透明人間の人間投下事件(其ノ肆)
肆=4です。
黄色の立ち入り禁止のテープを潜り抜け、使い込まれた建物の中に入る。夕日が廊下を射し込み反射する。ルインらはオレンジ色の瞬きに押され歩いていった。
目的地へと続く翳る階段。一段一段確実に踏みしめていく。すれ違う制服の男性は忙しなく階段を下っていく。
橙の灯は徐々に黒ずんでいく。窓から射し込む光が廊下を色付けていたが、徐々にその色が奪われていく。その中をルイン達は進んでいった。
気配のない扉を二つ過ぎた。三つ目の扉は開かれていて絶え間なく制服の大人達が行き来している。そして、邪魔にならないように通路の端で仁王立ちする男がいた。愛家だ。
「話はつけておいた。中に入っても大丈夫だ。」
「ありがとうございます。お言葉通り中に入らせて頂きます。」
ルインは部屋の中に入っていく。それに続いてシーナ、健治、祥子が着いていく。
ルインは開いた窓から身体を乗り出して下を覗く。
「ここから落ちたらひとたまりもない。実際に見てみると降りる選択肢がないことがはっきりと脳裏に刻まれる。」
冷えた風が頭身にかかる。ルインは窓から身を引いた。
窓から身を乗り出すとすぐに地面。フェンスはなくすぐに真っ逆さまだ。
「やはり百聞は一見にしかずだ。ピースが色付いていく。」
白紙のピースに色がついていく。全てのピースが色を持つ訳ではない。しかし、色の現れたピースのお陰でパネルにピースが埋まっていく。
現れるピースには偽物が存在する。色あるピースにも偽物はある。嘘をついたり、勘違いしてたり、そのようなピースは偽物だ。そのピースに気をつけながらルインはジグソーパズルを埋めていく。
「今日はもう遅い。帰ろうとするか。」
ルインは片足を軸に百八十度回転した。羽織るコートが風圧によって靡いていた。
*
洒落た大人の空間でラフに座る。パソコンに映る角刈りの男性。厳つい見た目だが老っているのが見える。飯田はパソコンを介して新田 亜蓮と通話していた。
「話とは何かね?」
『相当切迫した状況となった。』
「何があったのかね?」
静けな淡々とした声が脳内に強く響いていく。その声はサイレンを鳴らしていた。
『我が新田組は愛知県を拠点にしている。』
『一方で谷川組は圧倒的な強さ故に東京の裏社会を牛耳り支配した。』
「谷川組?それがどうしたというんだね?」
『その谷川組が愛知県へと拠点を変えようとしているんだ。そうすれば、我が新田組もただでは済まない。』
愛知県は東京と大阪及び京都の場所の中央に位置する。そこを抑えて東京も大阪も陣地にする。そういう計算だと踏んだ。
『当に谷川組の頭である谷川正義が何度も愛知県を視察しているという噂も聞いている。もし拠点を変えられたら、新田に残された選択肢は三つだ。』
パソコンの向こうで三本指を立てる新田。
「三つとは?」
『一つ、新田組は愛知県から逃げ出すか。二つ、新田組が谷川組の下につくか。三つ、新田組と谷川組で争うか。勿論、三つ目以外の選択肢はない。それ以外、誰一人としてプライドが許さない。』
新田は画面越しの飯田を捉えた。クッション性の強い椅子に座り赤ワインを飲む飯田。手に持つグラスはいつしか底についていた。
『谷川正義は警察をも操ると言われている。裏社会で生きる我らに取っては不利極まりない。そこでだ、新田組も警察を味方につけたいのだ。』
飯田は察した。
薄光が硝子を通して乱反射する。淡い光が飯田にスポットライトを当てていた。
「なるほど。そこで私が警察を手玉に取ればいい。刑事事件を解決した功労で情を勝ち取ればいいのだからねぇ。」
事件の真相を解き明かし警察と取引を行う。しかし、そこで金は取らずただで事件解明を行う。情けをかけ続けることによって警察から情を得る。そうすれば、警察は飯田の手の中に収まる。
そんな妄想をして堪えられない笑いが溢れる。
「そのためには一つ、邪魔な探偵がいる。」
飯田は四人の姿を思い浮かべた。眼鏡をかけた地味な茶色のコートを羽織った男が空想の世界に現れた。
『それは誰だ?良ければ、手を貸す。新田も裏で生き延びている派閥の一つだ、裏で消してやる。』
「これはこれは、有難い。私が消して欲しいのは彼らですよ。」
飯田はカメラからパソコンに向かって写真を見せた。
風の舞う中でルインを先頭に歩く黒のワンピースの少女、警察の男女。彼らが飯田と話し終わってアパートに向かう時に秘密裏に撮っていた写真である。
その写真を見た新田は力強く机を叩いた。拳が机を震わして大きな衝突を生んだ。その音がパソコンを挟んでいても衝撃が伝わった。新田は頭を軽く抱えていた。
「どうしたんです?」
『こいつらは駄目だ。消すことも出来ねぇし、消したら我らが消される。』
「何故かいな?」
『すまないが、その件はそっちで任せる。我らでは対処出来ない。飯田も気をつけるように。』
そう言って、パソコンは黒色に染まった。すぐにデスクトップ画面に戻ったが、そこには新田の姿はない。
飯田は眼に入る写真を眺めていた。
「彼らに特別な何かがあるのだと言うのかね?」
飯田はその写真を刷って形あるものにした。その写真を洒落た床へと落とす。落ちた写真は大人のような凛とした床とは逆に賑やかな雰囲気を醸し出している。
浮き出たその杭を力強く踏みつける。そして、何度も足で写真を穢していった。
「私が勝てばいいだけのこと。絶対にルインよりも先に真相を暴いてやる。絶対に愛知県警を手中に収めようぞ!!」
飯田はひたすらパソコンに向かった。集めた情報から【透明人間】を探り出そうとする。写真の中に写る世界。その中に透き通る悪魔を見出した。
火のついた 怒りの心が飯田の指をひたすら動かしていた。
月光が窓から射し込む。ステンドガラスを美しく照らしていた。
*
凪の中、ルインは海を背に立っていた。
暖かい光に包まれながら紅茶を啜っていた。忙しなく過ぎ行く車の波に人の波を一目で見渡す。
規則性ある堤防から見渡す景色。海の景色は弛まなく一定に移りゆく自然を感じられる。一方、人の景色は忙しなく動く規則性のない人工を感じる。常に変化するその景色はとても面白い。一人一人が自己の事をする。それらが歯車のように組み合わさり一つの回転車となる。
「自然も良いが、人間の景色も情緒深い。」
人間の賑やかな世界と、自然のゆったりなる世界とに挟まれた狭間の世界。そこは鼠色のコンクリートが隔てている。
堤防を渡る二つの影。その影がルインのすぐ近くに来た。
「おはよう。健治、祥子。」
ルインはその影の元に向かって振り向いた。羽織るコートが影を広げた。
敢えて事件とは関係ないことをやって事件の真相のミスリードを誘いやすくする作戦。なんちゃって。