鏡越しのパズルピース(其ノ漆)
ついに、黒幕とは何かが明かされます!!
そしてようやく折り返し。
健治の頭の中に広がっていく景色。黄色や橙でできた明色の絵の具があの頃の黒い色と混ざっていく。そして、目の前に広がる景色である明色が黒に取り込まれ一面真っ暗となった。
その黒を仄かな橙色が照らしている。
「光宙の死を無駄にするのかよっ!」
若き日のルインは壁に向かって殴った。自分ではどうすることもできない現実から避難するために思いっきり自身を痛みつけた。辛い現実が頬を濡らす。しかし、どう足掻いても前には進まなかった。
まだまだ青い健治は自暴自棄になりかけているルインに近づく。だが、近づくだけで何もすることは出来なかった。
頭の中で「これ以上の捜査を取り止める」という衝撃の事実を告げる声が何度も流れていく。納得いかない。だけど、縦の関係が重要視される警察という身柄上、上の命令は受け入れなければならない。
上の人は夏治郎の告白を信じ、表面上の事件解決を受け入れた。しかし、ルインや健治には勘づいていた。さらに奥底に真実が隠れているのだと。だからこそ、この事件の解明のための捜査は続けられるべきと考えている。この二つのコンフリクトに揉まれたルインは身体中に蓄積された辛さを壁にぶつけた。
「健治……来てたんだ。」
ルインは健治を見る。心に抱える悩みを打ち明けた。
「健治はこの事件、どう思う?」
「どう思う、ってどういうことだ?」
「僕は犯人は夏治郎ではないと思う。犯行の動機は不十分だし、殺害の方法は現実味がなく嘘に感じる。夏治郎は犯人ではない。真犯人は別にいる。だからこそ、この事件の捜査は続けられるべきなんだ。けど、上はこの事件に終止符を打とうとしている。このままじゃ真犯人は何の罪にも問われず、光宙らは死が報われないと思うんだ。」
「お前の言いたいことは分かる。けど、俺だってどうすることも出来ねぇ。上の人にもその考えを伝えたのか?」
ルインは溜息を放つ。その吐息はとても重く身体に強くのしかかる。
「伝えたさ。その結果、捜査続行への風当たりがとても厳しいことを知って余計に辛くなった。上の命令を覆すことは無理な気がするんだ。」
「そうか。」
視線が斜め下へと落ちる。気分も同じ方向へと下がった。
「この事件だけが全ての事件ではないことは分かってる。他にも解決や対応しなければならない事件があることを。」
「けどさ、ルインの事件をとことん解明しようとする姿勢は見習われるべきだぜ!」
「いいや、僕はただ身勝手なだけだ。見習われるべきじゃない。もし、知り合いである光宙が死んでいなかったら上の速やかな撤退も受け入れてたと思う。僕は全ての事件の真相を明らかにしたいと思ってる訳でもないし。」
数分間、沈黙が続いた。
「わがままな理由だ。受け入れられないことは知ってる。それでも、僕は真犯人を見つけ出したい。そして、逮捕して罪を償って欲しいんだ。」
強く重く響かない声。
健治は何も言うことが出来なかった。労いも同情も、批判も何一つ放つことはしなかった。
無言の圧迫が二人を襲う。
正義とはなんだろうか。警察として数多くの事件の解決、対応をすることが正義なのか。それとも、本物の真実を暴くまで貫くことが正義なのか。健治の頭の中で巡り巡っていく思考。一向に正解は導かれない。
ついにしびれを切らしたのかルインが立ち上がった。健治の力では何の助力にもなれなかったのだ。
「ごめん。話を聞いてくれてありがとう。もう少しどうするべきか考えてみるよ。」
辛い表情を隠すように優しく微笑む。ルインはそのまま立ち去って行った。
一瞬その場から立ち去ろうという考えが頭に過ぎる。
すぐに頭に浮かぶルインわ思いやる気持ち。このまま一人で考えさせるよりも一緒に考える方がルインのためだ。そう考えた。そして、健治はラインの元に向かって走った。
「安心しろっ! お前は一人じゃない。」
ルインの肩に手を回す。
ルインは何が驚いた表情で健治を見た。
「ビックリしたよ。どうしたの?」
「一人で抱えるな。同僚だろ? ともに苦しみも分かち合おうぜ。それがきっとお前のためになるから。」
ルインは健治の気持ちを汲み取った。あまりにも、不器用な方法だったので思わず口元を緩めて笑っていた。
「ふふっ、ありがとう。健治。」
「おう。勿論だ。」
ルインと健治は葛藤からの脱出を図るため模索をした。と言っても、上の人へどう伝えるかどのように捜査が続行されるように説明するかなどを模索してた。
健治は別の要件でルインと三週間会わなかった。そして、久しぶりな会った時、ルインから突発的に衝撃の事実を告げられた。
会話な途中で話された衝撃の一言。そのせいで、さっきまで話していた内容を全て忘れてしまった。
「そう言えば、僕さ、警察辞めることにしたよ。」
