35 ツヴァイと妖精解説
「ふふふっ、変幻牡牛に好かれると大変ね」
楽しそうに笑う王太子妃殿下。
絶対面白がっている。
今、王城の応接室で王太子妃殿下が腰掛けるソファの向かいに俺とシェイラ嬢はふたりで腰掛けていた。
使えないカシューネ兄がシェイラ嬢に見惚れて固まっていたので、《妖精の祝福》がきちんと解けたのか確認のためにも王太子妃殿下へ謁見を申し込んだのだ。
直ぐに許可が下りた辺り、王太子妃殿下は色々と知った上で楽しんでいそうだ。質が悪い。
「あの、変幻牡牛とは?」
素顔を晒したシェイラ嬢が、緊張しつつもおずおずと質問する。神々しいまでの美しさに横が見られない。
王太子妃殿下に太鼓判をいただき《妖精の祝福》が解けた今、帽子を外したシェイラ嬢を見放題である。見られないけど。
本来ならば眼福だと喜ぶべきところだが、美しいシェイラ嬢をひとり占めできなくなったことに落胆している俺がいる。喜ばしいはずなのに最低だ。しかも、見られない。
その膝の上ではあの妖精ソレが丸くなって寝ている、らしい。
俺に妖精は見えないとは言え、愛しのシェイラ嬢の膝に他の男(妖精でも子供でも関係ない)がいるのは赦せん。けしからん!ズルいぞ、代われ!
「変幻牡牛はとても有名な妖精よ。ただし良くも悪くも力が強いと有名な、ね」
「良くも悪くも・・・」
「変身が得意で、様々な恐るべき形態をとれるのよ。輝く黄色の瞳に黒毛の牛か馬で現れることが多いのだけれど、今回は生まれてすぐ《精霊の愛し子》に会ったから人の形なのかしら?」
王太子妃殿下もシェイラ嬢の膝に寝ているらしいソレをしげしげと見ている。
自分でソレと名乗った妖精は自分が何の妖精かもわかっていないらしく、それの確認もありシェイラ嬢と俺で王城へ上がった。
因みに、ソレが消滅しないようにシェイラ嬢の手で逃げないように王城まで運んだのだが、王城門のところでソレだけ弾かれてしまった。精霊や妖精が許可なく侵入できないように結界が張られていたらしい。
この時、《精霊の忌み子》である俺ならば、精霊や妖精に関与する力を無視してソレを連れて入ることができると、王太子妃殿下からの言伝てが門番にあったのが、もう全てわかっていて黙っていたなと、この時点でほぼほぼ確信した。
一応カシューネ弟も連れてきたが、現在は応接室の隅で青くなっている。王太子妃殿下はカシューネ弟が嫌いな妖精とのハーフな上に有力な魔術師でもあるから、今回の件で自分がどうなるのかビビっているようだ。
何故か兄も付いてきたが、流石に王太子妃殿下の前なので弟の横で大人しくしている。あの煩い男の存在感が薄くてびっくりだ。
こうして、俺に殺られかけた妖精ソレは変幻牡牛という妖精だと判明したわけだ。
「一応、善き隣人と呼ばれる良い妖精に分類される中でも最も恐ろしいと考えられている妖精よ。姿の恐ろしさより恐れられた最大の理由はこの妖精の持つ力。昔、旅人達がうっかり狙われて変幻牡牛の背中に放り上げられると、最良の場合でも命をかけた乗馬になったそうよ。命からがら戻って来たとしても、旅人達は別の姿に変わってしまい、二度と元の姿に戻ることはできなかったとか」
「シェイラ嬢の姿が変えられたのも、その力の応用でしょうか」
「恐らくはね。後は、彼らには人間の言葉を話す能力があり、蔑ろにした、あるいは怒らせようとしたと思う相手を家から誘い出し、獲物として背中に乗せると言われているわ。うまく出現することができない場合は、柵を破る、家畜を切り裂くなどの破壊行為に及ぶほど執念深いとか、ね」
「つまり、カシューネ弟はかなり危ない状況だった、と」
めちゃくちゃ蔑ろにしてたようだからな。
よく無事で済んだものだ。
「ひっ!?」
カシューネ弟の方から小さな悲鳴が聞こえた。
魔術師にならないにしても、必要最低限学ばないから危うく大変な目に遭うところだったのだ。無事を喜ぶべきだ。
カシューネ弟がもう少しソレと真面に向き合っていたら、シェイラ嬢の《妖精の祝福》もさっさっと解けたはず。一番の被害者はシェイラ嬢だな。
しかも条件がソレを褒めたら解けるって何なんだ。
簡単すぎてびっくりだ。・・・いや、ありがた迷惑な結果だったから感謝すること事態難しかったのか?
