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2 シェイラと手紙

 

 私の目から透明な雫がはらはらと落ちる。


 ああ、泣いてはいけない。

 私の泣き顔は酷く醜いのだから。


 王城の中庭の片隅で息を殺し、雫が止まるのを待つしかありません。


 ふいに、パキリと枝を踏む音が聞こえました。


 伏せていた瞼を持ち上げて視線を向けると、すぐ側の垣根にひとりの騎士様が立っていました。


 勤務中の見廻りでしょうか。

 今日は私も参加せざる得ない王太子妃殿下主催のお茶会が中庭であったので、その警護に駆り出されたのかもしれませんね。


 騎士様は驚愕に目を見開き、息が止まったかのように硬直していらっしゃいました。

 私と目が合うと恐怖に呼吸が荒くなり、顔を赤らめてだらだらと冷や汗をかき始めてしまいました。



 ―――可哀想に、化け物(わたくし)と遭遇してしまうなんて。



 私は静かに硬直した騎士様を観察しました。

 艶やかな黒髪黒目の真面目そうな顔立ち。鍛え抜かれた体躯は足が長くスタイルが良いです。


 そこまで観察してから、すぐに視線を逸らして騎士様の存在を無かったことにします。


 この方もいつもと同じ・・・


 きっと、何も見なかったフリをして、すぐにでもこの場(わたくし)から逃げ出すのですから。

 悲鳴をあげないだけ優しい方。


 しかし、騎士様は私の泣き顔が通行人に見えないよう、通路側の垣根の隙間に無言で立ち続けてくださいました。


 さらに私が泣き止むと恐怖を抑えて強張った表情と固い声音で話しかけてくださり、馬車まで自然にエスコートをしてくれたのです。

 表情は固いし、冷や汗も震えも酷いのに。


 優しい騎士様です。


 お父様以外から受ける久しぶりの親切に心が温かくなりました。


 私が礼を伝えて名乗り、騎士様が名乗ってくれようとした時、彼を探していた部下らしき方に呼ばれたので慌てて去ってしまいました。

 部下に呼ばれた「ツヴァイ副隊長」と言う呼び方から、彼の名がツヴァイ様といい、副隊長を勤めていらっしゃることが判明しました。


 副隊長という役職上忙しいばすなのに、こんな化け物令嬢に付き合わせてしまい申し訳なくなりました。






「お父様。ついに目が見えなくなってしまわれたの?」


「・・・シェイラ。言っておくが、俺はまだ老眼ではないぞ」


 屋敷の書斎に呼ばれた私、シェイラ・ヘイゼルミアは首を傾げました。


 国内有力法衣貴族で、王城で内務大臣を勤めるヘイゼルミア侯爵その人であるお父様は忙しさに頭がボケてしまわれたのかしら、と。

 老眼でもボケでもなければ、お父様が手に持つ手紙がおかしいに違いないですわ。


「では、そのお手紙は質の悪い悪戯か何かですの?」


 お父様が持つ手紙に視線を向けたら、ふるふると首を横に振られました。


「・・・マカダミック伯爵家の家紋の印が入っているのに悪戯だとは思えん」


「マカダミック伯爵家?私の記憶では我が家と親交のない家だったと思うのですが」


「そうだな。だからこそ、何故突然こんな手紙が来たのか―――」


 お父様が眉間に皺を刻み、手紙をじっと見つめました。

 私は手紙に何が書かれているのかを詳しく知りません。


 呼ばれた私が書斎に訪ねると、お父様が開口一番「シェイラと結婚したい者がいるらしい」と言い出したのです。


 そんな変わり者がいるとは思えません。


 大方私の顔を見たことはないが噂を聞いたであろうヘイゼルミア侯爵家と繋がりが欲しい寄り親貴族が寄り子貴族に嫌な役目を押し付けたに違いありませんわ。


 貴族は上下関係に厳しいのです。

 爵位の位や政治権力、財力、領地の統治能力で他貴族との関わりを決めることが多いのですから。


 国王陛下から授爵されて新たな貴族家ができた場合、まだ位の低いその新興貴族がどのくらい政治的権力や発言力をもっているか、領地開拓財政ができるかなど、自分の利になる繋がりをつくれるかで寄り親の格が決まります。


