透明人間の人間投下事件(其ノ参)
「そのために、事件現場を見せて貰いたい!!」
「勿論だ! 行くぞ!!」
肩並ぶルインと健治を先頭に、追いかける祥子、ゆっくりと歩むシーナ。
事務所のある建物のドアを開けると一筋の陽射しが射し込んできた。その光が四人を麗しく照らし出していた。
*
夕日が建物を鮮やかに魅せる。重い空気が地面に向かって押し付ける。その中を制服を着た大人達が忙しなく働く。
「久しぶり、鳳警……」
「今は私立探偵です!」
ルインの元にやって来た背の高い男性は言い間違いをしそうになって「ごほん」と咳をつく。
「鳳探偵。ご協力感謝する!」
「勿論ですとも、愛家警部。全力でお答えしましょう。」
「助かるよ!!」
鑑識課の人々が時計の秒針のように絶えず動く。
汗水を垂らしてパズルのピースを見つけていく。そのピースをルインは手繰っていた。
「大雑把な情報は健治に聞いたので、鑑識の得た情報から聞かせて貰えませんですか。」
「了解した!」
愛家彰英は煙草を蒸して煙を吸い吐いていた。灰色に濁った白い息が空気中を漂っていた。
「最初に"道具"についてだが、縄跳びが凶器に使われた。スーパーで売られている安めの縄跳びだ。首吊り自殺の容量で首に掛けて絞殺したと推測される。長いためか縄は何回か折られていた。そう言えば、何故か先端部分が刃物で切られた跡があったな。何故かは分からない。」
触れるとほんの少し弾力がある。柔らかいチューブの中に硬い紐が通っている。両端に取手がついている。
その縄は中央を折り目にして折られた。そこでできた直線の中央を折り目にさらに折る。その縄を首に掛けた。
取手のある方の先端を片方の先端に近づける。近づけられた方の先端にある輪を開く。その輪に片方の先端を通す。そこを引っ張ると、縄の輪っかは収縮し首は強く絞められる。
縄跳びの取手。その手前の柔らかい紐に切り傷がある。それは元からあったのか、事件の時につけられたのかは分からない。
「他に、凶器に使われたものは?」
「いいえ、凶器は縄跳びだけ。家の中で争った形跡はなく、跡もない。それに、怪しい指紋は無かった。一部拭き取られていたため、隠滅したのだと思う。」
透き通る身体。その手が布を使って机を拭う。その布をポケットに入れた。そして、その布は壁をもすり抜けた。
「他には?」
「分かるのはこれぐらいか……。鑑識からはそれだけだ。」
「捜査第一課総力戦で血眼で真相を探っているがなかなか解明されない。あそこの助っ人のせいで迷宮入りに向かっている気がするんだよ!本当に鳳探偵が解明の希望だ。」
愛家は人差し指で肥った身体が印象的な男を指す。紫と白のストライプ柄で、高級感が漂う服装。蓄えた髭を無造作に触っている。
「私は現場指揮に戻る」と愛家。
愛家はアパートの中へと向かっていった。
使い古した靴が砂を巻き上げた。夕日に打たれた砂が小さく舞っている。
その中をゆっくりと進む一人の男。愛家の言っていた助っ人。いつしかルインの正面に立っていた。太い身体が威圧感を放っている。
「いやはや、これはこれは。ルイン探偵事務所じゃないですかぁ!」
「相変わらずですね、飯田探偵事務所の飯田 仁さん!!」
飯田は小さく笑いながらルインらを見下した。
「仕事は順調ですかね? 私達飯田探偵事務所も其方と同様に刑事事件に踏み込むことにしましたよ。刑事事件は警察・検察に、民事事件は探偵に、という常識を覆すその思考、参考にさせて貰いましたよ!ありがとうございます。」
「わざわざどうも。其方型のお陰で登山する山の標高が高くなりましたよ。」
「それはそうと、よく刑事事件に踏み込もうと考えましたね。私、何度も迷宮入り事件の解決をしていますが、報酬はそれほど良いとは思えませんけどね。仲間達への奉仕として思っているので苦はないのですが、其方の方は繋がりもなく苦労する気がするのですが?貴方がたが最近手を出した仕事はどうです?順調です?」
「そうですなぁ。壁は越せないとも、順調な好スタートではありますなぁ。良ければ私達の仕入れた情報も差し上げましょうか?」
乾いた風が吹き荒れた。その風は砂を運ぶ。その風に煽られてルインは首を捻った。
「仕入れた情報とは? どのように仕入れたのです? 警察も動いてますし、私人では情報を聞き出すのは難しいでしょう。」
「企業秘密にしようと思いましたがね、今回は特別に教え致しましょう。」
「ほう」
「事件に関わる人達に金の力で話して貰うのです。例え警察が手回ししてない人物でも手回しされた人物でも金を渡せば協力されますなぁ。こちらには金がありますからなぁ。」
飯田の姿が思い浮かぶ。
金を渡して、事件に関わった人にその事件について根掘り葉掘り聞いていく。
何かを企んだような瞳でその人を見つめていた。黒い瞳の底には泥水と可燃ゴミの混じったくすんだ色をしていた。
そこで金を失っても、聞いた人の情報が警察への聴取から免れた時での取引、事件解明後に得られる取引で警察からお金をふんだくれる。
「しかし、警察にしてはたまったもんではないですよね?」
「そうですな。しかし、私達には知ったことではありませんのでねぇ」
穢い心とその事実を聞いてこみ上げてくる憤慨の気持ち。祥子は思わず声を荒らげた。
「そんなことしてるから余計迷宮入りになるんです!!」
赤く滾る祥子とは裏腹に飯田は黒く濁った色をしていた。飯田は冷淡な声で返す。
「それがどうかされましたかね? 本当に知りたいなら金を出せばいい。私飯田探偵事務所とならいつでも交渉に応じますよ!!」
その言葉で感情を抑える紐が切れた。祥子が感情に任せて一歩踏み出そうとした時に健治が手で行く手を阻んだ。
「どうして止めるんですか!!?」
「いいから頭を冷やせ!!」
そして、健治は飯田を見て放った。
「事件解明を金で買えるとでも思っているのか。聞かせてくれないか。」
「ええ、勿論ですとも」
「一つ警察からアドバイスしたやるよ。どんなに金を払っても嘘の場合なんてことザラにあるぜ。」
「そうですかい? 金の力を知らない者の戯言は興味ないですからねぇ。分かりませんな。」
「殺人犯となれば捕まれば"死"をも覚悟すること。命を金で買えるとでも?」
ギスギスした雰囲気が辺りを包んだ。そんな負に屈さない飯田は自身げに四人らを見下した。
「そうでしょうとも。金の力は偉大ですのでね!!」
その言葉がさらに雰囲気を暗くする。怒りの矛先が飯田に向かう中、一人だけ怒り心頭に発することのない者がいた。
シーナは小さく呟いた。
「こんな奴に構っているのが、時間の無駄です。早く聴取に急ぎましょう。」
「そうだな。飯田さん。今日はこの程度で失礼させて貰いたい。」
その一言を機にルインらはアパートの方へと向かった。その後ろ姿を飯田は眺めていた。
ルインら四人は事件のあったアパートの中へと辿り着く。
黄色の立ち入り禁止のテープを潜り抜け、使い込まれた建物の中に入る。夕日が廊下を射し込み反射する。ルインらはオレンジ色の瞬きに押され歩いていった。
修正及び変更
・ミスを是正しました。
・友香の夫がいた理由を友香の送迎として必要だったからという意の1文を加えました。
・ルインと飯田の静かな言い争いのシーンに1文足しました。