名探偵と秘密のパズル(其ノ弐)
日陰が"M"の姿形を隠す。誰にも知られることなく、新田組を滅ぼした張本人ということを新田組の誰一人も知ることなく、"M"は淡々たんたんと次の計画を頭の中で立て始めていった。
*
健治は帰り際に一枚の封筒を置いた。
地味な薄茶色の中には紙が入っているように見える。健治は楽しそうに語った。
「それは愛知県警、というか愛家さんが用意したいつも難解事件を解いてくれたことに対する御礼だ。貰ってくれよ。」
ルインは封筒に手をかけて中身を出した。
ペラペラな紙だった。
「豪華客船の券か。」
「ああ。結構、値がする客船だぜ。ありがたいことに四人分入っている。」
「────なるほど。それでちゃっかり休みを取るという訳か。」
「愛家さんの配慮だよ。俺が休もうと思って四人にした訳じゃない。」
「まあ貰っておくよ。この日は私は大丈夫だし、シーナも多分大丈夫だろう。だが一応は確認させて貰う。また連絡するよ。」
「ああ、頼むぜ! せっかくのバカンスなんだから。」
そこで祥子が呆れながら横入りしてきた。
「本当に遊ぶ気満々ですね。」
ため息の混ざる言葉が空中に漂う発火物と合わさって笑いが爆発した。
何気ない話を終えると、二人はその場を去った。
一人残ったルインは箱に入ったジェンガに向かって呟いた。
「まさかあのゴーラン号とはな。」
二人席で一人淋しく座る臼田龍。さっきまでいた信幸の面影は一つも見当たらない。彼は急用ができたとして出ていってしまった。
「子分のピンチだ」と慌てていた信幸に対して龍は冷静だった。急いで席を離れる必要はない。
三本目の電子煙草を吸い終えると、一人の客が対面する相席に座った。
年齢にしては若く見える女性。龍は彼女が長嶋朋花だということはすぐに分かった。
「久しぶりね。」
「そうだな。それより何故ここにきた? なんかようか。」
「ええ、あんたを誘いにきたのよ。」
そう言うと、ジャケットの内側から一枚の紙を差し出した。
「ゴーラン号。あの豪華客船の券。席もいい所に取ってある。」
「よく取れたな。」
長嶋は"殺し屋"であり、龍は闇のブローカーである。二人は社会の光に照らされることのない場所で暗躍を続けているという共通点がある。
龍は新田組と深い関わり合いがあり、よく物の取引の仲介をしていた。
長嶋は新田組の一人黄嶺颯太という男からデータを盗み龍の身元へと辿ってきた。それも独力で。
長嶋は裏で生きることに人知れない才能があり適正があった。その才に気付いた龍は新田組には内緒で長嶋に協力し始めた。こうして龍と長嶋は手を組んだのだ。
「で、どうするの? 行くの!?」
「そうだな。行くことにしよう。」
「それはそうと、新田組の件で話があるの……」
「話────?」
長嶋は小さな声で新田組の壊滅について話出した。それから、その情報が公に出されるのは太陽が再び上がり始めた頃だった。
*
鴎が船に沿って滑走していく。船を追い越すとすぐさま高く羽ばたいていった。
青空を隠せない雲がちぎれちぎれに流れ漂う。
心地よい潮風に打たれルインは前方の海を眺めていた。後ろ側では優雅に人工プールに浸かる人達も同じ変わる海の景色を見ていた。
健治がルインの近くにきて同じ風を浴びる。
「気持ちいいな。」
「そうだね。」
「後でカジノ行かないか。」
「そうだな、日本にいては味わえない大人の嗜みでもやってみようか。」
靡く風を追い風にして二人は船内へと入っていった。
綺麗に整えられた廊下を歩く。差し当たりの廊下は左右に別れている。二人は左方向へと方向転換して歩いていった。
そこで一人の女性とすれ違う。その女は真っ直ぐ歩いていった。
健治はその女を見た事がある。が思い出すことができず、立ち尽くした。ルインは不思議そうに立ち止まった。