 見込みがあれば、有力な寄り親希望の貴族が殺到し優遇されますが、見込みなしと見なされるといいように利用されるか冷遇又は無視をされたりもします。

 新興貴族に限らず、既存の古参貴族も落ち目には切り捨てられてしまうのです。


 幸いにも我がヘイゼルミア侯爵家の歴代当主はお父様も含め優秀な当主が多く、全てにおいて裕福で不自由なく暮らせております。

 きっと、そんなヘイゼルミア侯爵家の繋がりを欲した寄り親から、私に求婚せざる得ない状況に追い込まれた寄り子貴族がいるのでしょうね。


 ただし、私に耐えられればの話ですが。


「マカダミック伯爵家からの紹介を頂くと言うことは、お相手は伯爵家の寄り子ですの?」


「・・・ふむ。シェイラに心当たりはないのだな?」


「はい」


「そうか。では、近衛騎士のツヴァイ副隊長殿と面識は?」


「え!?ツヴァイ副隊長様、ですか?・・・実は、先日の王太子妃殿下のお茶会の折に、その、」


 突然出た名前に動揺し、歯切れの悪く返事をしてしまいました。


 泣き顔を曝した上、気味の悪い化け物に恐怖する彼に馬車までエスコートさせてしまった事が恥ずかしくて俯くしかありません。


 その為、目の回りを羞恥で赤く染めた私の顔を見たお父様が目を見張り、面白そうに口許を歪めたのにも気付きませんでした。


「ふむ。面識があるようだな。彼の名はツヴァイ・マカダミック。マカダミック伯爵家の次男で第1部隊花形近衛のエリート副隊長だ」


「あの第1の!?私はとても忙しい方の手を煩わせてしまったのですね・・・あ、もしかしてツヴァイ副隊長様が私にどなたかを紹介して下さるのですか?」


 きっと、そうです!

 先日の迷惑料として、裕福なヘイゼルミア侯爵家との繋がりをマカダミック伯爵家はつくりたいのかもしれません。

 もしくは、マカダミック伯爵家の寄り親や軍の上官から他の家との橋渡しを頼まれたとか。ありそうです。


 ハッと閃き、お父様を見ると何故だか微妙なお顔。何故でしょう?


「・・・ツヴァイ殿の紹介。まぁ、そうだな。彼からの提案に違いない。シェイラはどう思う?会ってみるか?」


 やはりそうでしたのね。

 ツヴァイ副隊長様にはご迷惑をおかけしたのですから、彼の紹介のお見合いを受ければ貸し借りなしになるはずです!


「そうですね。会えばいつもと同じでお見合い相手に悲鳴を上げられて終わりでしょうが、ツヴァイ副隊長様に利ある為でしたらお会いしてみても良いですわ」


「ツヴァイ殿の、利?・・・シェイラは何か弱味でも握られているのか?」


 お父様が怪訝そうな渋いお顔に。

 いけません。このままではお優しいツヴァイ副隊長様が誤解されてしまいます!


「いいえ。先日お会いした際、お優しいツヴァイ副隊長様にご迷惑をかけてしまいましたので、私にできるご恩を返そうかと。きっとツヴァイ副隊長様は伯爵家や上から頼まれた駆け引きの末、ヘイゼルミア侯爵家との橋渡しをしなければならなくなったのでしょう?例え私を見た先方が逃げたり怯えて破談になろうと、私がお見合いに応じればツヴァイ副隊長様の面目は保たれますわ!」


 私が力説すると、お父様がさらに怪訝なお顔に。

 きっと、何故破談になるお見合いを態々受ける必要があるのか不思議なのですわね。

 ですが、私の顔をご存知なツヴァイ副隊長様も破談になるのは承知のはず。

 誰も化け物令嬢とは結婚したくないのですから。


 ならば、私が応じたという建前が欲しいだけのはずです。


「・・・そ、そうか。シェイラが良いなら話は進めよう。この件に関してはツヴァイ殿に直接聞いた方がいいだろうから、予定を確認してみよう」


 ツヴァイ副隊長様に直接伺う機会がある!

 その言葉に、私の心がじんわり温かくなりました。


「承知いたしましたわ、お父様」


 本来は微笑んでカーテシーすべきなのですが、私は醜い顔が歪んで見るに耐えない顔にならないよう無表情を保ち、静かにお父様の書斎を退室しました。


「・・・ふ~む。手紙の文面ではツヴァイ殿がシェイラと婚約したいようなのだが、シェイラと面識がある上で申し込んだとなると、どういうつもりなのだろうか」


 静かになった室内で呟かれた声は本棚の奥に吸い込まれていった。



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