4 シェイラの対応中
前話のシェイラ視点です。
あくまでシェイラ視点なので、一般的にツヴァイの顔は並ですのであしからず!
私の目の前に素敵な紳士が立っています。
お父様がマカダミック伯爵家ツヴァイ様からの手紙の件を進めて下さり、本日お見合い相手の方と面会することになりました。
迎えに来て頂いてからお食事や観劇に出掛ける予定らしいです。
「こ、こんにちは、シェイラ嬢」
しかし、どうしたことでしょう。
私を迎えに来てくださったのは騎士服を脱ぎ、お出掛け用の紳士服に身を包んだツヴァイ副隊長様でした。
先日の騎士服姿もビシッとした姿勢が逞しく素敵でしたが、紳士服のお姿は洗練されつつも柔らかい雰囲気で、前髪を後ろに流したお顔にドキリとしてしまいました。
騎士服時の前髪が下りていると鋭く真面目そうなお顔が、今は柔らかく甘いお顔立ちで別人のようです。一瞬誰かわからず、お見合い相手かと思ってしまいました。
その為、悲鳴をあげられなかったので少し浮上していた気持ちが一気に沈んでしまいました。
ここにお見合いの相手がいらっしゃらないということは、このお見合いからギリギリで逃げ出したのでしょうか。
そのフォローとしてツヴァイ副隊長様がお見えになったとか?
ツヴァイ副隊長様とて、お優しいから悲鳴をあげないのであって私の姿を見ても平気な訳ではありません。声が緊張と恐怖で強張っておられます。
先日に引き続き私と顔を合わせねばならないとは・・・不運なお方。
「ごきげんよう、ツヴァイ副隊長様?」
私が確認の意を込めて首を少し傾げると、ツヴァイ副隊長様はごくりと喉を鳴らしました。
お見合い相手が逃げ出したことへの怒りからか顔が赤く、私の顔を正面から見た恐怖に呼吸が荒くなってしまわれました。
額が若干汗ばんでいらっしゃるのは、私にお見合い相手の不在や中止を伝えなければならないからでしょうか?
私を凝視して悩んでおられます。
「・・・ごほんっ、ツヴァイ殿?」
痺れを切らしたお父様が咳払いしてツヴァイ副隊長様を促しました。
きっと私に対する恐怖から、ツヴァイ副隊長様にはお父様が玄関に出てきた姿が見えていらっしゃらなかったのですね。
「し、失礼いたしました!お初御目にかかります、ヘイゼルミア侯爵閣下。マカダミック伯爵家次男ツヴァイと申します。本日はシェイラ嬢との外出を許可して頂きありがとうございます」
慌ててツヴァイ副隊長様がお父様へ挨拶しました。
外出許可のところで声が震えたのは、肝心のお相手がいないからですわね。
「ああ。先日はシェイラが君に世話になったようだな。礼としてシェイラが会うことを希望した。今みたいに惚けてる間にシェイラに怪我や不快な思いをさせないよう気を付けてくれ。俺の大事な娘だからな」
まぁ!
私はただお礼をしたかったのに、お父様の言い方ではツヴァイ副隊長様とお会いしたかったみたいですわ。しかも親バカです。
こんな化け物に再会を願われたツヴァイ副隊長様が怯えてお顔が真っ赤に!
驚いた表情を私に向けられましたので、気まずくて咄嗟に視線を下げてしまいました。
違うのです、そんな事言ってません!そんな事を望めば嫌がられるのは自覚しております!
私を長時間見ていられる方は家族以外は極少数しかいませんので、ツヴァイ副隊長様の視線に何やらドキドキいたします。
「は!命に代えても、全てのことからシェイラ嬢を守り無事にお返し致します」
しかも、私をじっと見ながらそんなことを仰るなんて、私以外の御令嬢でしたら勘違いしてしまいそうです。
私は勘違いしませんよ。きちんと化け物である自覚をしておりますので。
でも、騎士様が姫君に忠誠を捧げるみたいで素敵です。ツヴァイ副隊長様はたらしの素質ありですわ。
騎士様が上官にされる礼をお父様が受け、少し渋い顔で頷かれました。
何やらお父様のツヴァイ副隊長様への感じが宜しくないですね。
お見合い相手がすっぽかしたからでしょうか?
ツヴァイ副隊長様のせいではありませんのに。
「まぁ。ツヴァイ副隊長様は真面目な方ですのね。お父様も感じよくして差し上げればよろしいのに」
お父様の態度に呆れてしまいます。
私は気にしてませんよ。とアピールする為にもお父様に穏やかな表情を向けます。
「では早速、シェイラ嬢をお連れしてもよろしいでしょうか?」
突然、ツヴァイ副隊長様が不思議なことを仰りました。
はい?
私をどこに連れていくのでしょうか。
「・・・ああ、シェイラをくれぐれも頼む。シェイラも侍女がついて行くとはいえ、男には気を付けて出掛けなさい」
お父様が大変渋いお顔で頷かれました。
しかも、「くれぐれも」と「男」と言うときにツヴァイ副隊長様を射るように見ました。何故でしょう?
はっ!
まさか、私が勘違いしていただけで、お見合いは中止になっていないのでは?
ツヴァイ副隊長様がヘイゼルミア侯爵邸まで迎えに来てくださり、お見合い相手は別の場所で待ち合わせしているのでしょうか。
だから後で会うことになる「男(お見合い相手)」に気を付けるように注意してくださったのですね!
