37 ツヴァイの協力
「ねぇ、シェイラさん。魔術師になる気はないかしら?」
俺はその言葉に凍りついた。
まさか、シェイラ嬢を長年苦しめた変幻牡牛を魔術師となって飼い慣らせと?
王太子妃殿下曰くシェイラ嬢は妖精にとって好ましい力を多く持っているので《精霊の愛し子》ほどではないが資質十分らしい。
きちんと修行すれば魔術師になれるのだそうだ。
だが、面白がって提案するような内容ではない。
今だって、《精霊の忌み子》である俺が妖精に触ると消滅させてしまうから仕方なくシェイラ嬢が捕まえているだけで、本来ならば近付けたくなどないのだ。
俺には資質がないため幻影による影響なくシェイラ嬢が見えていたが、他の人間には化け物にしか見られず、どれほどの悲しみと我慢を強いられたか。
因みに、カシューネ兄には今の姿の妖精は見えていないし、カシューネ弟は怒りながらビビるという使えない状態だったから仕方なしにであって、俺は先程からずっと不満たらたらである。
特に、シェイラ嬢の膝の上で寝るなど羨まけしからん。代われ!
「・・・何故、私を魔術師にと?」
「ツヴァイさんに渡さないってことは、その変幻牡牛を消滅させたくないのでしょう?でも、人の側で暮らすことになれた変幻牡牛は手放してもまた人の側へ戻ってしまうから野放しにはできない。況してや今まで成長を阻害されていた分急激に力を得て制御できなくなるかもしれないもの」
手放しても戻るって、懐いたペットみたいだな。
俺の目には見えないペット・・・え、何それ。ホラーだろ!?
屋敷でいきなり物が倒れたり浮いたり失くなったりしたらビビるよ!?
「それなのに、魔術師でもない私に今から魔術師となって制御しろと仰るのですか?既に魔術師である方にお任せすることはできないのでしょうか?」
「ふふふっ、既存の魔術師にはそんな暇ないわ!それに、シェイラさんには最適な協力者がいるじゃない?」
徐にふたりが俺を見る。
王太子妃殿下はニヤニヤと、シェイラ嬢は不安そうだ。
「・・・俺、ですか?」
「《精霊の忌み子》であるツヴァイ様が側にいれば妖精の力が抑えられるから、ですか・・・」
「そうそう!それに、わざとではないにしても6年も迷惑かけられた妖精をこき使ってやればいいじゃない!その変幻牡牛は好ましい力を持つ人間の願いを叶えて褒められたがっているし、双方Win-Winよね!」
成る程。
赦さんにしても妖精相手だと消滅しか思い付かなかったが、シェイラ嬢が消滅を望まないならば、王太子妃殿下の案も悪くはないだろう。
・・・ただ、何か企んでそうなのがなぁ。
「待ってください!そうした場合、私が魔術師として修行を終えるまでツヴァイ様にご迷惑をお掛けしてしまいます!」
「え?ツヴァイさんの迷惑に?そんなの大丈夫よ、むしろ迷惑かけて困らせたらいいわ!」
何か悪そうな笑顔で仰ってますね。
そんなに俺をからかいたいんですか。
「えっ、そんなわけには、」
ほら、優しいシェイラ嬢が困ってるじゃないですか。
きっと俺に迷惑かける心配で心を痛めてますよ!
まぁ、迷惑ではないので大丈夫なのは間違いありませんけどね。
「シェイラ嬢に頼まれて迷惑なことなどありませんよ。王太子妃殿下の言は悪意が混じってそうで少々引っ掛かりますが、シェイラ嬢が魔術師を目指したく、俺といるのが嫌でなければ不肖ながら協力させていただきます」
「嫌ではありません!むしろ、これからもお側にいられるなら嬉しいです!」
ぐうっ、上目遣いはヤバい。
しかも俺の腕の服摘まみながらとかご褒美かな?
