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6 シェイラの勘違い

 


「マカダミック様、本日は当店へ御越しいただきありがとうございます」


「急に予約してすまない。いつも助かる」


「いえいえ、御忙しいマカダミック様に御贔屓いただけて光栄です。いつものお席を用意しております」


 ツヴァイ副隊長様にエスコートされつつ店内へ入ると、レストランのオーナーが挨拶に出てきました。

 どうやらツヴァイ副隊長様はこのレストランの常連のようです。


 ナチュラルテイストで落ち着いた内装はさっぱりしていて過ごしやすそうな空間でした。

 中流階級の富裕層から上流階級の貴族向けのレストランらしく、席が一定区間毎に上品に並んだフロア、彫刻と木目が調和のとれた扉で個室に区切られているフロアと別れているようです。


 店内をオーナーに案内され、ツヴァイ副隊長様と個室へ入ります。

 他の個室よりも奥まった場所にあり、この目立ちにくいVIPルームらしきこの個室がツヴァイ副隊長様のいつもの席のようです。少しわくわくします。


 壁際にティリが控えるのを視界の端にとらえながら、ツヴァイ副隊長様が引いて下さる椅子に座らせてもらいました。


 マナーとして顔を隠す為の帽子を外すか悩んでいましたら、ツヴァイ副隊長様が人目が気になるならばそのままで大丈夫ですと微笑んで下さったので、申し訳なくもそのままでいさせてもらいます。

 給仕の方が倒れてしまったり、料理が駄目になってしまったら大変ですからね!


「ツヴァイ副隊長様はいつもこちらのレストランへ?」


 ツヴァイ副隊長様が向かいの席に着いたタイミングで質問をすると、エスコートの時の硬さが嘘のように微笑まれました。


 素敵です。私の見た目に慣れてきたのでしょうか?


「はい。このレストランは個室があるので人目を気にせず寛げるところが気に入っています。俺は近衛として式典などでも表へ出るせいか注目されやすく、プライベートは人目を避けられると助かるので。後は俺以上に目立つ悪友達に付き合わされたりとかです」


「そうなのですね。確かに素敵な雰囲気で居心地が良さそうです。私も人目を気にしなくて済むのは助かります」


「シェイラ嬢に気に入って頂けて良かった。料理も美味しいですよ」


「楽しみです」


 ツヴァイ副隊長様の様子を見る限り、化け物を見慣れたというよりは、行き着けのレストランのいつもの個室の雰囲気がツヴァイ副隊長様をリラックスさせて素を引き出しているのかもしれません。


 けれど、自然体なツヴァイ副隊長様はとても素敵な殿方でした。


 ご自分の外見があまり好きではないようでしたが、落ち着いた暗い色彩はツヴァイ副隊長様の性格も相まって真面目な知的を感じさせ、目鼻立ちをはっきり表し凛々しいと思います。

 私へ柔らかい笑みを浮かべられるたびに胸が高揚してしまいます。なのにホッとするという何とも惹き付けられるお顔。


 騎士らしく鍛えられたお身体はお洋服の上からもわかるほどですが威圧感はなく、逞しく頼もしくスタイルの良いお姿も素敵だと思いました。


 こんな化け物にも優しく接して下さる人柄。些細な会話からもわかる誠実さ。真面目な性格で少し堅いところもあるようですが、そんなところも他者への好感に変えてしまわれます。

 お料理を待つ間、退屈どころか楽しくてあっという間でした。


 とても素敵なツヴァイ副隊長様。

 きっと、すごくおモテになるのでしょう。

 いけません。私といるのは迷惑だと自覚しておりますが、このままでは私のような化け物に勘違いされてしまいますよ?







「さぁ、是非食べてみて下さい。俺のおすすめです」


 美味しそうな食事を前に目を輝かせるツヴァイ副隊長様も何だか可愛らしくて私の胸も不思議とわくわくします。

 お父様以外の方と二人で食事をいただくのは初めてだからでしょうか。

 今まではどの方も私と二人だと席に着く前に倒れてしまったり、悲鳴を上げて逃げてしまわれたりでしたから。


 ・・・あら?私と、二人?


 ふと気が付いてテーブルと椅子を確認してしまいます。


 丸く可愛らしいレースのテーブルクロスが掛けられた上には二人分のテーブルセッティング。運ばれてきたお料理も二人分。当然、椅子も私とツヴァイ副隊長が座られている椅子の二脚です。

 私の後ろに控えているティリ以外に室内に立っている者もおりません。


「あら?」


「?」


 突然キョロキョロしだした私に、目の前でツヴァイ副隊長様がきょとんとした顔で瞬きを繰り返しておられます。


 ――――そう。私の目の前で。


 本来、お見合い相手が座られるはずの私の向かいの席です。


 何故もっと早く疑問に思わなかったのでしょう。

 私はどうかしていたに違いありません。


 家を出る時点ではレストランでお見合い相手が待っているのだと思っていたのに、いつの間にかツヴァイ副隊長様と食事を楽しむ雰囲気に流されてお見合いの事を忘れ去っておりました!


