透明人間の人間投下事件(其ノ伍)
堤防を渡る二つの影。その影がルインのすぐ近くに来た。
「おはよう。健治、祥子。」
ルインはその影の元に向かって振り向いた。羽織るコートが影を広げた。
人差し指で取手に入れてカップを握る。その中には赤橙色で透明に透き通る液体が波間に揺らぐ。
「今日も事件解明のための聴取をしよう。」
ルインは二人の間を潜り先へと進む。しかし、健治と祥子が着いてこないことに気付いて振り向いた。
「どうしたんだい?」
「いや、助手の、あの全身真っ黒の服を着た女の子は……」
「シーナなら友達と言っていた長嶋と出掛けていった。彼女なら心配ない。今日は三人で行こう。」
それを聞いた後に健治と祥子は早歩きでルインに追いついた。そして、ルインと共に警察署へと向かった。今日は刑事が聴取した情報を刑事に聞きに行く。
健治は安全運転を心掛けながら、アクセルとブレーキを使いこなす。手練た操作でいつしか警察署に着いていた。
三人は人のいない会議室へと到着した。そこから遅れて一人の警察がやって来た。彼の名前は窶 玲音で聞き込みで事件解決に向かう刑事だ。
「遅れてすみません。」
「大丈夫ですよ。どうぞおかけになって下さい。」
そこに居合わせた四人は椅子に座る。
「それでは、聞き出した情報について教えてください。」
「分かりました。まずは水道工事の社員からです。」
玲音はアパートからすぐ近くのホテルへとやって来た。そこには、元アパートに住んでいた住人がアパートの立ち入り禁止の間に住む場所。玲音は一つ一つチャイムを鳴らしては中にいる人から当時の状況を纏めた。
事件が起きた当日、その日は水道工事が行われる予定だった。その予定時刻は昼の二時頃。その職に就く志村 郎樹は水道工事を行うためにその準備として十一時頃にアパートにやって来た。
郎樹はひたすら準備を進めていた。四階の窓は風で音を絶えず出していた。
一瞬、鈍い音が響き渡る。
部屋を隔てた向こう側から鳴った。が、それが殺人とは思わなかったため一瞬にして興ざめた。すぐに準備へと取りかかる。その時、一人の住民と目が合わさったが気にせず作業を続けた。
四階にずっといたが何もなく作業をしていたら、突然サイレン音が鳴り出した。
「ワシには関係ないか」と作業を続けが、すぐに警察が来てアパートを離れるように命じられた。
そして、郎樹は作業を止めて事務所へと返った。
郎樹と被害者晴秀の間には何の関係もなかったようです。
「……ということですね。」
「成程。」
祥子は胸ポケットから取り出したメモ帳にひたすら内容を書いていく。一方でルインはただただ頷いていた。
その聴取で得た情報が正しいとは限らない。だから、疑っていくしかない。その中で正解のピースを見つけていく。
「その次に隣の部屋に住んでいた平 惇生の情報です。」
惇生は日課となっているテレビを見ることをしていた。その時、外から何かが地面に落ちる音が聞こえた。
何だろうかと気になったが瞬く間に頭の中で閃いた。
今日は水道工事の日。
惇生は水道工事による音だろうと勘ぐった。一応、確認として扉を開くとそこには作業員がいた。作業員と目が合わさることで確信した。これは工事の音だった、と。
しかし、違った。サイレンの音によって違うことに気付いた。
「……ということです。」
「成程、水道工事の作業員と隣の住民との証言が一致している。正しい確率は高い。」
「残りはめぼしい情報は得られずでした。」
「ちょっと待て!!被害者の晴秀の娘とその夫はどうした?特に第一発見者である奴の情報ぐらいくれよ!!」
健治は玲音に聞くと、衝撃の答えが返ってきた。
「晴秀の娘は明日面会する予定です。しかし、その夫の竜也とは話を聞いてくれませんでした。」
「おいおい、そんなことが許されるはずがない。公務執行妨害だ。普通に聞くぐらい出来るだろ?容疑者全員に聞く。基本だろうが!!」
この事件、少しでも関わっていれば容疑者だ。第一発見者の竜也から当時の状況を聞くのは当然。しかし、とある邪魔者がそれを塞いでいた。
玲音は目線を下げながら言った。
「すみません。彼はお金を払えば答えてやると言ってきました。」
「はあ、お金……ってまさか!!?」
「多分、まさかの通りですよ。飯田探偵事務所に先に面会してお金を貰ったようです。それで思い上がったのか警察にもお金を要求して来たんです。そのせいで、こちら側は強く出れずに聞き取りを遅らせています。」
飯田の姿が思い浮かぶ。
飯田はキャッシュケースに詰めた金を竜也に渡す。そして、耳元で言葉を囁いた。
「くっそっ、あいつか……。あいつにこそ、公務執行妨害で捕らえるべきだよな。」
健治の怒りの矛先は飯田に向いていた。
「仕方ない。竜也のピースは後回しにしてその周りから埋めていこう。嘆いても始まらない。」
「そうだな。」
ルインは玲音の方を見た。
「それと、明日晴秀の娘友香との面会に私達も着いていっても大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。一応、確認して見ますね。」
玲音は立ち上がるとスマホを取り出して何処かへと連絡した。そして、耳に近づけてスマホに向かって幾度か話しかける。
玲音はスマホをポケットにしまうと再び椅子に着いた。
「はい、大丈夫なそうです。」
「ありがとうございます。」
ルインはその一言を放つと立ち上がった。それに続いて他の三人も立ち上がる。
そこで解散となった。
ルインは健治、祥子と話ながら車へと向かった。
「全くだ。あの飯田って奴、ろくな奴じゃねぇ」
「仕方ない。関わる方が時間の無駄だ!!」
その時、健治のポケットでスマホが小刻みな揺れていた。健治はスマホを取り出して話し出した。
「……はい。はい、はい。はい?えっ、死体から大量の睡眠薬の投与がされていたって!!?」
ルインはその言葉を聞いて察した。
鑑識からの情報が回ってきたのだろう。晴秀の身体から大量の睡眠薬が投与されていた。
パネルの周りのピースが一気に色付き始めた。