音は、グラスを洗いながら、祥次郎の言葉に聞き入った。
確かに、重田はなぜ、何も映っていない映像を見せてきたのか?事件があったのであれば、防犯カメラに盗難の場面が映っていないのは不自然でしかない。
「明日‥重田さんに会いましょうか?それから、社長にも、ね」
「そうね。この件は、重田さんに聞くしかないわ」
※※※※
翌朝、祥次郎と秋音は、ウエストサイドホテル新宿へ向かった。
ドアが開き、フロントに着くと、奥の方から突然、罵声のようなものが聞こえてきた。
声の主は時々狂ったかのように叫び、時々机をたたく音まで聞こえてきた。
「だ、誰なんだろう?社員同士?クレーマー?」
「聞いてて何だか憂鬱な気分になるわね」
祥次郎と秋音は、顔を合わせながらしばらくその場に立ち尽くした。
しばらくすると、奥の部屋から重田が姿を現した。
何事も無かったかのような表情で、にこやかに微笑みながら、二人の元へと足を進めてきた。
「昨日は不在ですみませんでした。突然、社長に呼び出されたもので」
「いや、うちの方こそ、所員が何度も御社の業務中にお邪魔して、申し訳ありません」
祥次郎が頭を下げると、重田の先導で、祥次郎と秋音は数多くの美術品が飾られている控室に案内された。
祥次郎は控室に入ると、テーブルを挟んで重田と向かい合わせのソファーに腰かけた。
「さて、探偵さん、今日はどのようなご用件でしょう」
重田は、他の従業員が用意したお茶を二人に勧めながら、訪問の理由を聞きだそうとした。
「実は、昨日、こちらにいる関口秋音が聞き込みをし、再度こちらのホテルに設置されている防犯カメラを確認しましてね。そしたら、先日警察に任意同行された池沢さんと似た人物が映っておりました。でも、その方は池沢さんでなく、秘書室の佐久間さんであることが判明したんです」
「え?そうだったんですか?じゃあ、佐久間がこの盗難事件にかかわっているというのですか?」
重田は、口を押さえ、これまでの冷静な表情から一転、驚きの表情を見せ始めた。
祥次郎は、重田の表情の変化を確かめつつ、説明を続けた。
「彼女とは昨日会って話を聞いたんですが、本人の意思ではなく、社長の命令とのことでした。ということは、社長の命令に従って盗難事件を起こした、ということになるんですがね」
「な、何を言ってるんでしょうね。秘書ともあろう立場の人間が、社長に罪をなすりつけるとは、本当だとしたら言語道断ですね」
重田は、祥次郎の口から次から次へと聞かされる事実に、少し動揺している様子だったが、再び、何事もなかったかのような冷静な表情に戻り、祥次郎の話に耳を傾け続けた。
「佐久間さんの事件への関わりについては、現在警察の方で調査しておりますので、この話は置いといて‥重田さん、あなたに関するお話です」
「私が?何かしたとでもいうのですか?」
重田は、きまりが悪そうな表情で、下方から祥次郎を睨みつけるように見つめながら、話に聞き入っていた。
「こないだ、私どもがあなたに見せてもらった、アズレージョ盗難当日の防犯ビカメラの映像ですが‥犯人の姿らしきものは何も確認できなかった。男子トイレには、防犯カメラがないと言っていた。しかし、いずれも昨日確認したものと内容が違った。一体どういうことなのか、お聞かせいただけないでしょうか?」
「さあ…犯人は、このホテルにはいなかった、ということじゃないですか?」
「それでは、昨日ここで確認した映像と、矛盾が出てきますよね?あの映像はどう説明すればいいんですか?」
祥次郎から次々と繰り出される事実に、重田は、思わず返す言葉を失ってしまった。
「坂口さんをこちらにお呼びいただけますか?坂口さんに見せていただいた映像に映っていたので。」
「残念ですが、それは出来ません」
重田は、無機質な表情で、あっさりと答えた。
「どうしてですか?会社の方針ですか?」
「そうではありません。彼は先ほど、関係子会社への出向辞令が出されたからです」
「マ、マジ?」