つまり、どんな方がお待ちかわからないからお相手をご存知のツヴァイ副隊長様に私のことを頼み、私には油断するなと!
「はい、お父様。うっかり私の姿を晒して声をあげたり失神なさる殿方を増やさないように気を付けますわ」
「・・・ああ」
あら、お父様が不安そうなお顔です。
信用がないようですわね。
確かに前科がありますが、私だって悲鳴をあげられたり怯えて欲しい訳ではありません。
ちょっと悲しくなったので帽子を深く被って顔を隠します。こうすれば私の顔を正面から全て見ることはできなくなるので、お相手を恐がらせないで済みます。
まぁ、覗かれたらアウトですが・・・
「シェイラ嬢、お手をどうぞ」
「え?」
ツヴァイ副隊長様の声と共に、私の目の前に上質な袖に包まれた逞しい腕か差し出されました。
何でしょう?
オテヲドウゾ?
オテとは・・・
私が意味がわからず固まっていると、ツヴァイ副隊長様が困ったように眉をきゅっと下げられました。
年上の男性に失礼かもしれませんが、何だかとても可愛らしい表情です。
「俺にエスコートをさせては下さいませんか?」
え!?エスコート!!
まさか「オテ」とは「お手」だったのですか?
また、先日のように腕を貸していただけるとは・・・普段お父様以外の男性にエスコートされることが無いので盲点でしたわ。
一応令嬢を伴うときの紳士の常識なのでしょうが、化け物には適応されませんからね。
私に怯えていらっしゃるのに、大丈夫なのでしょうか。ツヴァイ副隊長様が優し過ぎて心配ですわ。
見上げるとツヴァイ副隊長様が私の返事をじっと待ってくださってます。
いいのでしょうか?
でも、こんな機会そうないので甘えても許されますよね?
「あ。は、はい!ありがとうございます」
「良かった」
私が腕に手を絡めると、ツヴァイ副隊長様がへにゃりと微笑んでくださいました。
ひゃうっ!?
・・・ま、不味いですわ。
ツヴァイ副隊長様の笑顔が眩しすぎて殺傷能力が・・・普段私に笑いかける方などいませんからね。免疫がない私には魅力的過ぎます!
お父様が複雑そうな表情で私とツヴァイ副隊長様を見比べてますわ。
たぶん、私相手に微笑めるツヴァイ副隊長様を変な人を見る目で、私には免疫のなさを可哀想な子を見る目で。失礼ですわね!
これは、何としてでもツヴァイ副隊長様がお優しいから無理をされているのだと説明しなくては!
口を開きかけたところで、ツヴァイ副隊長様に腕を引かれます。
「では、参りましょう」
「はい」
声音が先程よりも柔らかく優しげで、お父様へのムッとした気持ちがすっと治まりました。
待っていたマカダミック伯爵家の馬車へ私と侍女のティリを乗せると、ツヴァイ副隊長様はお父様に呼び止められて何かお話しされているようでした。
私の隣に座ったティリがポツリと呟きます。
「マカダミック様は不思議な方ですね」
「ええ、ツヴァイ副隊長様はとってもお優しいですわ」
「お優しい、ですか?」
「そう。化け物を恐れているのに態度に出さないように気をつかって下さいますもの!今まで私の目を見て会話をし、エスコートしてくれる方がいて?」
「・・・いませんでしたね。ただ、マカダミック様はお嬢様を恐れている訳ではなさそうですが」
ティリは何を言っているのかしら。
恐れていなければ何故あんなに緊張されたり赤くなって目を見張るというの?
「ティリ?」
「・・・」
ティリに目を向けると、馬車の扉に張り付いてツヴァイ副隊長様とお父様の会話を盗み聞きしてました。
「駄目よ、ティリ!」
「・・・ふっ、お嬢様は愛されてますね」
諌めようとしたらニヤリと意味深に笑われましたわ。
何だか良い気がしません。
「え?まさか、お父様がツヴァイ副隊長様に何か親バカ発言を!?」
「・・・あたしはマカダミック様良いと思いますよ。カッコいい騎士様じゃないですか」
「えっ!?ちょっと、どういう意味ですの?」
ま、まさか、ティリはツヴァイ副隊長様に惚れてしまったのかしら?とても素敵な方ですからね。
それとも、私のお見合い相手がツヴァイ副隊長様だと勘違いしてしまったとか?あ、こっちの方がありそうですわ。ニヤニヤしてますもの。
だとしても、ツヴァイ副隊長様に化け物令嬢と呼ばれる私を押し付けようだなんて―――
「お嬢様。別にあたしが狙うとも、お嬢様にお似合いともいってないですよ」
「わ、わかっています!べ、別にツヴァイ副隊長様とどうこうなるだなんて考えてな、いです、わ・・・」
私がムッとして言い返してる途中で、ガチャリと馬車の扉が開きました。
「お待たせしました」
やや強張った表情のツヴァイ副隊長様が扉の前に。
今の聞かれて・・・
いえ、聞かれた方がツヴァイ副隊長様は安心できたはず。
今からお見合い相手に会うのです。ツヴァイ副隊長様は付き添いですから、私に目をつけられたら恐怖でしかないのですわ!
聞かれても気にすることありません!
ですが、何やら胸のうちがチクリとした気がしました。何故でしょう?
そのままツヴァイ副隊長様が馬車に乗り、ヘイゼルミア侯爵邸を後にしました。