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冥府の剣と蒼天の絆  作者: 壱春
第1章 偽りの帰還
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旅人 アスティ

 細い山道をゆっくりとした速度で荷馬車が通り抜けていく。

 簡素な造りのその馬車は、石や木の根を乗り越えるたびに激しく上下に揺れ、荷台に積まれた荷物も、その衝撃でそこら中に転げ回っていた。

 

「っとと……」 


 転がった荷物を踏まないように気をつけながら、アスティは静かに息を吐いた。

 

「疲れたかい?」


 御者台に座った小柄な老人が気遣うように声をかけた。アスティは慌てて言葉を返す。

 

「いえ、平気です」

「古い馬車だから乗り心地が悪くて辛いだろうが、もうすこしの辛抱だ。じきに街に着くからね」

「乗せてもらえただけでもありがたいのに、何も出来なくてすみません」

「何を言っとるか。何もない方がいいに決まっとる。このまま何事もなく街に着くことを願うよ」


 そう言いながら街の行商人マルタは、カハハと軽快に笑った。

 

 アスティは港町で仕入れの為にやってきたマルタと出会った。乗合馬車に乗り損ね、途方に暮れていたアスティを自分の馬車に乗せてくれたのがこの気のいい老人だった。アスティはタダで乗せて貰う代わりに街までの護衛を引き受けたのだが、今のところ賊や獣に襲われることもなく、平和でのんびりとした道のりだった。

 

「ひゃあっ!」


 マルタが突然悲鳴をあげ、荷馬車が急停止した。

 アスティは荷台から身を乗り出し、マルタの肩越しから外の様子を伺う。

 

「あれは……」


 そこには1匹の黒い獣が行く手を阻むように立ちはだかっていた。

 

 黒い狼の様な姿をした獣が低い唸り声をあげる。

 見た目は狼の様だが、身体は大きく、その瞳には赤い光を宿らせていた。

 アスティは荷台から素早く飛び降りると、獣と馬車の間に割って入った。

 

「マルタさん! 早く逃げてください!」


 アスティは目の前の獣と睨み合いながら、御者台で震えているマルタに逃げるように指示した。背後で怯える声は聞こえるが、マルタが逃げたかどうかを確認する余裕はない。


 黒い獣はアスティに狙いを定めると、姿勢を低くし、更に低い唸り声をあげ威嚇する。アスティも獣からは決して目を離さず、腰に下げた剣に手をかけた。

 

「はっ!」


 彼の服装からすると少し不釣り合いな剣を、慣れた手つきで一気に振り抜いた。

 剣の切っ先は獣の鼻先をかすった程度だったか、その勢いにひるんだ獣は一歩後ずさって身構える。

 

「ガァッ」


 一瞬の間をおいて、獣はものすごい跳躍を見せた。アスティも怯むことなく再び獣に切り掛かる。しかし、獣の動きは速く、切っ先は皮膚を軽く掠める程度で致命傷にはならなかった。

 

「グルルルル」


 間合いに入らないギリギリの距離を保ちながら獣は低い唸り声とともにゆっくりと歩みを止めた。

 

「……」


 アスティは剣を強く握り直し、狙いを定めた。

 次の瞬間、黒い獣は彼の脇をすり抜け、背後にいたマルタ目掛けて飛びかかった。

 

「しまっ…!」


 眼前に迫る獣の姿に、マルタは声も出せず、恐怖に目を閉じた。

 

『――止まれ!!』


 突如、地面から飛び出した黒い鎖が獣の肢体に絡みついた。

 勢いを殺された獣は、地面に叩きつけられ、呻き声をあげる。


 獣の動きを封じた鎖の先には、大地に突き立てられた剣があり、アスティはその剣から手を離し、獣に向かって一直線に走り出した。

 そして、その勢いのまま獣の頭を思いっきり蹴り飛ばした。

 

「ギャインッ!」


 動きを封じられた獣はアスティの蹴りをモロに受け、グラリと大きく頭を揺らすと、その場に倒れこみ、そのまま動かなくなった。


「マルタさん、大丈夫でしたか?」


 襲われる寸でのところだったマルタは、目の前で起きたことが理解できず瞬きを繰り返した。


「こりゃたまげた、こいつ妖魔だったんか……」


 マルタが倒れた獣を見て声を震わせた。

 見ると、獣の身体はブクブクと泡を吹き出し、黒い煙りを吐き出しながら地面へと溶けていった。そして、その溶け残った黒い水溜の中に、鈍い光を放つ宝石が姿を現した。

 

「妖魔?」


 尻餅をついたマルタを引き起こしながらアスティは首を傾げた。


「まさか、こんな山の中で妖魔に出くわすなんて……。兄ちゃん、見かけによらず強いんだなぁ! あんたに護衛を頼んで正解だったよ! 兄ちゃんがいなかったら今頃ワシは妖魔の腹の中にいるところだったわい!」


 恐怖から解放された老人は、軽快に笑いながらアスティの背中をバンバンと叩いた。アスティンもつられて笑ってしまう。


「その妖魔の落とした宝石は兄ちゃんのもんだ。持って帰るといい。街で売ればそこそこの値段で買い取ってもらえるぞ!」

「これがですか? へー、それは助かるな」


 アスティは泥の中から小さな赤い宝石を拾い上げると、空にかざして中を覗きこんだ。

 陽の光に透ける宝石の中は霧の様に蠢く暗い闇が見えた気がした――。

 

 「妖魔って、普通の獣とは違うんですか?」


 危機を脱し、再び街へと向けて走り出した馬車に揺られながら、アスティはマルタに先程の獣について質問した。


「そうだなぁ、ワシも妖魔をこの目で見たのは初めてで詳しくはないんだが、どうやら奴らは魔族が生み出した魔物だってウワサだ」

「魔族が生み出した、魔物?」

「とはいえ、魔族なんてのも本当にいるかどうかわからんがね」

「え、そうなんですか?」

「あんなものは昔話や神話の中だけの存在だと思っておったからね。こりゃ考えを改めないといかんな」


 自身の薄くなった頭部を撫で付けながら、老人は笑う。


「そういえば、もう一つ驚いたのは、兄ちゃんの持っとる、その剣だな。あれはどういう仕組みなんだい?」

「これですか?」


 アスティは腰に下げた剣に目を落とす。


「あの妖魔の動きを封じた鎖は、どっから出てきたんだ?」


 先程の戦いで、魔物の動きを封じた黒い鎖。魔物が泡となって消えた後、鎖も煙のように消えてしまった。


「あれは、俺もよくわからないんです。とっさに見よう見まねで試してみたら、出来たってだけで……」

「よく分からないって……。じゃあ、あれはまぐれだったって言うんか?」

「そうなりますね。この剣は俺の物じゃないんで。俺は元々の持ち主に剣を返しに行く途中なんですよ……」

「なんてこった……。じゃあ、もしあの仕掛けが使えなかったら今頃は二人して仲良く妖魔の糞になってたかもしれないわけだな。はー、その剣を忘れてった人には礼を言わんといかんなぁ」

「ホントですね」


 アスティは腰に下げた無骨な剣にそっと手を添えた。

 金色の柄に施された細かな細工が陽の光を受けて、鈍く光った。


「お、あそこの峠を曲がると街が見えてくるぞ!」


 峠に差し掛かり、マルタが嬉しそうな声をあげた。

 

「あれがワシの住む街、花の都・リアフォルンだ」


 アスティは馬車の荷台から身を乗り出し、丘のふもとに目を向ける。そこにはにぎやかな街の様子が一望出来た。

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