15 ツヴァイの疑問
やっとあらすじまでツヴァイが理解。
沈黙の後、ヘイゼルミア侯爵は愕然とした様子で俺に言った。
「・・・君は、本当に・・・シェイラの本当の姿が見えているのか?」
ん?本当の姿とは?
どういうことですか?
「ある日を境に、シェイラの本当の姿が見えなくなったのだ」
俺が意味を理解できずに間抜け面を晒していると、弱々しく苦い笑みを浮かべたヘイゼルミア侯爵が説明してくれた。
シェイラ嬢が12歳となった年に突然そうなったらしい。
そこそこ付き合いのあった貴族家の子供達が遊びに来ていた日で、ヘイゼルミア侯爵は仕事のため執務室におり現場を見ていなかったそうだ。
当事子供達が遊ぶ近くに控えていた使用人の話では、侯爵邸の庭で遊ぶ子供達が少し揉め事を起こしたらしい。
何でも、子供の頃から美しかったシェイラ嬢を取り合い、ふたりの少年が喧嘩したとか。昔のシェイラ嬢見たかったな。絶対可愛い。
そして、揉め事を嫌ったシェイラ嬢が女の子の友達の方へ逃げ、揉めていた少年のひとりが無視されたと怒って追いかけた。ガキだな。
稚拙な独占欲によりシェイラ嬢の肩を掴んで振り向かせた瞬間、――――それは起きた。
少年の口からは空気を引き裂くような悲鳴。
恐怖で足下に水溜まりを作り、泡を吹いて倒れたらしい。好きな子の前でそれは同情する。
シェイラ嬢も突然のことに固まってしまったらしい。
使用人と他の子供達が何事かとシェイラ嬢の下へ足を向けようとし、シェイラ嬢の顔を見た。
そこからは恐怖に倒れたり、青ざめ泣き叫ぶ者、逃げ出す者と劇場で起きたような反応だったらしい。
その後に使用人や子供達から聞いた話では、ここまでは共通認識だった。
違ったのは、シェイラ嬢が何に見えたかだけ。
どうも見る人によってシェイラ嬢の姿は違うらしい。
説明してくれたヘイゼルミア侯爵が疲れたように溜め息を吐いた。騒ぎを納め、聞き取りするのにもだいぶ苦労したようだ。
「シェイラの顔を認識しようとすると、目に入るのは己の最も恐れるものの姿となる」
「己の最も恐れるものの姿、ですか・・・」
「そうだ。だから、人によって受ける印象や姿が変わる」
ヘイゼルミア侯爵には、亡くなった奥様と幼いシェイラ嬢が怨みの篭った眼窟で自分を見ている、ボロボロに衰弱した姿が混じり合うおぞましい幻影が歪んで見えるそうだ。
意外なことに、昔は家庭を蔑ろにしていたらしく、今は奥様やシェイラ嬢が怨んだりしているとは思っていないが、当時の後ろめたさから悪夢で見た姿が未だに消えないらしい。
「俺は見慣れている上、どんな姿でも見えるのが愛した妻や娘だから耐えられるし、シェイラがそこにいるとわかるからある程度は普通に接することができる。だが、見慣れない普通の者には耐え難いだろう」
「成る程・・・それであんな騒ぎに」
何故美しいシェイラ嬢を見て化け物だ何だと悲鳴を上げ逃げたのが不思議だったが、これで漸く腑に落ちた。
しかし、そうなるともうひとつ新たな疑問が浮かぶ。
いや・・・ふたつか。
「ツヴァイ殿。君にはシェイラが白百合の化身の如く美しく見えると言ったな?」
「はい!」
そうだ。
ひとつは、何故俺だけ平気なのか。
父親であるヘイゼルミア侯爵ですらシェイラ嬢の本当の姿が見えない。
むしろ、この6年ひとりもシェイラ嬢が平気な人間はいなかったらしい。不思議だ、あんなに美しく愛らしいのに。
「・・・それが、君の恐れるものなのか?」
「はい?」
「君の目に映るシェイラは本当にシェイラの姿だと思うか?ツヴァイ殿が美しいものを恐れているという可能性はないか?」
ん???
・・・成る程!
俺も他の人と同じように幻が見えていて、俺の恐れるものの姿が白百合の化身の如く美しい姫君だとしたら、
―――――っんなわけあるか!?