「そうね。まだ生まれたてで力が弱かったし、持続力がない時にかけられた《妖精の祝福》が解かれずに継続したお陰で成長が遅くなったのも助かったわね。蔑ろにされたと認識して、怒るという感情を持つまで成長していたら危うかったわ。クレメル・カシューネが殺されてたら、原因である変幻牡牛が《精霊の愛し子》から離れて見つけられなくなり、シェイラさんも戻れなかったかもしれないもの」
さらっととんでもないことを仰る。
カシューネ弟が血の気の引いた顔で頭を抱えている。
「・・・王太子妃殿下、妖精の正体など色々とご存知な上で黙っておられましたか?」
お忙しい中助言をいただけたのだから責めるべきではないが、何とも言えない不満につい口が滑った。
王太子妃殿下はニヤリとお綺麗な顔に嫌な笑みを浮かべられた。うわぁー、わざとか。
俺の苦い顔を見て、呆れたようにやれやれと肩を竦められた。解せぬ。
「何よ、私言ったわよ?シェイラさんは厄介なものに好かれてるって。だからツヴァイさんにシェイラさんの側にいるように助言したじゃない。《精霊の忌み子》が近くにいたら変幻牡牛も下手な手出しできないからね。私のお陰で楽しいデートもできたでしょう?」
「・・・」
本当にいい性格しておられる。
だが、シェイラ嬢とデートできたのも事実。
カシューネ兄弟に邪魔はされたが、結果として《妖精の祝福》も解けた。
・・・素直に感謝できないのは王太子妃殿下の態度のせいに違いない。
「王太子妃殿下、誠にありがとうございます。お陰様でこんなにも早く元に戻ることができました」
シェイラ嬢が純粋すぎて危ない。そこも可愛くて良いが。
恐らくあの方はもっと簡単な解決方法をご存知で黙ってましたよ!
「ツヴァイさんは不服そうね」
「いえ、そんなことは、」
そんなに顔に出ているのだろうか。
今が勤務中だったら護衛失格である。気を付けよう。
「それとも、結界の張られた王城にシェイラさんを囲って妖精からの力の供給を断ち、《精霊の忌み子》であるツヴァイさんが四六時中シェイラさんにべったり接触して幻影を崩した方が早くて良かったかしら?むっつりツヴァイさん?」
っ!?
し、四六時中・・・シェイラ嬢と、一緒だと!?
べったり接触ってどのくらいだ?
朝昼晩シェイラ嬢と触れあうなど、何という役得!
え?いやいや、そんなことしたら俺死ぬんじゃないか?
ヤバい。
そんなの嬉しすぎて興奮爆死する自信しかない!!!
・・・というか、やっぱり他に方法があったではないか。
しかも危険かもしれなかったソレを誘き出さなくても解決できる方法が。
まぁ、婚姻前の男女が実行するには不適切な距離になるので無理なのだが、強制的にシェイラ嬢と結ばれることはできただろう。
かなり惜しいが既成事実で無理矢理ものにしてシェイラ嬢に嫌われたくないので、無事《妖精の祝福》も解けたことだし一から求婚して振り向いてもらえる努力をしよう。
「ッ、ツヴァイ様と四六時中!?え、そんな、ひぇ、―――――っ!?」
見ると、シェイラ嬢が顔を真っ赤にして両頬を手で挟んでオロオロしていた。
ぐはっ、純粋培養可愛すぎて目が潰れる!




