ストロング山月記
ストロングゼロなる人物は才覚に溢れていて、自ら(の肝臓)に自信を持っていて、上司の覚え(飲みの席での一発芸が上手かった)も良く、若くして窓際族として頭角を現し(酔った勢いで全裸になり路上に飛び出す不始末の為に)、仕事を辞めることになって詩を綴り始めた。
女子社員に「おはよう」と言っただけでセクハラ扱いされる俗悪な会社とは縁を切って好きなだけ酒を飲みながら詩作に耽った。
しかし生活は次第に困窮し、ストロングゼロは焦燥と手足の震えに駆られて遂に泣く泣く底辺期間工に甘んずることになった。もちろんこれは己が詩業に絶望したためである。ツイッターで“お仕事募集中”と明記しつつ自作の詩を投稿していても一向にどの出版社も連絡をよこさぬ現実がストロングゼロの自尊心と肝臓を如何に傷つけたかは想像に難くない。
ある日、ストロングゼロは発狂した。飲み屋街へ駆け出し以降、特に誰にも捜索されることは無かったものの、彼の行方は杳として知れず。
翌年、黒霧島なる人物が残月の光を頼りに夜道を歩いていた時、くさむらより突如一匹のストロングゼロが躍り出た。すわ暴漢か!? あわや黒霧島に襲い掛かるかと見えたが身を翻しくさむらへ隠れる。
「おえぇ~、おえぇ~」
それは虎の鳴き声……にはまるで似ず、どうにも人の嘔吐? のようであった。
「おえぇ~、あぶないところだった」
ストロングゼロが言った。黒霧島は咄嗟に叫んだ。
「誰だ!?」
暫く返答は無く、ただ、しのび泣きと思われる微かな声が漏れるばかり。黒霧島はそれならばと立ち去ろうとしたが、ふいにくさむらから語りかけられた。
「如何にも、おれはアル中である」
黒霧島はその返答を怪訝に思いつつも何故くさむらから出てこないのかと問うた。
「どうしておめおめとこの無様を人前に晒すことができようか。今も君をストロングゼロ500ml缶と見間違えて襲おうとした」
くさむらからは意味不明な供述が聞こえてくるばかり。後で考えれば不思議なことだがこの時、黒霧島はこの超自然の怪異を(?)、素直に受け入れて怪しもうとしなかった。
くさむらの傍らに立ち、酒臭い見えざる声と対談した。
ストロングゼロは黒霧島に、自分がどうしてアル中になったのかを語った。
今から一年ほど前、しこたま飲んで出先の民泊で泊まった夜のこと、ふと目を覚ますと戸外で誰かが我を呼んでいる。声に応じ外へ出ると闇の中からしきりに自分を招く。
「ストロングゼロ、ストロングゼロよ」
無我夢中で山林に入り声の導きのままに進むとやがて小さな泉のほとりへとやってきていた。声は泉の清らかな水面より聞こえてくるようであった。
「ストロングゼロよ」
水面が隆起し、女神がストロングゼロの前に姿を現した。
「そなたが落としたのはこの【金のストロングゼロ】か? それともこの【銀のストロングゼロ】か? あるいは人としての尊厳であろうか……」
何かよくわからないが深そうな台詞を吐いて女神はため息をついた。
時に、残月は冷ややかに水面にたゆたい、ストロングゼロはくしゃみをした。
「おれは……おれが無くしたものとは何か。わからぬ。わからぬ……」
「おお、正直者のストロングゼロよ。ストロングゼロ一年分をそなたに進呈しよう」
いつの間にかストロングゼロはその両腕に、365缶のストロングゼロを抱えていた。
そして自分はアル中になったのである。ストロングゼロはそう黒霧島に語った。
「なるほど、何一つ解せぬ」
酔漢の妄言甚だしく、これ以上付き合い切れぬと悟った黒霧島は千鳥足でその場を後にした。これはきっと、酒に酔った己の心が見せた一夜の幻だったのであろう。黒霧島はしみじみと思う。
「おえぇ~、おえぇ~」
くさむらからは最早獣に成り果てたストロングゼロの悲泣が聞こえてくるばかり。
かようにも酒の過ぎたるは及ばざるがごとし。諸君においてはくれぐれも適量を、その日の体調に合わせて飲まれるがよかろう。
誰もがその裡に、ストロングゼロを飼っているのだから。
酔っているのはストロングゼロか、それともこの私なのか。