36 シェイラと問答
「―――――、――――るツヴァイさんが四六時中シェイラさんにべったり接触して幻影を崩した方が早くて良かったかしら?むっつりツヴァイさん?」
「ッ、ツヴァイ様と四六時中!?え、そんな、ひぇ、―――――っ!?」
王太子妃殿下は何を仰っているのでしょう!?
ツヴァイ様とずっと一緒にいられるところを想像するだけで恥ずかしくて、でも嬉しくて挙動不審になってしまいました。
私が構わなくともツヴァイ様にはお仕事もありますし、よく考えたら年頃の男女が婚姻も結ばずに長時間共に居るのは実現不可能ですのに。残念です。
きっと王太子妃殿下の冗談です!
真に受けては慎みがないと思われてしまいます!
「シェイラさんは良い反応してくれて嬉しいわ!」
・・・やはりです。
王太子妃殿下が楽しそうにニコニコしておられます。騙されました。
先程とは違った羞恥で顔が熱いです。
ツヴァイ様に頭の足りない女だと思われたらどうしましょう。
チラリと表情を窺うと、丁度ツヴァイ様と目が合いました。
ですが、何故かそのまま天を仰ぎ、ため息を吐きながら目を瞑ってしまいました。
私の慎みのない反応に呆れられたのでしょうか?
ううっ、愛想をつかされたらどうしましょう。
「真面目でお堅いくせにむっつりなツヴァイさんは反応薄くてつまらないのよね」
えっ、王太子妃殿下何を。
ツヴァイ様は真面目でお優しい紳士ですよ?
「王太子妃殿下、本当に俺のこと嫌いですね。シェイラ嬢にむっつりとか強調して吹き込むの止めてください」
「むっつりは事実でしょ?もうっ、只でさえ《精霊の忌み子》は苦手なのにツヴァイさんはノリが悪いのよ!もうちょっとからかい甲斐が欲しいわ」
「王太子妃殿下相手には必要ありませんね」
うわぁ。ツヴァイ様は王太子妃殿下相手でもバッサリです。
リュメル・カシューネ様相手と対応に大差がありません。
それが許されるほど遠慮のないやり取りができるのが少し羨ましいです。
「シェイラさん聞いた?これが普段のツヴァイさんよ!貴女にだけ引くほど優しいけど騙されちゃ駄目よ!真面目すぎでお堅いからつまらないし、中身は何考えてるかわからないむっつりだから、婚約はよく考えるべきよ!」
「え?あの、」
どう返したら良いのでしょう?
ツヴァイ様を見ると、無表情で微かに眉根を寄せておられます。
「・・・」
「ほら、今の顔見た?感じ悪いでしょう!?もうちょっと慌てて弁解したり面白い反応してくれても良いと思うのよ」
「えっと、殿方は落ち着かれている方が頼もしいのではないでしょうか?」
「うーん。まぁ、そうなんだけど、普段ちょっと頼りないのにいざという時に頼もしいのもギャップにときめくわよ?」
はっ!
それはツヴァイ様がお菓子をもぐもぐ食べて可愛らしい姿や、へにゃりとした笑顔にきゅんきゅんするやつですね!!
「わかります!ツヴァイ様はその辺りもバッチリ素敵です!」
私が鼻息荒く頷くと、何故か王太子妃殿下とツヴァイ様がきょとんとされました。
あら?何故でしょう?
それにしても、やはりツヴァイ様は無自覚でしたのね。
きょとんと目を瞬くお顔もお可愛らしくて好きです!
「・・・まぁシェイラさんが良いなら良いけど。それで、その変幻牡牛はどうするの?」
王太子妃殿下がやや呆れたように、次へ話を切り替えられました。
「そうですね。先程のお話から考えると《妖精の祝福》が解けた今、成長を抑えるものがなくなり、こちらのソレさんは危険な妖精へなってしまうのでしょうか?」
私の膝の上で丸くなって眠る掌サイズの小さな男の子を見ます。
黄色い瞳は閉じられ、サラサラした黒髪がツヴァイ様に少し似ています。
《ヴォルフォレスト・ハイガーデン》のカフェでアップルパイやレモンタルトを横から奪ってまで頬張り、ツヴァイ様に捕まって泣いていた姿を思い出すと、そんなに危ない妖精には見えないから不思議です。
「うーん、それは共にいる人間次第かしら。無駄に実行力のある幼児を相手にしているようなものだからね。変幻牡牛は自分への親切を律儀に返したという伝聞も多いから、発言に気を付けて教育を頑張ればそこまで危険な存在にはならないはずよ」
「そうですね。ソレさんは褒めて欲しくて良かれと力を使っていたようですから」
「只、成長した変幻牡牛の力は妖精の中でもかなり強いから、いざという時に抑える力が必要よ。魔術師でないものが共にいるのはあまりオススメしないわね」
王太子妃殿下が部屋の隅にいらしたクレメル・カシューネ様に冷たい視線を送りました。
ビクッと身を震わせるクレメル・カシューネ様が少し不憫ですが、ご自分で選ばれた結果ですからね。
クレメル・カシューネ様から視線を王太子妃殿下へ戻すと、何故かニッコリと楽しそうな笑顔を私に向けておられました。
先程の冷たい視線との温度差が凄いです。
どうされたのでしょう?
横でツヴァイ様が身を固くさせたのがわかりました。何かを警戒されているようです。
その様子すらも王太子妃殿下は楽しそうに見ておられます。
「ねぇ、シェイラさん。魔術師になる気はないかしら?」
パチリと手を叩かれ、それはそれは美しい笑顔で告げられました。
・・・はい?
今、何と仰いましたか?




