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17 ツヴァイと王太子夫妻

 


 俺の愛しの姫君は化け物らしい。


 らしいと言うのは、何故だか知らないが俺以外にはそう見えるようだからだ。


 最初に友人から聞いた時は友人の頭がおかしくなったと思ったが、実際に劇場で騒ぎが起き、シェイラ嬢の父親であるヘイゼルミア侯爵の話を聞き事実だと知った。


 俺の見るシェイラ嬢が可愛らし過ぎて俄に信じられなかった。


 見合いデートの後にヘイゼルミア侯爵邸で話した時、シェイラ嬢の可愛らしさにテンション上がりすぎてヘイゼルミア侯爵に追い出されたのは仕方ないと思う。


 あの後、ヘイゼルミア侯爵から聞いた話だけでなく、個人的にもシェイラ嬢の情報を集めた。しかし、集めれば集めるほど不可解な化け物情報しかなかった。


 曰く、醜い獣のように見え、吐き気をもよおす臭いがするとか。

 曰く、腐敗した人喰い鬼に見え、人を襲っていたとか。

 曰く、亡霊のように姿が霞み、顔かたちを認識できないとか。

 曰く、無機物の人形のようで、壊れたマリオネットのように動くとか。


 等々、人によって見え方が違うらしく、共通点は相手に不気味さや恐怖、嫌悪といった感情しか与えないこと。


 ・・・誰だそれは。


 本当にシェイラ嬢の話なのだろうか。

 俺の瞳には美しい白百合のような姫君しか映らないのだが。


 友人に言わせれば俺がおかしいらしい。

「実はブス専で美人が苦手で恐いから美女に見えるのか?それとも醜いのが好きだからそれが美女に見えて問題ないのか?」などと残念なものを見る目で言われた。解せぬ。


 そんな訳ないだろ。俺の美的感覚は正常だ!


 ヘイゼルミア侯爵にも近いことは言われたが、友人の言い方はシェイラ嬢を貶め馬鹿にしたようでムカついた。

 とりあえず友人は訓練と称してボコボコにしておいた。

 二度はないと睨めば、友人に「理不尽だ、解せぬ」と言われた。俺の台詞だ!


 しかし、逆にチャンスだとも思った。

 何故だか解らんが俺には絶世の美女。周りには化け物に見えている。


 つまり、ライバルが少ない!


 ・・・我ながら情けない。卑しい考えだ。

 こんな男が求婚して好いてもらえるだろうか。


 だが、俺にも挑戦する権利はあるはずだ!

 シェイラ嬢がそうなってしまった原因さえわかれば、俺だけが何故平気なのかもわかり、ヘイゼルミア侯爵を安心させて求婚の許可をもらえるのだから。





「どうした、ツヴァイ?」


 いつの間にか思考に没頭していたらしい。

 俺の主であるヴォルレムディル王太子殿下が不思議そうに此方を見ていた。


 今、俺は王太子殿下の執務室にいる。


 軍の書類報告をする為に殿下の書き物にキリがつくまで待っているところだった。

 職務中に考え事など何という失態。しかも殿下の御前だ。


「は!申し訳ありません!」


「ツヴァイがめずらしいな。何か悩み事か?」


「いえ、殿下のお耳に入れるような案件ではありません。私事ですのでお気になさらず」


「職務に真面目堅物ツヴァイが私事?ますますめずらしいな。・・・そうだ、俺は今から休憩をするから付き合え。俺の休憩中堅苦しい遠慮はやめろよ。長い付き合いの友ヴォルディとして聞いてやるから言ってみろ」