「どうした?」
「いや、さっきすれ違った女性……見たことがあるような気がして。」
「あまり目視せずに通り過ぎたせいでどんな女性だったが思い出せないな。探偵である私がカジノに頭を奪われていて周りに気を配れないとは迂闊だった。」
健治の頭の中で数々の記憶が掘り出される。
すぐに女の顔を見つけ出した。その女の名前は"長嶋朋花"であり、"M"の候補の一人かつ現在行方不明の存在だ。見た目は多少変わっているものの本質的な見た目は変わることがない。健治は長嶋であると断定した。
「分かった。あいつは長嶋朋花。シーナの友人だ。」
「長嶋さんを見落とすとは探偵の失態だった。自分が悔やまれる。」
「すまん、ルイン。カジノは後だ。」
健治は長嶋の進んだ方向へと走った。
ルインも健治について走っていく。誰もいない廊下を手探りで走っていく。手がかりは予想でしかなかった。
そんな不確かな情報では長嶋の元には辿りつけなかった。
誰もいない器具庫が廊下の終焉を示していた。
「くそっ。」
「何故、長嶋さんを追っていたんだ?」
「……少し野暮用でな。この先に何かある訳でもないしな。」
健治の張った体が脱力していく。力の抜けた手で器具庫の中を開けた。鍵がかかっていない部屋だったため、部外者である健治でも簡単に開けられた。
器具庫の中には掃除器具が大半を占め、それらが乱雑に置かれていた。
「そりゃあ、何もないよなぁ。……知ってたけど。」
健治は啜り笑いをしながらドアを閉めていく。そんな時にルインが健治の手を止めて器具庫の中を漁るように上半身が中に入っていく。
「おいおい、急にどうしたんだよ。」
しかし、黙々に器具庫の道具を掻き分けていく。
手が止まる頃にはある物がはっきりと見えるようになっていた。
「なんだ、ソレ。」
そう言って、健治が近付くがルインが止めた。
「不審物だ。嫌な予感がする。」
「────不審物か。よくそんなん見つけられたな。」
「私は探偵として、さっきの失態を挽回するために気を配っていたからな。」
「なるほどな。取り敢えず、船員を呼んでくる。」
「急いでくれ!!」
「言われるまでもねぇ。」
健治は息が止まるほど廊下を走り、目的の場所へと向かった。
緊迫した空気が現れ、周りに垂れ流していった。
船上で爆弾を設置する。
誰もその様子を見る者はいない。
設置し終えたら、何事もなかったようにその場から遠くへと離れた。船内の灯火の当たらない日陰で壁にもたれる。
最後の爆弾のために向かおうと考えた時に、ふとメールを開く。
メールの相手は"M"だった。
〘jDMcG&"dIheg〙
そのメールを解読すると、二段階に分けて返信した。
〘@gem29et8〙
〘29eagmEO&Gbsy〙
すぐにメールが返される。
〘GsG.gbmn4x.iq5j/n4"29fj〙
そのメールに苛つく。
命令だからと言って無駄でリスキーな作業を行う気は毛頭ない。指を滑らせて命令に背くことを宣言した。
そして、最後の爆弾の設置のために動き始めた。
船員が来て実物を確認した。
その様子を確かめるために特殊な装置を近づける。その装置が反応した。
それは爆弾であることを示していたのだ。
その情報は司令室へと伝わり、さらには船内全体へと情報が広まる。
船内に爆弾がある。速やかにその場に待機せよ、と。
雑音の混じった重い音が何度も響く。一瞬にして切羽詰まった空気となった。先程までの穏やかで楽しい雰囲気はもうそこにはない。
急ピッチで避難ボートが用意され、避難経路が確保されていく。
爆弾が設置されるテロが起きた、その情報だけで人々を不安にするには十分だった。
不安が騒乱に変わるまで時間はかからなかった。
船内は大パニックに陥ったのである。




