39 ツヴァイの出張
隣国からの帰りにて。
「殿下・・・思い付きで急な仕事は仕方ないにしても、直前までふせるのは勘弁してください。特に寄り道が多くて護衛する騎士達の神経がごりごりと削れ疲弊しています」
俺はややうんざりと苦言を呈しつつも殿下の後に付き従っていた。
シェイラ嬢の《妖精の祝福》が解けた後、急遽召集をかけられた。
表向きは隣国への外交に向かう王太子殿下の護衛による長期出張。まぁ、決して嘘ではない。
実際に隣国の王家にはそう告げてから入国している。きちんと外交の挨拶や歓迎の席に出席、社交や舞踏会をこなして来た。
本当の理由をシェイラ嬢に全て話せないのは心苦しいが、家族にですら話せないので仕方ない。
「まぁ、そう言うな。要らぬ火種は早々に消すべきだろう?」
殿下がニヤリと笑いながら此方に視線を寄越した。
俺の横では同じように付き従っていた側近のアストンがくつくつと笑みを噛み殺そうとして失敗している。
「くくっ、殿下が急遽出ることになったのは仕方ないですよ、ツヴァイ。まさかふたつ国を挟んだ帝国が隣国を唆して我が国を攻める準備中だから釘を刺しに行くんだと兵達に広めるわけにはいかないですから。メンバー選出をこっそりするのは大変でした」
「釘を刺すために殿下が外交に赴いたのはわかるさ。だが、殿下の専属近衛で副隊長でもある俺に黙ってた理由が面白そうだからはないだろ」
大きなため息が溢れる。
この夫婦はどれだけ俺で遊びたいのだろうか。
「・・・まぁ、俺の件はいい。しかし殿下、現地調査のために寄り道だと言って殿下がフラフラするのは危なすぎます。アストンも止めろよ!」
やっと帰国の途についたにも関わらず中々進まないのは殿下のせいである。
帝国の下準備や価格操作、都と地方の情報伝達量と早さなど、気になることや、怪しい動きがあると直ぐに調べに出てしまうのだ。
もう少し次期国王の自覚を持っていただきたい。切実に。
「基本殿下はフットワーク軽いですからね、腕も立つし止めるのは無理ですよ。勝手に消えられるくらいなら最初からお供した方が安心でしょう。ツヴァイが奥さん迎えたら、無理を言いづらくなって控えてくれるかもしれませんよ?」
「・・・おい、漸く問題が解決してシェイラ嬢に求婚できそうだったのに邪魔した奴が何を言っている?」
そうなのだ。
王太子妃殿下と変幻牡牛や魔術師について話した後、アストンに問答無用で連行されたのだ!!
まぁ、殿下に呼ばれたら参上しないわけにはいかないのだが。
アストンは殿下に加担し、シェイラ嬢との会話も邪魔をしておきながら、いけしゃあしゃあと抜かすから腹立たしい。
かなり良いところだったのに!
いや、俺が勝手に良いところだったと思いたいだけか?
いやいや、そんなことはないはず!
魔術師修行の間は一緒にいられることになり、嬉しいとシェイラ嬢は言ってくれていたし。きっと、うん。
見合いから何回かシェイラ嬢と会い、好感度はわからないが、信頼度はかなり上がっていたはずだ。
ヘイゼルミア侯爵との約束も達成したから、願い出れば求婚の許可は直ぐにおりるだろう。
後はシェイラ嬢が俺をどう思ってくれているかだ!
頼むから、俺が帰国するまでに強力なライバルが現れていませんように!
「あははははっ!どんまーい!件の化け物から極上の美女へ戻れた姫君は今頃求婚者が殺到してるでしょうね。帰るまでに横取りされてたら慰めてあげますよ」
「・・・アストンを殴りたい。一発でいいからそのイケてる面貸せ」
「やだなー!この顔に傷を負ったら国中の女性が嘆くのでお断りします」
クネクネしながら殿下を盾にしやがった。不敬な奴め。
流石に殿下に冗談でも拳は向けられないので睨むに留めておく。
「お前らその辺にしとけ。ヘイゼルミア侯爵の娘ならば、フェレイラやブラットフォード公爵家がついているから心配せずとも暫くは大丈夫だろ」
「第6やブラットフォード公爵邸で魔術師になる修行でしたっけ?まぁ、元は殿下がツヴァイを連れてくって聞かなかったからですけどね。仲良しさんめ!」
「・・・ツヴァイは私の護衛だぞ。しかも対人の接近防衛戦で右に出るものはいない。だから帝国への牽制の意味で隣国の模擬試験に参加させたんだ」
「あー、あれはヤバかったですよね。ツヴァイにけっちょんけちょんに伸され、薙ぎ倒される彼方の皆さんの姿は喜劇観てるようでした。本当にイノンド王国軍って人外の集まりですよね」
腕は恐れられ向こうの騎士達に畏怖と共に尊敬されたが、顔の良い殿下やアストンがご令嬢方にキャーキャー言われているのを近くで見ていると、何とも言えない気持ちになった。やはり顔か・・・
この平凡顔ではイケメンの引き立て役にはなれても、選んでもらえることなどないのだろうか。
シェイラ嬢が男を顔だけで判断するとは思わないが、こうも昔から殿下や他の側近達と比べられ続けると自信は持てない。
「隊長達に関しては同意するが、俺はまだまだだ。アストンは弱いから基準がぬるいんだろう」
「文官に強さを求めるのは間違いですね。一応人並みの腕があるだけマシな方ですから」
「私の寄り道も国境近くまで来たから流石にもうない。直ぐに帰れるぞ。これで暫くは帝国に関する急務はない。帰国したら休みをやるから、ツヴァイは求婚するなりアストンを鍛えるなり好きにしろ」
「ええぇ~、帰ったら書類仕事が山になってそうですから、鍛える暇なんてありませんよ」
おどけて悲鳴をあげるアストンは放置する。
黙々と帰路を進みながら、シェイラ嬢は今何をしているだろうかと考える。
殿下や側近達という幼馴染みらとくだらないやり取りをする間も気になってしまう。
ああ。
早く帰国して愛しのシェイラ嬢に求婚したい。




