16 シェイラの姿
「や、やっと追い付きました。ティリは歩いているのに足が速すぎます!」
ティリを追いかけ執務室に飛び込むなり目に入ったのは、呆れ顔のお父様と驚き顔のツヴァイ副隊長様。
私を見た後、お父様がチラッとツヴァイ副隊長様に厳しい目を向けて、ツヴァイ副隊長様が神妙に頷き返しました。
まるで、ティリの言っていることは本当なのか責め、それを肯定したような・・・
「お父様、違うのです!私がお願いしたからツヴァイ副隊長様がキスをして・・・あら?」
途中でティリが見当たらないことに気付きます。
まさかと振り向くと、扉の脇でしれっと控えていました。
は、嵌められました!
ティリはまだ私にツヴァイ副隊長様がキスされたことは言っていなくて、私自ら喋らせて自爆させたようです!
・・・いえ、ティリのせいではありませんね。
そもそも私が紛らわしい問いをツヴァイ副隊長様にしたからです。
「あの、ご、ごめんなさいツヴァイ副隊長様。私が顔に触れて欲しいなどと願ったから、試すようなことをしてしまったから」
言い訳かもしれませんが、ツヴァイ副隊長様が責められるのは嫌なので言葉を重ねます。
ですが、言葉を重ねれば重ねるほどツヴァイ副隊長様はお顔を手で覆って隠してしまいました。
もしや、改めると見るに耐えない化け物だったのでしょうか。
冷静に考えると触れるのも厭わしいことに気付かれて――――
「ツヴァイ副隊長様はきっと嫌々で・・・私が願ったから、私が悪いのです」
化け物に目許とはいえキスしてしまったと後悔していらっしゃる?
ツヴァイ副隊長様に厭わしく思われたと考えるだけで泣きそうです。
「―――っ、ヘイゼルミア侯爵。俺にはこの可愛らしさが幻影だとは思えないのですが?」
「・・・ツヴァイ殿。疎い娘で色々すまないとは思うが、父親として複雑だからそういう言葉は控えてくれ」
「努力いたしますが、恐らく無理かと」
何やらおふたりでボソボソとやり取りしてます。
お父様が申し訳なさそうな困り顔ですので、ツヴァイ副隊長様が悪くないとわかっていただけたのでしょうか?
お父様はツヴァイ副隊長様と今日初めて少し話しただけですのに、いつの間にか顔を寄せあって仲良さげでズルいです。
私だって化け物でなく普通の女の子だったら仲良くしていただけたのでしょうか。
普通に恋をして婚約して結婚して家庭を作って・・・叶わない夢を見ても虚しいだけですね。
私に美しいなどと社交辞令が言えるツヴァイ副隊長様でしたら、もしかしたら耐えられるのかもしれませんが、ツヴァイ副隊長様にも選ぶ権利があります。
奇跡が起こってツヴァイ副隊長様が私で良しとされても、とてもおモテになるのに態々化け物令嬢と有名な私と結ばれることをご家族や周りの方だって賛成されないでしょう。
詮無き思考に耽っていると、お父様と何やら話し合っていたツヴァイ副隊長様が、いつの間にか私の目の前におられました。
やはり私を前にされると、お顔が少々赤くなり緊張されているようです。お父様との違いに落ち込みます。
「シェイラ嬢。確認したいことがあるのですが、少々よろしいですか?」
「はい、何でしょうか?」
私を見る瞳に嫌悪や厭わしさはなく少しホッとします。
けれど、ツヴァイ副隊長様はお優しいから上手く隠してくださっているのかもしれません。
「不躾な質問ですが、シェイラ嬢にはご自分の姿がどのように見えますか?」
「私の、姿ですか?」
ツヴァイ副隊長様の問いにポカンとしてしまいます。
そんなこと初めて聞かれました。
「はい。ヘイゼルミア侯爵に伺ったところシェイラ嬢の姿は、周りの方には様々な姿で見えるそうですので。シェイラ嬢ご本人にはどのように見えるのかと思いまして」
その問いは優しい声音で、ただ当たり前の疑問を聞いただけのようでした。
そうですよね。
私が他者からどう見えているのか、詳しくはお父様やティリが教えてくださいませんし、逃げられる私に聞く術がないので知りませんが、自分がどう見えているのかぐらいはわかるはずですものね・・・普通ならば。
「・・・わからないのです」
「わからない?」
「はい。化け物に見えるようになってから、私の見えているものが真実なのか、それとも歪んだ幻影として成長した姿を映しているのかわからないのです」
6年前までの容姿ならば記憶しているのでわかります。
ですが、成長と共に多少なりとも変化した今の姿を本当の姿かと聞かれると自信がありません。
他者から畏怖される容姿だと思うと鏡を見るのも最低限になりました。
とてもでないですが、私の見える姿が普通に見えなくなります。
自分では本来の本当の姿だと思っていて、幻影が解けても酷い容姿だったら?