健治はあまりの衝撃に手から何かを落とした。実際は何も持ってなかったので、落としたのは空気だったが、その空気が地面にぶつかると重い音をたてていた。
「お、おい。どういうことだよ!?」
動揺が隠せずに額に冷や汗を溢れさせる。
「僕はさ、臼田ニコ及び光宙が殺されたあの事件、引き続き真相を確かめようと思うんだ。」
「いやいやいや、わざわざ警察を辞める必要はないんじゃないか?」
「僕は警察を辞めて探偵になることにしたんだよ。警察は公のもの、他人の権利を犯していない権利を警察が犯すことは大抵は出来ない。この事件ももう慎重にならなければならない。だからこそ、そんな制約のある警察よりも探偵の方が真実を暴くことがしやすいと思うんだ。」
「……探偵か。」
「そして、健治と約束を結びたいことがある。」
「約束?」
「うん。真犯人、他の事件の真犯人と区別するために「黒幕」と名付けよう。その黒幕を僕は暴く。そしたら、健治がその黒幕を捕まえてよ。」
ルインの覚悟が伝わっていく。健治はその覚悟を受け入れた。彼の真っ直ぐ貫く瞳に心打たれたのだ。
「ああ、任せろ。指切りしてやる。だけど、その黒幕を暴いた後はどうするんだ?」
「難解な事件や迷宮入り事件、真犯人が何も罪を償うこともなく平気で笑っているような事件は、その事件だけじゃない。僕はそんな事件の真相を暴きたいって思ってる。そうしたら、健治達が後は何とかするだろうし。」
「なるほど。」
健治は小指をルインの前に出てきた。
「小さなお子様かな?」
「うっせぇよ!」
ルインは小馬鹿にしながらも小指を差し出す。二つの指が絡み合い縦に振られた。そして、二つは解かれた。
一緒に歩んできた道に岐路が現れた。二人は自分の進むべき方向へと歩んでいった。進んできた道は別れ離れてしまったが、絆の糸は離れ離れになることはなかった。
絵の具で塗りたぐった黒い色が徐々に現実の色に戻っていく。健治は現実の世界へと引き戻された。
「ルインはその事件の真犯人を手っ取り早く暴くために、探偵となって事件への解決を図った。それが一番の近道だとしてな。」
健治は貯金箱を置いた。そこで空いた手がポケットのライターを握る。片手で煙草を握り、先端をライターの火で蒸かしていく。口に含んだ煙を吐き出すと、再び口を開いた。
「ルインは数年後、私立探偵となった。まあ、旧友の仲として連絡は取り合っていたから何も懐かしいとかいう感情もなかったけどな。」
健治の頭の中でルインから来たメールを思い出す。『探偵らしく"私"という主語にしようとしてるけど、とても難しいよ。つい"僕"って言ってしまう。』というメール。そのメールが送られた時は大爆笑をしてしまった。その出来事を思い出すと思わず笑ってしまう。煙草の煙が笑いによって途切れ途切れ外へと出された。
その時、翔子が疑問を投げかけた。
「すみません。それって最近の話ですか?」
「いいや、何年前かの話だぜ!」
「なら何故、ルインさんはまだ黒幕を暴ききれてないのでしょうか?もうとっくに暴いていてもいいはずでは?」
翔子は顎に指を当てていた。
「それについてだが、ルインがあの事件の真相を暴いていくと新たな事実に出会ったんだ。」
「新たな事実?」
「あの事件には指定暴力団の一派が絡んでいたんだ。」
「えっ?」
「そのせいで真相を暴くのが少し難解になって今に至るって言うわけだ。」
翔子は「なるほど……」と言いながら頷いた。
「そう言えばですが、どうして山内警部補はいつも愛家警部のパシりでルインさんに協力を頼んでいるのですか? ルインさんが真相を暴くのが難解となっている理由に山内警部補の要請に一つ一つ応じていることも挙げられると思うのですが……。」
「仕方ねぇだろ。愛家警部にパシられた俺が願ってるんだからな。」
健治は吸っていた煙草を灰殻に押し当てた。
「まあ、旧友の仲ということで俺の追っている"M"を、ルインも協力して"M"を追ってくれてるし有難く思ってる。そのせいで、真相を暴くことが難しくなってしまってるかもしんねぇ。けど、その分、いやそれ以上にルインのピンチを救おうって思ってる!!」
「その救う気持ちがあるのならもう少しルインに解決を乞いに行く前にその要請された事件を自力で解決してみればいいじゃないですか?」
「それが出来たらとっくにやってるさ!!」
少し穏やかな部屋の中で突然切羽詰まった不安定な気流が生じる。煙の中に生じる亀裂。その亀裂の中から不穏な空気が流れ出す。急な着信音が漂う優しい空気を打ち壊した。
健治は携帯を耳元に当てる。
何度も「はい」という声で応答する。「はい」というだけ健治の顔が険しくなっていく。神妙な顔持ちを見るとさらに不安に感じさせる。
健治は急に立ち上がり、翔子を見ると重い口を開いた。
「ルインが殺され───」
急に重くなったその部屋がさらに重くなっていった。




