3 ツヴァイの訪問中
俺は超絶緊張していた。
ヘイゼルミア侯爵に手紙を出してから、シェイラ嬢との面会まで何とかこぎ着けた。
この日の為に普段あまり頓着しない身嗜みに気をつかい、日頃騎士服ばかりで袖を通さない紳士服を新たに仕立て、侍女や従者の手を借りてぴかぴかに磨きあげられた。
はりきり過ぎて変でないことを祈る。
「こ、こんにちは、シェイラ嬢」
「ごきげんよう、ツヴァイ副隊長様?」
白百合の姫君が少し首を傾げて俺を見上げている。
先日は気付かなかったが、近くでよく見ると彼女の瞳は青く縁取られた榛色で、俺のつまらない黒い瞳とは比べ物にならないくらい美しかった。
俺がガチガチに緊張しているので、困ったように眉を下げてしまっているが、そんな表情もドキッとするほど麗しい。
因みに今日のシェイラ嬢はアッシュブロンドの髪をサイドに流しているので、傾げた拍子に白く滑らかな首筋が見えた。日頃見る筋骨隆々の兵士達とは違い、俺が触れたら簡単にへし折れそうな細さで心配になった。
そして俺の名前を初めて呼んでくれた声は、やわらかく耳に心地いい。
ああ、駄目だ。また目が離せない。
熱に浮かされたように顔が暑い、喉が干上がったようで呼吸が荒くなる。
何とかみっともない汗をかかないように風を感じるべく意識するが、効果のほどはわからない。
「・・・ごほんっ、ツヴァイ殿?」
咳払いと渋い声が聞こえてハッとする。
シェイラ嬢の美しさに惚け過ぎた。
声の方を見ると、シェイラ嬢と同じ色彩のアッシュブロンドの短髪を後ろに流し、榛色の瞳で俺を射るように睨む中年の美形。シェイラ嬢の父君であるヘイゼルミア侯爵がいた。
今俺がいる場所はヘイゼルミア侯爵邸の玄関なのだからヘイゼルミア侯爵がいるのは当たり前だ。
しかも、娘が求婚者との顔合わせデートに出掛けるのだ。迎えに来た求婚者を品定めや牽制するなりあるだろうとは予想していた。
だというのにやらかした俺は馬鹿だ。
ご馳走を目の前に興奮した獣のような目で娘を見る輩がいたら警戒するだろう。
不味い。外出撤回されたらどうしよう。
「し、失礼いたしました!お初御目にかかります、ヘイゼルミア侯爵閣下。マカダミック伯爵家のツヴァイと申します。本日はシェイラ嬢との外出を許可して頂きありがとうございます」
「ああ。先日はシェイラが君に世話になったようだな。礼としてシェイラが会うことを希望した。今みたいに惚けてる間にシェイラに怪我や不快な思いをさせないよう気を付けてくれ。俺の大事な娘だからな」
なんと!まさかシェイラ嬢が会うことを希望してくれたとは・・・運を使い果たしたかもしれない。
俺がシェイラ嬢と少しでも一緒にいたくて下心からエスコートを申し出たのに、世話になったと認識してくれるなんてシェイラ嬢は純粋過ぎる。
悪い男に騙されないか心配だ。
「は!命に代えても、全てのことからシェイラ嬢を守り無事にお返し致します」
騎士が上官にする礼をすると、ヘイゼルミア侯爵が少し渋い顔で頷いたので何とか外出撤回は免れたようだ。危なかった。
「まぁ。ツヴァイ副隊長様は真面目な方ですのね。お父様も感じよくして差し上げればよろしいのに」
シェイラ嬢が少し表情を和らげてヘイゼルミア侯爵を見ていた。
俺が真面目とは?
日頃仕事に関しては真面目だと言われるが、プライベートはそんなことない。今のは己の失態を少しでも挽回すべくした当然の姿勢だ。
今日は是非とも俺のことをシェイラ嬢に知ってもらい、俺はシェイラ嬢のことを知りたい!