「悪意って酷いわね!せめて悪巧みと言ってほしいわ!」
「何を堂々と仰っているのですか。俺にしてみたら大差無いですよ。どうせ何か企んでおられるのでしょう?」
「ツヴァイさんって本当に真面目でつまらないわ」
「お言葉ですが、王族の近衛騎士は面白くあるよりも、真面目に職務をこなす方が良いと思います」
「もう少しにこやかにしてくれても良いじゃない。その薄ら笑いも腹立つのよね」
「・・・」
では腹立つ薄ら笑いで対応しましょう。
職場の王城で目上の王族に対して真面目な表情も社交用の愛想笑いも駄目って無理だろ。
幼馴染みの王太子殿下相手のようにプライベートなやりとりするほど王太子妃殿下とは仲良くないし、そもそも貴女は俺のこと嫌いでしょうが。
半分妖精だから《精霊の忌み子》である俺に近付くと魔力が上手く扱えないらしく調子が狂うとか。
それもあって腹立つのだから切りないやつですよ、コレ。
「まぁ、いつものことだし良いわ。それに、悪巧みってほどではなく魔術師は成り手が少なく貴重だから人材不足なのよ。だからシェイラさんがなってくれたら嬉しいわ」
「えっと、それは魔術師となり第6魔術師団で働いてほしいと言うことですか?」
「シェイラ嬢のような高位貴族のご令嬢は普通働かないですからね。しかも軍務は厳しいのでは?」
「いいえ。何も軍に入隊しているのが魔術師ではないわ。私だって軍に入ってないし、王太子妃と兼任できる範囲でしか動いていないもの。侯爵令嬢であるシェイラさんにも無理矢理働けとは言わないわ。ただたまに手が空いていたら協力してほしいとか、その程度よ」
思ったより軽いノリにシェイラ嬢が困惑している。
確かに、魔術師になってほしいのが、暇だったらちょっと手伝って的なノリだとは思うまい。
「・・・それは、そこまでして必要な人材でしょうか?」
「ええ、必要よ。国中に魔術師の目が増えれば資質あるものが生まれた時や妖精の巻き起こす事件の早期発見をできる可能性が上がるし、間違った力を使った暴走を未然に防げるわ。・・・6年前のシェイラさんが良い例じゃない?」
「私のような目に遭った者を助けるために、ですか」
シェイラ嬢がハッとしたように王太子妃殿下を見た。
自分のように苦しむ者を助けてあげたい。と、シェイラ嬢の目が雄弁に語っている。
「そうよ。変幻牡牛は力が強くて並みの魔術師では早期発見どころか幻影に負けたみたいだけど。私やお兄様が出向ければ違ったかもしれないけど、もっと大勢の命がかかってる案件に追われてる上、シェイラさんの件みたいに妖精が原因だと伝わってこないと優先順位が中々上がらないのよ。しかも、並みの魔術師では解決は難しいから今回はツヴァイさんのような体質持ちがいて助かったわ」
「はい、本当にツヴァイ様と出逢えた偶然に感謝しています」
俺もですよ。
たぶんシェイラ嬢とは別の意味ですが。
この体質のお陰でシェイラ嬢に出逢えたことに感謝しよう。
「後は、世を恨んで呪術とか殺人を犯す悪しき魔女になられても困るし、周りからそうだと誤解を受けないためにも魔術師になるのが大変だけど手っ取り早いからよ」
「成る程。・・・あの、ツヴァイ様」
躊躇いがちに、でも俺を見る榛色の瞳は決意に煌めいていた。
「はい、何でしょう」
「私と、共に、」
「はい」
「私が魔術師になるのを協力してください!」
「はい、シェイラ嬢」
俺が笑顔で即答すると、シェイラ嬢は少し目を見張った後、とても嬉しそうに微笑んだ。
それは、あの日に俺が望んだもの。
どんよりと曇った空から太陽の光がさし、憂いが晴れた白百合のごとき美しさだった。
あぁ、ヤバい。
今日が命日かもしれない!




