33 ツヴァイと甘味
「むぅ。それはツヴァイ様のアップルパイですよ!」
カシューネ兄弟と阿保なやり取りをしていると、いきなりシェイラ嬢の怒った声がした。怒った声も可愛い。
花弁のようにぷっくりとした唇を尖らせているのを見てしまい、キスしたくなってヤバかった。美味しそうだ。
・・・ん?俺のアップルパイ?
アップルパイがどうかしたのか?
食べたいのかな?
ここはデート中の恋人っぽいノリで「あーん」とかやってみても許されるだろうか。
えっ、見たい!
シェイラ嬢が俺の手ずからアップルパイ食べるところ見たい!
煩悩と闘いつつ何食わぬ顔を装う。キリッ。
「シェイラ嬢、どうかされましたか?」
「・・・ズルいです」
「は?」
「ツヴァイ様のアップルパイは貴方が食べたら駄目です!貴方が食べるなら私にください!」
「シェイラ嬢?」
何やらシェイラ嬢がおかしい。
カシューネ兄弟も唖然とシェイラ嬢の帽子辺りを見ている。顔は見られないからな。
最初は俺に言っているのかと思ったが、違う。
シェイラ嬢はジィッとアップルパイがのった皿を見ている。
俺も皿を見るが、食べかけのアップルパイがあるだけだ。うむ、美味しそうだ。
「では、私のレモンタルトはいかがですか?私にアップルパイをください」
「ど、どうぞ?」
よくわからないがアップルパイの皿をシェイラ嬢に差し出す。
ここで「あーん」できないヘタレ具合は見なかったことにする。テンション振り切れていないと無理だ。
そうすると、漸くシェイラ嬢と目が合った。
「ありがとうございます、ツヴァイ様」
無表情の顔にほんのり笑みを浮かべて俺を見ている。
――――ピッシャーンッ!!!
頭から爪先まで雷が身体を駆け抜けるような衝撃と痺れが奔る。
また衝撃に心の臓が鼓動を止め、呼吸が・・・
・・・ヤッバい。
ふぃ~、また死ぬところだった。
危うく天国の祖父に剣をぶっ刺されるところだったぞ!あの脳筋爺さん!!
シェイラ嬢に慣れないと寿命が足りない気がしてきた。
「ほら、貴方が我が儘だから、お優しいツヴァイ様が気を使ってくださったではないですか」
またシェイラ嬢がアップルパイの皿に向かって話している。
何かもう、タイミング的にわかっているが、聞かなければ俺には確信できないから仕方ない。
「あの、シェイラ嬢は何と会話をしているんですか?俺には何も見えないのですが、まさか・・・」
カシューネ兄弟をチラッと見ると、兄はアホ面で頭に?が飛び交っていおり、弟は顔を真っ赤に怒らせてわなわなしていた。
つまり、兄は見えてなくて弟には見えていると。資質の問題か?
「はい、ここに小さな妖精がいてツヴァイ様のアップルパイを勝手に食べているのです」
「はぁ、しかし何でまたアップルパイの皿に?」
「ツヴァイ様の食べる姿が美味しそうだったらしく、ついつい近付きすぎて《精霊の忌み子》の性質により変化が解けてしまったそうです。そして姿が小さくて見えないのをいいことに勝手に食べていたようで随分減ってしまいました」
「そ、そうでしたか」
がっかりしてアップルパイを眺めるシェイラ嬢。正確にはアップルパイの皿の上にいる妖精をだが。
確かに言われて見れば残りが減っている気がする。妖精の見えない俺には勝手にアップルパイが減っていく不思議現象だ。
「ツヴァイ様のアップルパイがこんなに減って・・・」
「えっと、シェイラ嬢はアップルパイが好きなのですか?でしたら追加で頼みますか?シェイラ嬢のレモンタルトも美味しそうですから、俺も頼もうかと思ったところで、」
そんなに食べたかったのだろうか。
でも、人が食べている姿を見ると食べたくなってしまう時があるからな。うんうんと納得しながら注文するためにウェイターを呼ぼうとする。
「ツ、ッツヴァイ様!私の食べかけで宜しければ、どうぞ!!」
「はい?」
見ると、シェイラ嬢がフォークで一口分のレモンタルトを此方に差し出していた。
――――こ、これは!?
え?夢かな?
マジですか、シェイラ嬢!?
良いのか、がっついて良いのか!?
一瞬妄想しすぎて幻覚か?と躊躇ったが、意を決して口を開き。
「「あっ!?」」
驚きの声とともにフォークにのったレモンタルトが消えた。
「・・・」ペキンッ。
俺は無言でフォークごと奴がいるであろうところを握り潰した。
たぶんフォークはもう使えないだろうが構うものか。
横から「ひぇっ!?」とか声が聞こえたが知らん。
ギリギリと拳を握る。
「コイツには、俺の声は聞こえるんだよな?」
ややドスの効いた声でカシューネ弟に聞くと、激しく首肯してくれた。
よろしい、適当に掴めてはいるようだ。
資質0だからな。掴めるかは賭けだった。掴めなくとも怒りは伝えておこうとしてやったが。
今もフォーク以外を握っている感覚はないが、青い顔のカシューネ弟を見るにいい感じに掴めているらしい。その横のカシューネ兄が目を輝かせているのは何故だ?
「愛しいシェイラ嬢が俺に食べさせてくれるのを邪魔するとは良い度胸だな、妖精?」
たぶん悪役のような笑顔になっているだろう。
しかし、シェイラ嬢の「あーん」を妨害したコイツは赦さん!!