「・・・あの、本日はお見合いなのですよね?」


「はい?その通りですが、どうかしましたか?」


 どうかしましたか?ですか。

 確かにどうかしていました。

 肝心のお見合い相手がいないお見合いに気付きもしなかったのですから!!


 あぁ、やはりお見合い相手は直前で逃げてしまわれたのでしょうか。

 お優しいツヴァイ副隊長様はその事実が私を傷付けないように、こうして代わりにお付き合い下さっているのですか?私に同情して?


 何だか、とても惨めです。


 とても惨めなのに、ツヴァイ副隊長様がこうして私と向き合って下さるのを内心喜んでいるだなんて・・・私は見た目だけではなく、中身も醜いようです。


「・・・その、お、お見合いのお相手の方は、」


「はい?」


 お見合い相手はどなただったのでしょうか。ツヴァイ副隊長様にここまで迷惑をかけてしまうことになるなんて。

 聞いてしまったら良かれと思って今お付き合い下さっているツヴァイ副隊長様に悪いでしょうか。


 いえ、そもそもお見合い相手すら把握してない私は、相手に逃げられたところで傷付くことなどないとお知らせして安心していただけば良いのでは?

 そうしたらもう並んでしまった食事は折角なので楽しませていただいて解散できます。

 観劇にまでツヴァイ副隊長様を付き合わせてしまうこともないはず。


 私は普段人目を避けるため、観劇にはあまり行くことがありません。正直観たいです。

 気にならないと言ったら嘘になりますが、ツヴァイ副隊長様と一緒に観劇に行ってみたいという私の浅ましい願いは捨てるべきです。

 御忙しいツヴァイ副隊長様の時間を無駄にしてはいけません!


「ツヴァイ副隊長様。正直に申しますと、私は本日のお見合い相手が誰なのか存じませんでした」


「っえ?」


「申し訳ありません。誰が相手でも結果は変わらないと思い、気にもしていませんでした」


 どうせ、顔を合わせた時点で破談ですから。


 最初の頃はそれでもきっと何処かに私でも良いと言ってくださる方がいると希望をもっていました。

 まぁ、無惨にも希望は打ち砕かれ続けて今ではお見合いなど無駄だと思うようになってしたいましたが。


「・・・相手が誰なのかご存知なかった?」


「はい。ですから無理して観劇にお付き合いいただかなくても、」


「お、俺だと、知らなかったんですか?!」


「・・・ふぇ!?」


 かぶせ気味にツヴァイ副隊長様が声をあげました。


 しかし、予想外の発言に私は固まってしまいます。

 その姿をどう思われたのか、ツヴァイ副隊長様は哀しげにお顔を曇らせてしまいました。


「そこまで関心をもっていただけなかったのですね。・・・俺では駄目なのでしょうか?シェイラ嬢に相応しくないのはわかっています。ですが、少しでも可能性が、チャンスがあるならば少しだけでも時間をいただけませんか?」


 ・・・意味がわかりません。


 ツヴァイ副隊長様は何を仰っているのでしょうか?

 その言い方では、まるでツヴァイ副隊長様がお見合い相手で、私がツヴァイ副隊長様を袖にしたようです。


 況してや、ツヴァイ副隊長様が私を望んで下さっているような・・・



 ――――――そんなこと、あるわけがありません。



 化け物が調子に乗ってはいけません。


 気味の悪い化け物。

 誰からも忌諱され、恐れられ、嫌われる。


 きっとツヴァイ副隊長様は、お見合い相手を庇われているのでしょう。もしかしたらマカダミック伯爵家の寄り親からの紹介だったのかもしれません。

 お相手がヘイゼルミア侯爵家の反感を買わないために自分がお見合い相手だと言い出したのでしょうか。


「・・・あの、」


「俺と一緒に観劇へ行ってくれませんか?」


 断らなければいけません。


 ツヴァイ副隊長様は気を使って提案されているだけで、私と出掛けたいなどあるはずないのですから。


 でも今日を逃したら―――また、いつもの日常に戻ります。


 いつも通り、お父様や侯爵家の使用人以外とは関わらない、他者からは近付くだけで忌み嫌われる日常。

 使用人達も見慣れているから普通に接して下さるだけで、私の外見が決して平気なわけではありません。


 私に笑顔を向けてくれるのは、一番見慣れているお父様や私付きの侍女ティリぐらいです。


 いいえ、正確には()()()です。



 本日、新たに加わったツヴァイ副隊長様。



 私に会ったのは二回目にも関わらず、化け物の姿を見慣れてすらいないはずなのに。

 私にとっては奇跡のような方です。


 そんな奇跡のツヴァイ副隊長様と顔を合わせるどころか、関わることもない日常へ。

 それが当たり前なのです。化け物が何を望んでいるのでしよう。

 ツヴァイ副隊長様へ迷惑をかけてはいけません!


 そのためには、観劇を断らなければ・・・


 いつの間にか俯けていた顔を上げると、ツヴァイ副隊長様は真っ直ぐに私を見ていました。



 化け物と目を合わせても逸らすことなく。真っ直ぐ。




「―――――っはい」




 気が付いたら、私は頷いてしまいました。






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