「では早速、シェイラ嬢をお連れしてもよろしいでしょうか?」
「・・・ああ、シェイラをくれぐれも頼む。シェイラも侍女がついて行くとはいえ、男には気を付けて出掛けなさい」
ヘイゼルミア侯爵に確認すると渋々頷かれた。しかも、「男」と言うときに俺を射るように見た。
俺がシェイラ嬢に不埒な真似をすると疑われているようだ。興奮して呼吸が荒かったからかな。
ふっ、今の俺にそんな度胸はない!・・・ちょっと情けなくなってきた。
いや、紳士的に接するのだから手を出さないのは当たり前なんだが、これではヘタレ野郎みたいだ。否定できない。
「はい、お父様。うっかり私の姿を晒して声をあげたり失神なさる殿方を増やさないように気を付けますわ」
「・・・ああ」
シェイラ嬢が悲しげに帽子を深く被ってしまった。
美し過ぎるのも問題なのだろう。
確かにシェイラ嬢を見た瞬間、愛のポエムを叫ぶ者や興奮して失神する輩が出るかもしれない。
俺は落雷からの心肺停止で危うく死ぬかと思ったからな。
俺が内心同意して頷いていると、ヘイゼルミア侯爵に何とも言えない奇異の目を向けられていた。
何かやらかしただろうか?わからない。
「シェイラ嬢、お手をどうぞ」
「え?」
エスコートしようと腕を差し出したら、シェイラ嬢が訝しげに固まってしまった。
え、駄目なのだろうか。
一緒に出掛けるのだから、当然エスコートさせてもらえると思っていた。
先日は良かったのにな・・・はっ!?まさか俺は先日無意識に、シェイラ嬢が泣くほど弱気になっていたところへ漬け込んでエスコートを無理強いしていたのだろうか・・・くっ、でも堂々とエスコートしたい。
しょんぼりしたまま、シェイラ嬢にだめ押ししてみる。
「俺にエスコートをさせては下さいませんか?」
俺の情けない表情を見たシェイラ嬢が慌てて頷いてくれた。
「あ。は、はい!ありがとうございます」
「良かった」
同情か気づかいか何だかわからないが、無事にシェイラ嬢が腕に手を絡めてくれた。近くに来たシェイラ嬢から良い匂いがする。
ついホッとして顔が緩んでしまう。ヤバい。にやつかないように気を付けなければ。
心臓が五月蝿いが、嬉しさの方が勝るので問題なし!
ヘイゼルミア侯爵が複雑そうな表情で俺とシェイラ嬢を見比べている。美しい娘をエスコートするのが俺のような男だから不服なのだろうな。
けして不細工ではないと思うのだが、キラキラしいヘイゼルミア侯爵家のふたりと比べられるとどうしても平凡さが目立ってしまう。
これは何としてでも良いところを見せてシェイラ嬢と親しくなり、ヘイゼルミア侯爵にも求婚の許可を得なければ!
「では、参りましょう」
「はい」
待たせていたマカダミック伯爵家の馬車へシェイラ嬢と影のように付き従う侍女を乗せると、ヘイゼルミア侯爵に呼び止められた。
「ツヴァイ殿、君にはどう見えているんだ?」
「はい?どうとは、何がでしょうか?」
「シェイラの姿が、だよ」
「シェイラ嬢の姿ですか?」
何を聞かれているのかよくわからない。たぶん間抜けな顔をしてしまった。
まさか・・・試されているのか!?
きっと過去にシェイラ嬢の外見だけに寄ってきて、中身を知ろうとしない男が腐るほどいたのだろう。
俺がそのような輩と同じであるならば今からでも中止にされるに違いない。
シェイラ嬢が馬車に乗ってから聞く辺り、娘を傷付けるような話だった場合に聞かせない配慮だろう。
正解は、正解は何だ?
・・・いや、俺ごときが考えてわかるわけがない。思うままに答えるしかないな。
「俺にとってシェイラ嬢は白百合の化身の如く美しい姫君。俺は烏滸がましくもシェイラ嬢の隣に寄り添い全てのことから彼女をお守りしたい。・・・しかし、心から憂いを晴らして差し上げる為には彼女の心を知らねばなりません。どうか、そのチャンスを俺に頂けませんか?」
「・・・そうか。晴らせるなら晴らしてみせろ」
毒気を抜かれたような、少しホッとしたような顔でヘイゼルミア侯爵が口許を歪めた。
どうやら俺の返答は正解だったようだ。
ヘイゼルミア侯爵に騎士の礼をしてから俺も馬車に乗り込み、ヘイゼルミア侯爵邸を出発した。
乗り込む時シェイラ嬢に意識を持っていかれていたので、後ろでヘイゼルミア侯爵が考え込むように俺の背中を凝視しているのに気付かなかった。