確かにシェイラ嬢を見た時、雷が落ちるような衝撃で全身痺れたし、呼吸や心臓止まったし、全身熱くて汗ヤバかったけど。
え?これ恐怖の症状?
いやいや、違うだろ!?
どう考えても一目惚れ衝撃だよな!?
「それは、俺の目に映る美しく愛らしいシェイラ嬢が幻影か何かだと?」
あんなに美しく愛らしいシェイラ嬢のどこに恐怖しろと?無理だ。
本当に恐怖してたら剣を構え警戒する。何だったら初対面で切り捨ててそうだ。
たぶん、俺の性格からして逃げたり悲鳴を上げる前に王城に現れた化け物は敵認定するからな。
やべっ!?シェイラ嬢が化け物に見えなくて良かった!
危うく愛しのシェイラ嬢を切り捨てるところだった!
「あくまでも可能性だ。今見える姿が幻であった場合、解けたらどうなる?若しくは今見える姿は本物だが、そのうちツヴァイ殿の目にも恐怖する幻が見え始めたら?そうなった時、婚約済みでシェイラに期待させていては可哀想だからな」
「・・・そうですね。先ず、俺に真実本物のシェイラ嬢が見えているとしても、何故俺だけに見えるのかわかりませんからね」
うんうん。
次から化け物や不審者見てもシェイラ嬢じゃないか確認しよう。
うっかり愛しい人を切るとか絶望しかない。
「知り合いの医者や魔術師に見せようにも、誰もシェイラをまともに見られないから原因がわからないのだよ」
ふたつ目の疑問だな。
そもそも原因は何だろう?
「魔術師、ですか。確かに幻影などは彼等ならば原因を掴めるやも――――あっ!」
そうだった!
シェイラ嬢に初めて会ったのは王城の中庭。
その日にあった催し物は王太子妃殿下の茶会。
俺のコネ使えば最高峰の魔術師に調べてもらえないかな?
そうでなくとも、意見は聞けるはず。
「ん?どうかしたか?」
「いえ。俺に少し心当たりがありますので、お時間を頂けませんか?」
「そうか、ツヴァイ殿は王太子殿下の側近で近衛副隊長だったな」
ヘイゼルミア侯爵も俺のコネに気付いたようだ。
ただ、忙しい方々に協力して頂けるかはわからない。
そもそも原因にアレ等が関わっていなければ期待外れとなる。
「はい。そして・・・もし解決したら、シェイラ嬢への求婚の許可を頂けませんか?」
「ああ、解決できるならば異論は、ない。他の誰でもなく、ツヴァイ殿がシェイラの憂いを晴らしてくれるのだろう?」
何とも苦々しく、けれど吹っ切るようにヘイゼルミア侯爵が笑った。
「はい、ありがとうございます!」
「但しシェイラを悲しませる腑抜けなら直ぐに婚約破棄や離縁を覚悟しろ」
頷く俺に釘を刺すのも忘れない。流石です。
でも、預言者(俺が勝手に思っている)ヘイゼルミア侯爵が言うと真実になりそうなので止めて頂きたい!!
「あり得ませんが、肝に銘じておきます」
「うむ。頼んだぞ」
ヘイゼルミア侯爵との話が一段落した時、執務室の外が少し騒がしくなった。
「――――――ま。旦那様~~!!!」
「――――っティリ!!」
ティリとか言う侍女がヘイゼルミア侯爵を呼ぶ声と、焦ったように少し声を荒げるシェイラ嬢。
――――コンッコンッ、コンッ。
ノックにヘイゼルミア侯爵が答えると侍女が扉を開けた。
入室した侍女は少し腰を落として綺麗なカーテシーをし、無言で開けた扉の脇に控えた。
先程までのヘイゼルミア侯爵を呼ぶ声は何だったのか不思議なくらいしれっと無表情で影のように控えている。
そして、ヘイゼルミア侯爵もいつものことなのか侍女には特に反応を示さず、開いた扉の先を眺めて待っている。
「や、やっと追い付きました。ティリは歩いているのに足が速すぎます!」
急いで来たのか息が上がり、頬を赤らめたシェイラ嬢が続いて現れた。
少し乱れたアッシュブロンドがハネていて目で追ってしまう。
うん。よくわからないが、シェイラ嬢はやっぱり可愛い!