見えているのが都合よく歪んだ幻影でマシな方だったら?
6年の歳月は私の生きてきた人生の3分の1。
物心つく記憶の中では半分ほどです。
短いようでとても長い。
・・・私は恐いのです。
自分がどうなっているのか、知るのが恐い。
だから、余り考えないようにしていたのかわからないのです。
私の曇った表情にツヴァイ副隊長様が軽く頷き、先程よりさらに優しく軽い調子で続けられます。
「成る程。では、俺の髪色はわかりますか?」
「え?黒髪ですよね?」
いきなり変わった話に少し驚き、やはりどこかでホッとしました。
「はい、冴えない黒髪です。では瞳は?」
「冴えなくなんてないです。瞳だって綺麗な漆黒です!」
ツヴァイ副隊長様がご自分を卑下する笑いに少しムッとします。
さらさらの黒髪は艶やかで素敵ですし、漆黒の瞳は黒曜石のように煌めいてとても綺麗です。
そう心から思って主張すると、ツヴァイ副隊長様が少し照れたようにはにかまれ、そのへにゃりとした笑みにきゅんとしました。
「あ、ありがとうございます。・・・ではご自分の色は?俺の目に映るシェイラ嬢の髪は美しく滑らかなアッシュブロンドで、瞳は吸い込まれそうに魅力的な青く縁取られた榛色です」
「はいっ!?あ、あの、」
私が弱いへにゃりとした笑顔のまま、熱を孕んだ漆黒の瞳が私を真っ直ぐ見つめています。
思わぬ反撃に赤面して固まってしまいます。
「父親であるヘイゼルミア侯爵より全体的に少し明るい色味ですね。合ってますか?」
「は、っはい。私にもお父様より少々明るい色に見えます」
「では、感触は?」
「え?」
「触れる許可をいただけますか?」
「はぃ?―――っ!?」
突然のことに理解が追い付かないまま固まっていると、ツヴァイ副隊長様が私の頬に片手を添えるように撫でられ、もう片方は腰へ回されました。あと、お顔が近いです!
「触れた感じでは、すっきりとした気品溢れる顔立ちは見たままだし、抜けるように白く滑らかな肌はずっと触れていたい。ほっそりとした身体は抱き締めて離したくないし、俺がずっと守りたいです」
「ひゃうっ!?ッツ、ツヴァイ副隊長様!?」
これ、社交辞令などのわざとでないなら天然たらし過ぎます!
また頭がクラクラしてきました。
「・・・ごほんっ、ツヴァイ殿?シェイラの疎さをどうにかするにもやりすぎだ。俺は控えてくれと言ったと思うが?」
咳払いと渋い声が聞こえてハッとします。
ひゃっ!?
お父様やティリに見られてました!!
主人公たちは自分の容姿(化け物、平凡)に自信がありませんので、相手に良くとらえられているとは思ってもいません。
褒められてもだいたいは貴族あるある社交辞令的マナーだと思ってます。




