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5 ツヴァイは凹む

 


 馬車が開く瞬間、侍女の声が聞こえた。


「―――お嬢様にお似合いともいってないですよ」


「わ、わかっています!べ、別にツヴァイ副隊長様とどうこうなるだなんて考えてな、いです、わ・・・」


 続くシェイラ嬢の言葉に俺は固まった。



 どうこうなるだなんて考えてない。



 つまり、シェイラ嬢の中で俺は既に求婚者失格なのか?


 くっ、凹む。

 まだお互いの事を知らないし、下手したら俺はシェイラ嬢に興奮する気持ち悪い男だと思われている。

 事実だけど凹む。非常に凹む。

 挽回のチャンスはないのだろうか。

 あぁ、シェイラ嬢に蔑んだ目で見られるくらいなら帰りたい。・・・駄目だ。勿体無くて帰るという選択肢など俺には選べない!


 ぐだぐだと考えが纏まらない。

 しかし馬車の扉が開くのはもう止められなかった。


 御者の手によって扉が開き、驚いた表情のシェイラ嬢と目が合う。

 たぶん聞かれたかもと焦っている。

 そんな表情にさえ見惚れてしまう俺。


 ・・・うん。聞こえなかったフリをしよう。


「お待たせしました」


 平然と言いつつも、顔が強張ってないか心配だ。


 幸いシェイラ嬢は俺に会話を聞かれなかったと思ってくれたようだ。

 少しホッとした表情を浮かべ、向かいの席に乗り込む俺を見ていた。


 シェイラ嬢が俺を見てくれるのは嬉しいが、俺の心の凹みは一向に治らない。戦う前から瀕死のふらふらだ。

 でも、先程のシェイラ嬢と侍女の会話を追求する勇気はない。くそっ、俺のヘタレ野郎め!


「・・・」


「・・・」


「・・・」


 馬車に乗り込んで暫くは沈黙が続いた。


 付き添いの侍女は存在を感じさせないほどで最早空気だ。さすが筆頭侯爵家の使用人は質が違う。

 俺がシェイラ嬢に気まずさを感じて凹んでなければ同乗していることに気付かなかっただろう。

 むしろ現在進行形で意識して存在を確認しなければすぐにでも忘れ去って認識できなかっただろう。そのくらい空気だ。


 空気になってないで話題を、シェイラ嬢と会話をしてくれないだろうか。

 あぁ、俺が空気になれればいいのに。

 そうしたらシェイラ嬢の笑顔とかこっそり見れないだろうか。


 先程のシェイラ嬢の言葉が脳内をリピートする俺は、気を聞かせて話しかけるという発想すらなかった。

 時折チラチラとシェイラ嬢が俺を窺っている視線は感じるが、馬車の窓から外を見ていて気付いていないフリしかできない。俺は本気でヘタレかもしれない。


「―――っツ、ツヴァイ副隊長様!」


「は、はい!?」


 シェイラ嬢が思いきったように声をかけてくる。

 流石にシェイラ嬢の方へ顔を向けて返事をするしかない。いや、無視なんてできる訳がないのだが。


 俺の名を呼ぶ声に心臓がバクバク五月蝿いが何でもない顔をしてシェイラ嬢と視線を交わし、やはりガチガチに硬直してしまう。


 シェイラ嬢は榛色の瞳を不安げに揺らし、真っ直ぐに俺を見ていた。

 目元がほんのり桃色に染まっていてこの世の者とは思えないほど美しい。


 折角シェイラ嬢から声をかけてくれたんだ。

 何を言われようと聞き漏らすまい!

 例え、もう帰りたいと言われても・・・あ、泣きそう。


「こ、これから、何処へいくのですか?」


 ほっ。

 今日のスケジュールの確認か。

 良かった。つまらないとか、気持ち悪いと言われなくて。


 正直、これまで騎士として身を立てるのに必死で女性と関わりがなかった俺は、お見合いというデートをどうして良いのかわからず、女性に人気のある友人に助言を求めてプランを練った。

 相手がシェイラ嬢だと伝えると目を剥かれたがなんだったのだろう。どうせ俺がどうやってそこまで漕ぎ着けたかとかの驚きだろうが。


 その結果、俺はシェイラ嬢の前では緊張し過ぎて上手く喋れないので、あまり会話が弾まなくても許される食事や、観劇に行くことにした!


 ・・・情けなくなんかないぞ。

 今日のちょっとした会話で趣味や行きたい所を聞き出し、今後に繋げる為にも必要な戦略的プランだ!


「本日は昼食と観劇の予定です。先に昼食を予定していますが、他に行きたい所や昼食が後の方がよければ変更し、」


「い、いえ、今からで大丈夫ですわ。一応お見合いですもの。お話ができるなら先にしましょう」


 遮るようにシェイラ嬢の声が重なる。


 俺と話したいと思ってくれているのだろうか。

 そうだったら嬉しいが、きっとお見合いの義務感なんだろうな・・・一応って言ってるし。


「そうですね。実は俺、朝から従者が五月蝿くてあまり食べられず空腹なんです。是非昼食からにしましょう」


「はい、でも・・・あの、ツヴァイ副隊長様は私と一緒で食べづらくありませんか?」


 ん?

 何でそう思ったんだ?


 あれか。美しいシェイラ嬢が気になりすぎてドキドキで食が進まないとか心配してくれたのだろうか。

 気になりすぎて味はわからないかも知れないが、騎士として少食では体力が持たないからな。


 食べられるときに食べる!

 食べづらいなど有り得ない!


「全く問題ありません。それよりも普段の癖で早食い無口にならないかが心配です。戦を想定した訓練の休憩時間ではゆっくり食べる時間がありませんので早食いが習慣となっている上、お恥ずかしながらあまり御令嬢と食事をしたことがないので無作法でしたらすみません」


「まぁ、騎士様はお食事も訓練なのですか?」


「はい。ですからシェイラ嬢を退屈させないように頑張ります。後の観劇中はあまりお話できませんからね」


 まぁ、そう言う戦略だからな。

 女性を楽しませる話術などない俺は少しの会話から頑張りたい。


「お気遣いありがとうございます。ですがツヴァイ副隊長様は気になさらずに。まあ、お食事は席に着いたら私達だけでも頂けますが、観劇は中止になってしまうかもしれませんからね・・・」


「中止に?何かありましたか?―――まさか、体調がどこか!?」


「いえ、体調に問題はありません。ただ今までのお見合いでは・・・何でもありませんわ」


 慌ててしまった俺にシェイラ嬢は歯切れ悪く返した。


 今までのお見合い?何だろう?

 はっ!相手がシェイラ嬢の美しさに失神して中止になったとかか!?

 シェイラ嬢がさっきヘイゼルミア侯爵に言ってた話か。

 俺はそんな勿体ない事にならないように、興奮し過ぎないように頑張ろう。たぶん興奮するけど、せめて失神とか情けない姿を曝すのは避けたい。


「そうですか。それなら良いのですが、ご気分が悪かったらすぐに言ってください」


 何とか表面上笑みを浮かべてシェイラ嬢と会話をする。


 しかし、頭の片隅に残るシェイラ嬢の言葉が俺の心をボコボコのベッコベコに凹ませたままだった。


 だんまりだった俺にシェイラ嬢が折角話しかけてくれた訳だが、何を聞いても先程の言葉が過る。


 くそっ、折角の会話を楽しめない!


 まだ、まだチャンスがあるなら―――



 馬車がレストランに着き、シェイラ嬢が馬車を降りるのに手をかしてそのまま店内までエスコートをした。




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