閑話 第1近衛副隊長の周囲
ツヴァイに関しての補足的な?話です。
ある日、第1近衛の鍛練場に他部隊の隊長が顔を出した。
丁度鍛練に一区切りがつき、休憩前に班長達が各班毎に隊員を整列させているところだった。
「おいっ、今日ツヴァイはどうした?」
他部隊長がキョロキョロと鍛練場を見回しながら首を傾げていた。
第1の隊長は陛下の護衛に付き、副隊長のツヴァイは休みでいなかったため、代表して普段はツヴァイが纏めている2班の班長が答える。
「はっ!本日ツヴァイ副隊長は有休中であります!!」
「休み?久しぶりに手合わせしたいんだよね。どうせクソ真面目なアイツは休みでも鍛練場にいるだろ?」
確かに普段のツヴァイであれば決められた休みであろうと鍛練場に顔を出し、腕が鈍らないように素振りなり他の休み隊員を捕まえて手合わせなりしている。
なので、他部隊長もツヴァイが休みであることを気にしないで予告なく訪れたのだ。
だが、今日に限っては不在であった。
「いえ!残念ながら本日はお見合いのための休みですので、鍛練場にはいらしてません!」
「はぁ!?ツヴァイがお見合い!?」
「はっ!昨夜から準備のためにご実家のマカダミック伯爵家へ戻られてます!」
そう。今日はお見合いのため、休みと言えど王城内からも姿を消していた。
「まじかよ。・・・まぁ、アイツのことだから実家から無理に話もってこられたとかだろ。堅物真面目なツヴァイだ。上手く断って午後には帰ってきそうだな」
ひとりで納得したように頷く他部隊長。
ツヴァイには過去にも偶にお見合いがあったのだ。
元々、ヴォルレムディル殿下の側近で護衛騎士であるツヴァイにはそこそこ人気があった。
見た目こそ黒髪黒目と華やかさに欠け平凡顔だし、体躯も逞しいので流行りの細身とはかけ離れている。
だが、真面目な騎士の人気は意外と高い。
理由は、誠実で一途そう。逞しく頼りになりそう。真面目なのできちんと働き、賭け事などにうつつを抜かさなそう。等々ある。
ツヴァイはそれに加えて殿下の側近。
王家や上位貴族の幼馴染みが多い。
故に周りの派手さに隠れがちだが地味に人気があったのだ。
副隊長に就任してからはさらに人気が上がり、実家のマカダミック伯爵家には日々見合いの手紙や絵姿が送られていた。
しかし、ツヴァイ本人が兄が結婚するまで、兄に子が生まれるまで、自分に好きな相手ができるまでと宣言して結婚を引き延ばしていたのだ。
まぁ、本人は申し込まれた全体数など知らず、マカダミック伯爵家で断りきれない格上の家からの申し込みだけ知らされていたようだが。
その数少ない申し込みも、ツヴァイは持ち前の堅物度から見合いの場で上手く躱していたのだ。本人はただ自分がモテないから先方から断られて潰れたと思っているが。
その摩訶不思議な勘違いまじりの事実を知っているのは軍の近しい隊員や仲の良い他部隊長や側近仲間ぐらいと少ない。
「いえ!ツヴァイ副隊長から先方に申し込まれたそうです!」
だからこそ、班長の言葉に他部隊長は驚愕した。
「はぁっ!?嘘だろ?何?アイツついにどこぞの令嬢に嵌められて既成事実でも作られたのか!?」
それしかないと他部隊長は顔を顰めた。
事実を知らない令嬢からしたら、謎の鉄壁防御を誇る超優良物件だ。
落とすには既成事実しかないと実力行使に出る者がいてもおかしくはないのだ。
「いえ!我らがツヴァイ副隊長にそのような隙はありません!」
「だよな。あのクソ真面目な鈍感堅物の人を阻む鉄壁防御オーラを突破できる令嬢はそうそういないだろうよ」
そう。ツヴァイは無意識に人を寄せ付けない威圧感のような謎のオーラを放っている。そうとしか思えないほどに令嬢達を寄せ付けないのだ。
だから、既成事実目的で近付かれようとも上手く交わしていて本人はモテていることに気付いてもいない。不思議である。
「・・・じゃあ、何でお見合いなんてすることになったんだ?」
当然の疑問である。
が、愚問でもある。
仲の良い他部隊長ならば知っている事実。
結婚を引き延ばしていた単純な条件だ。
「はっ!何でもツヴァイ副隊長が一目惚れされたそうです!」
「・・・は?」
「はっ!何でもツヴァイ副隊長が一目惚れされたそうです!」
「・・・ひと、何だって?は?」
「はっ!何でもツヴァイ副隊長が一目惚れされたそうです!」
そう。好きな相手ができるまで、である。
「いや、聞こえなかったんじゃねぇーよ!?3回も繰り返すな!!」
「はっ!失礼しました!」
知ってはいても意外すぎて頭が追い付かなかった八つ当たりを班長にしていた。
「いや、うん。わかってた。ツヴァイの部下共もツヴァイに似てクソ真面目な堅物だってな」
「はっ!ありがとうございます!」
「褒めてねぇーよ!?何、揃って良い笑顔見せてんだよ!?」
ツヴァイを上司として尊敬し、共に真面目な堅物と化した彼らはツヴァイに似てると言われ、嬉しそうに目を輝かせ良い笑顔をしていた。
ツヴァイは騎士としての腕が群を抜いて良く、人柄も真面目で思いやりがあり部下だけでなく上司や同僚にも好かれている。
そんなツヴァイを射止めた令嬢。
「で、その奇跡の美女は誰なんだ?」
「――――です」
他部隊長の当然の問いに返ってきたのは、先程までと打って変わって滑舌悪くぼそぼそとした返事だった。
「は?」
「・・・」
しんっと静まり返る隊員達。
「いや、今のはまじで聞こえなかったから!!」
班長がチラチラと他の隊員へアイコンタクトを送ってから渋々口を開く。
「―――ィア侯爵令嬢です!」
「は?聞こえねぇーよ!」
先程よりは聞こえたがやはり滑舌が悪い。
他部隊長が催促すると、班長が鍛練場に響き渡る声で叫ぶように名を告げた。
「シェイラ・ヘイゼルミア侯爵令嬢です!!」と。
他部隊長は絶句した。
鍛練場に暫しの静寂が訪れる。
「・・・シ、シェイラ・ヘイゼルミア、だと?」
復活した他部隊長が戦慄きながら掠れ声で呟く。
「っ、化け物令嬢じゃねぇーかっ!?」
その絶叫は、第1の鍛練場の外まで響き渡った。