30 シェイラと掌
・・・どんどんおかしな展開になって参りました。
ツヴァイ様とカシューネ家のご兄弟があの日のことや、私にかけられた《妖精の祝福》の原因について話しています。
「う、うるさい!僕は、僕はシェイラが嫌われたら人を惹き付けなくなると思って―――――そしたら僕だけを見てくれるって、」
えーと。
クレメル・カシューネ様は私のことを?
そんなにとは思いませんでした。てっきりヘイゼルミア侯爵家との繋がりや婿の地位狙いかと・・・
それにしても複雑です。
6年。
年若い娘の6年は長いです。
いきなり原因もわからず化け物令嬢と呼ばれる容姿となり、お父様と私のために慣れてくれたティリ以外は私の顔を見ることもできずに畏怖される日々。
由緒正しきヘイゼルミア侯爵家の唯一の子として婿を迎えねばなりませんが、誰もがお見合いや顔合わせに耐えられず結婚どころか婚約にすらたどり着きませんでした。
何でこうなってしまったのだろう。
貴族家の子女として婿を取り家を継ぐことも、政略の役に立つこともできない。
これといった特技も秀でた頭脳もない中身は普通の娘。
しかし、容姿が醜悪な化け物。
何て価値のない存在なのかと絶望しました。
お父様やティリがいなければ生きていることすら耐えられなかったと思います。
私が笑っても泣いても相手には恐ろしさや不気味さに歪んだものしか伝わらない。
これ以上心が傷付くことに耐えられず、笑わず泣かず済むように人の目から逃げる惨めな歳月。
生きる価値もない、誰にも認めらず愛されない化け物にはとても長い6年でした。
その原因が私に自分だけを見てほしかったから?
しかもその後何の説明もなしに6年も放置ですか?
化け物になったら用なしとばかりに?
私がどれだけ辛くて苦しんでいても?
段々と腹立たしく、そして悲しくなりました。
そんな軽い気持ちで私の人生が変えられたのですか?
「力を制御できないならばシェイラ嬢に近付くな。ほら、見たくないし、関わりたくないんだろう?」
ツヴァイ様のいつもより厳しいお声にハッとします。
いつの間にかきつく握りしめていた私の掌の上に、手袋越しに温かく大きな手が重ねられました。
手袋越しでも鍛えられ固くなった頼もしい手の感触がわかります。
「シェイラ嬢のことは俺が何とかします。頼りないかもしれませんが、あんなガキ―――失礼、カシューネ弟よりはシェイラ嬢を支えられるはず、いや、支えます!」
黒曜石のように艶やかな瞳が、私の瞳をしっかり見てくれました。
どうしようもなかった体の強張りが緩みホッとします。
「――――っ、ツヴァイ様」
「カシューネ弟が魔術師になるならない以前の問題です。あれではシェイラ嬢に《妖精の祝福》を与えた妖精を使役どころか解かせる説得すらできません。解ける条件も知らないようですし、これに関しては王太子妃殿下にまた相談しましょう」
「私、ツヴァイ様にご迷惑ばかりかけてしまって、」
「迷惑などではありません。貴女のためなら喜んで協力します!」
「ありがとうございます」
ツヴァイ様に出逢うまでは色のない世界に住んでいるようでした。
それが今は優しい色で溢れてます。
本当に、ツヴァイ様は私の嬉しい言葉ばかりくれますね。
私、ツヴァイ様をどんどん好きになってしまいます。
「なっ!?そんなのできるわけない!シェイラのそれは僕にもどうしようもなかったんですよ!?」
クレメル・カシューネ様が我に返ったようにツヴァイ様に詰め寄ります。後ろでリュメル・カシューネ様や連れのご令嬢が勢いを抑えようとされますが、完全に引き摺られております。
「お前と俺を一緒にするな」
ツヴァイ様は冷めた目で返しながらも、私を安心させるように手を擦って下さいました。
「貴方に何ができるんですか?僕より早く生まれたからって殿下の側近候補からのしあがり、リュメル兄さんよりも少し腕がたつからと他者を見下し調子にのらないで下さい!昔から兄さんを悩ませるツヴァイ・マカダミック何ぞ大嫌いだ!!」
え?
まさかのブラコンでしたか?
しかも、完全にツヴァイ様個人への妬み僻みです。
「・・・だから?まぁ、俺が嫌いな要素に《精霊の忌み子》なのもあるかもしれないが、そもそもお前にどう思われようとどうでもいい。それよりも、それとシェイラ嬢は関係ないだろう」
「シェイラは、シェイラは僕のものだ!貴方こそ関係ないじゃないですか!」
貴方のものになった覚えはありません!
顔もろくに覚えてませんでしたし、クレメル・カシューネ様は私の顔をまともに見られないのに何なのでしょう。
どうせなら、そういう言葉はツヴァイ様に言っていただきたいです。
「はぁ、お前さっきから何故シェイラ嬢を呼び捨てにしてるんだ?何様だ?ただ片想い拗らせて馬鹿やったガキのくせに。第一にシェイラ嬢はものではない。勿論、俺やお前のもののわけがない」
「うるさい!だいたい何故平気なんだ!?化け物に見えないなんて頭おかしいんじゃないか!!僕は悪くない!妖精が勝手にやったんだ!」
「話が通じない奴だな。お前に責任あるなしじゃない。男として根性腐ってるのか?好きな娘が困っていたのだろう?普通何とかしてやろうと良いとこ見せろよ。況してや自分の不用意な発言が切っ掛けだぞ?それを6年も放置して今さら何の用だ?シェイラ嬢が自分のものだと?」
ツヴァイ様が静かに怒っておられます。
私のために怒ってくださっていると思うと嬉しくて涙が溢れます。
「馬鹿にするにもいい加減にしろ―――――お前のような腑抜けにシェイラ嬢は渡さない!」
「なっ!?」
「!?」
きゅっと、掌が優しく握られます。
ツヴァイ様、大好きです!