重田の口から出された「出向」という言葉に、秋音は驚愕した。
「明日からは、当ホテルの系列会社である千葉県のゴルフクラブに移籍となります。先ほど彼にはその旨を告げまして、本人も受け入れてくれました」
「そんな、どうして急にそんなことが決まったんですか?」
「‥それはわかりません。決めるのは本部ですから」
「私たちに、犯人が映っている映像を見せたから?」
「それは、私からは言えません」
「それと、さっきここに到着した時、物凄い怒声が聞こえてきたんですが、あれはあなたではないんですか?」
「それも、私からは言えません。何かの聞き間違いでは?」
「どうして?どうして口をつぐむんですか?いい加減、正直になったらどうですか?」
「何に対して正直になれと?あなたがたこそ、いい加減にしてください。これ以上当ホテルのことに首を突っ込むようでしたら、営業妨害で警察に通報しますよ」
「どうぞ、ご勝手に。その警察には、先日私どもから説明をして、一応納得は頂いております。池沢さんも、証拠不十分で無罪放免になるようですからね」
「え?池沢がですか?どうして池沢が警察に?」
「証拠として出された、犯人が映っている防犯カメラの映像が、結局は別人であったこと。そして、盗難事件そのものが、やらせによる作り話だったこと。全て、警察にはお話しました」
「証拠?あの映像、警察に出されていたんですか?」
「おや、ご存じないんですか?そのため、池沢さんは警察に任意同行されたんですよ。私どもが証明しなければ、逮捕される可能性もあったんですよ!」
「‥池沢は、まだ、警察署に?」
「そうですね。でも、もう間もなく放免になると思いますよ」
「わかりました」
「一体、何で、何も映っていない映像を私どもに見せたんですか?」
「それはやっぱり、お話は出来ません」
祥次郎がいくら言葉をぶつけ、証言を求めても、あくまで頑なに証言を拒否する重田に対し、秋音は、両方の手のひらを上にし、やれやれと言わんばかりの表情を見せていたが、祥次郎は椅子から立ち上がり、しばらく、重田の周りをウロウロとうろついた後、再び椅子に座り、微笑みながら話しかけた。
「支配人さん、私の事務所に来ませんか?夜になると、カクテルバーをしているので、お酒を飲みながら、色々お話しましょう」
「すみません、お酒はそんなに好きというわけじゃないんで」
「いや、お酒の量はほんのわずかでもいいし、ノンアルコールのカクテルもありますよ。ここは仕事場ですし、防犯カメラで四六時中見張られているし、社長さんがふらりと来る可能性もある。お互いフランクに話し合い‥という雰囲気になれないと思うんですよね。だから、私の事務所兼バーに来てみてはいかがでしょうか?」
祥次郎の提案を聞いて、重田はしばらく考え込んだが、やがて椅子から立ち上がり、
「いいでしょう。シフト上、今夜は非番ですし、明日は休みなので。ただ、私も家族がいますし、そんなに長居は出来ないと思いますよ」
「ありがとうございます。いいんですよ、長居しなくてもいいんです。それでは、お待ち申し上げます」
祥次郎は立ち上がると、微笑み、重田に右手を伸ばした。
重田は、その手をしっかり握ってくれた。
「じゃあ秋音ちゃん、帰ろうか。今日は支配人さんのためにも、美味しいお酒を用意しなくちゃね」
「え?マスター、もう帰るんですか?これ以上何も聞かないんですか?」
秋音は、この事件の重要な証人である重田が目の前に居て、十分に聞き込みをしないまま帰ろうとする祥次郎の返事に戸惑いながらも、
「とりあえず、それは、お酒を交えながらね」
そう言うと、祥次郎はドアへと歩みだし、頭を下げた。
「それでは、失礼します。秋音ちゃん、帰るぞ」
祥次郎は秋音を手招きし、二人揃って控室を出て行った。
重田の表情は、一見変わらないように感じたが、最初二人を出迎えた時と比べると、眉間にしわが寄り、険しさを感じた。
果たして重田は、祥次郎のバー『メロス』に姿を現し、真実を語っててくれるのだろうか?