 にやりと殿下が笑った。


 殿下は幼少の頃より共生側近として育った俺達に少々甘い。

 俺が近衛で護衛に就くようになってからは公私を分けて接せられることが増えたがまだまだのようだ。

 しかも、少々しつこい性格の主は話すまで退室を許可しないだろう。


 執務机を立った殿下に応接室へと促されて渋々ついて行く。


「・・・はぁ。大した話じゃないので、軽く暇潰しにでも聞いてください、ヴォルディ様?」


 俺が護衛でなく友人として口調を少し崩すと満足そうに頷かれた。


 先を促されたので渋々シェイラ嬢との出逢いと、求婚する為の手紙、劇場であったこと、ヘイゼルミア侯爵の話はあまり口外するのもよくないので伏せつつ、友人や周りからの不可解な情報を話した。


 正直、殿下の反応が読めない。


 俺の色恋沙汰の話がめずらしいからか、最初は面白そうに笑っていたが、シェイラ嬢の噂や情報を話すと顎をつまんで首を捻っていた。


「成る程、見る者によって変わる姿か。普通は化け物に見えるのにツヴァイにだけ美女に見える・・・だが、それもヘイゼルミア侯爵令嬢の本当の姿かわからんな」


「シェイラ嬢の本当の姿、ですか。殿下は俺が見た白百合の姫君は幻だと思いますか?」


「ああ、その可能性もあるというだけだ。他者とツヴァイだけ見え方が違うから真実が見えている可能性もなくもないが・・・ん?そう言えば、王太子妃の茶会の時に中庭で出逢ったと言ったな?ヘイゼルミア侯爵令嬢は茶会に参加していたのか?」


「おそらくは。ただ、隠れるように泣いていたので、茶会で何かあったのだと思いますが」


「ふんっ、大方見た目の件で化け物だ何だとあったのだろう。しかし、それならフェレイラに聞いてみればわかるか」


 そう言って、殿下が壁際で空気と化していた従者に、妻であるフェレイラ王太子妃殿下を呼ぶように指示を出した。


 ちょっと口許が緩んでいるから、仕事している日中に王太子妃殿下を堂々と呼べるのを喜んでいるに違いない。


 この殿下は過去に王太子妃殿下を捕まえるまで大変しつこかった。

 旅をしてまで逃げる令嬢を政務の合間に追いかけ回す殿下。

 俺達側近や護衛も旅のお供に付き合うので大変だった。

 昨年やっとご結婚されて関係者一同苦労のかいがあったと大いに喜ひ祝ったものだ。


 今や王太子夫妻は相思相愛のラブラブだ。

 殿下は仕事を早く終わらせる為に仕事中は王太子妃殿下に会わないように我慢しているらしい。





 ノックの音の後、王太子妃殿下の入室が告げられる。


 扉が閉められ、部屋に殿下と俺しかいないのを見ると、王太子妃殿下は不思議そうに首を傾げられた。


「ヴォルとツヴァイさんで休憩なんてめずらしいのね。私に何か?」


「うん、おいでフェレイラ。ちょっとツヴァイの話からフェレイラに聞きたいことができてね」


「私に聞きたいこと?」


 俺に視線を向けられるが、さすがに王太子妃殿下に私事などという気軽な口を聞けない。

 代わりに殿下が俺から見たシェイラ嬢の姿と他者との違いを伝え、俺がシェイラ嬢に惚れ込んでいる話をしてくれた。


「シェイラさんの事ね!素敵!ツヴァイさんにはきちんとシェイラさんが見えているのね!」


 王太子妃殿下が手をぱちりと合わせて微笑んだ。


「と言いますと、俺の見たシェイラ嬢は、」


「恐らく本来のシェイラさんの姿が見えたはずよ。私はお茶会の日に少ししか関われなかったから歪んだものしか見えなくて残念だったわ」


 あっさり答えが返ってきた。


「あの、何故俺だけ最初から問題なく見えたのでしょう?」


 これが俺的に一番気になる。


「・・・ツヴァイさんはヴォルや私に聞いて正解ね。私の見立てでは彼女はちょっと厄介なものに好かれてしまっているから、だからツヴァイさんは平気なのかもしれないわ」


「厄介なもの?」


「ツヴァイさんは《精霊の愛し子》を知ってる?」



 知りません!


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